![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/114083452/rectangle_large_type_2_f2082e0ba8700d3b658fbc92769012cd.jpeg?width=1200)
百六十九話 勇み足
筆頭の田村班長は、運河の向かった。そして、広々と広がる畠の畦道に入るとちょっとスピードを上げた。
浅井は馬に振り落とされないよう指を鬣に絡ませる。落馬しないよう懸命に注意を払う。すると突然馬が列を抜け出し、疾走した。
馬上、吃驚仰天する浅井。さらに指を必死に鬣に絡ませる。怒った馬は前脚を突っ張らせ、ポルシェのエンブレムみたいになり、一瞬ウイリーして急停止した。
もんどり打って十米先の畦道まで放り飛ばされる浅井。
「お前如きがワシの鬣に触るな」
馬が明らかそう謂っていた。
馬は人をよく見ると言われる。実際その通りで、浅井を完全に舐め切っていた。
しかし、浅井を見事振り落とのはいいもの、他の馬から離れていくのは心細かったのか――しばし疾走すると立ち止まる。一瞬考え事をしたかと思うと振り返り、ノックダウンした浅井の元に戻って来た。
この頃、浅井は日本に帰りたくないと思っていた。そして、そのことを班長・田村に話す。
これは前々から考えていたことではあった。元々、日本を出る時、帰って来るつもりはさらさらなかった。故に、捕虜になって帰るとなれば、なおさら体裁悪い。それに、ここでの暮らしも満更でもない、もっと言えば、密かに支那を好きになりつつあった。
ある日、何気に田村に話し掛ける。
「班長、相談があります」
「何だ、言ってみろ」
「はいっ!実はこのまま支那に居座ろうとおもっています」
「何ィ、支那に居座るだと?!バカヤロー!!貴様一体何を考えているんだ!」
田村の逆鱗に触れた。山砲の如き怒号が飛んで来た。
当てが外れて慌てふためく浅井。
「お前の帰りを待っているおふくろさんのことを少しは考えてみろ!そしたら、そんな罰当たりなことを言えるわけないだろう!」
二の矢が飛んで来た。
「まさかとは思うが・・・」
「はい?」
浅井は田村の挙動を見た。
「貴様、支那が好きになったんじゃないだろうな?」
「・・・そんなわけありません!!」
以来、浅井の迷いは雲散霧消した。