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七十五話 朝鮮北上

 列車は停まることなく北上する。そのため、暗い貨車の中にいる新兵はいつの間にやら全員寝入っていた。
 そんな折、列車が速度を落とし始めた。
 そして何の前触れなく止まったのだ。

 外から誰かが、貨車の扉を激しく叩く。
 「開けてやれ!」
 勢い目を覚ました班長が、戸の近くで寝て居る新兵にと怒鳴った。
 新兵が貨車の戸を引き開ける。そこは駅でなく、線路上のようだ。

 「めしよ、めしよ!」
 真っ暗な中で待機していたらしい幾つもの人影が叫び、何か差し入れて来た。
 目の粗い朝鮮海苔に包まれた握り飯――盆の上に山と積まれている。
 次に、木の桶に入った何かの汁が運び込まれた。

 「しょんべんの桶よ!」
 別の男が朝鮮訛りの日本語で言い、空の木桶を差し出して来た。

 「溜まっている小便桶を出してやれ!」
 班長に従い、新兵たちは貨車の隅にある小便桶を順送りし、線路上の朝鮮の男たちに渡した。
 暗闇の線路上、それらの作業が終わるのを見届けたかのように、列車が動き出す。互いの前後の連結器をブチ当て、鈍い音を立てながら。

 浅井は、自分たち新兵の移動に、無数の人間が関わっていることを知る。
 走り出した列車は、その後、京城にも平壌にも停まらず北上を続けた。
 轟音を上げながら鴨緑江に架かる長い鉄橋を渡り切る。そして尚、西に向かうことなく北上している。

 ヒットラー率いる独逸ナチ軍と戦っているソ連のスターリンは、戦力が裂かれることを嫌って日本と不可侵条約を結んだ。独逸と日本による挟み撃ちを恐れたのだ。
 浅井は、ソ連との國境守備隊に配属されるより、蒋介石の政府・國府軍と戦闘中の在支連隊に配属されることを望んでいた。狂ったような寒さの中、永遠警護にあたるよりか、今ある激闘に身を投じたかったのだ。
 実戦を経験すれば箔が付くとも思った。
 故に、列車が奉天で西に向かってくれることを祈る浅井。
 果てしなく広がる雪原の中、列車はただひたすらに走り続けていた。

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