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百十六話 初陣

 対岸に渡ると河南省で、そこは即戦場だった。
 眼前にはブッシュが生い茂っている。 
 中隊は員数を確かめる間もなく、道なき道を前進する。

 ゴオォーーーーーーー
 ダ、ダッーーーーン

 落雷呻る如き、砲弾の轟音。
 着弾するごとに、地面が揺れ、禍々まがまがしい黒煙や炎が上がる。
 絶え間なく続く、機関銃の連射音。
 空気を切り裂く乾いた音が、そこらかしこを覆っている。
 銃弾が放つ青白い閃光には、目眩めまいを覚えた。
 
 待ちに待った戦場。しかし、浅井は、まだ実感が沸かない。
 虚を突かれた國府軍が、チェコ機銃をどんどん撃ち込んで来た。
 日本軍の機関銃の「ダッ!ダダダダダッ!!!!」という鈍臭い音に比べ、竹を割ったような軽快な音だ。
 「ずいぶん洒落てるな」と思った刹那、真っ赤に焼けた太い鉄棒で、左脚を薙ぎ倒されるような強烈な衝撃を受けた。
 強烈な鉄火棒での足払い。百八十度ダウンする浅井。
 被弾したのだ。

 (脚が根元から無くなった!)
 浅井は我を失った。
 戦闘に入る直前にこのザマだ・・・一瞬の気の緩み。早速の戦線離脱、戦力外通告。そう思うと、ようやくいざこれからという時の不覚が、恥ずかしくてならない。
 
 敵小銃弾が、息つく間もなく飛んでくる。
 シュッ、ブスッ!
 鋭い唸りを上げて、身辺を掠める。
 ザッ、シュッ、ズブッ!
 傍のブッシュを鳴らして、土中深く次々突き刺さる。
 (自分が狙われている!)
 浅井は、ようやく状況を理解した。

 「伏せろ!このバカ!!!」
 田村班長の怒声が聞こえた。
 咄嗟に、窪地らしきところを見つけ、身を伏せる。
 周りを見ると皆訓練通り身を伏せ、物陰に隠れていた。対面の敵に対して、的を極限まで小さくしているのだ。
 班長は、昨日の検閲後、何も言わなかったが、消えた砲弾の件で内心怒っているのだろう。敵弾と相対あいたいし、皆神経を極北まで尖らせているのに、浅井はそんなことを思った。

 敵は、機関銃を目暗射ちのように掃射して来る。弾丸がビュンビュン唸りを上げて飛んで来るため、こちらは微動だに出来ない。
 伏せ倒れる浅井は、そっと手を伸ばして左脚をまさぐった。
 (脚はちゃんと付いている・・・)
 その時、浅井は、ある話を思い出す。

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