百十四話 講評
新兵評価の対象となる模擬戦は支障なく終わり、浅井をホッとさせた。
しかし、それはいい。問題は、浅井自身が照準を合わせた砲弾の行方だ。
浅井は、反則をした。
確信犯で直接照射した。
にもかかわらず、標的の棗の木にかすりもしないどころか、砲弾自体を行方不明にした。瞬発信管が装着された実弾ゆえ、着弾すれば爆発しているにも関わらずだ。
この前代未聞の現象を起こした当事者(=浅井)は、査閲でどう講評されるか不安で、恐怖に苛まれていた。
ところが、講評で、奇跡が起きる。
連隊長が、消えた砲弾について一切触れないのだ。中隊長や小隊長、班長田村然り。
新兵七百十九名中、唯一やらかした浅井は、烈火の如き叱責を覚悟していた。それこそ四一式山砲級の雷を落とされると思われた。
それだけに拍子抜けし、安堵で放心状態になった。
但し、満座で中隊長に恥をかかせてしまったことには変わりない。
また、浅井自身、最年少新兵といえど、歩兵砲中隊の一員。自ら抗命にしておいて身も蓋もないが、一応”直接”照射では命中させるつもりだった。
しかし、実際にはかすりもせず、浅井は、砲兵としてのプライドをズタボロにされ、傷ついていた。
さらに、浅井は想う。
厳格を旨とする軍隊が、このまま終わる筈がない。
この場は、奇跡的に切り抜けたもの、今後、確実に検証が行われる。大失態に及んだ経緯を追及され、時系列に沿った説明を徹底的に求められるだろう。
そうなると抗命した事実がバレる。軍法会議にかけられ、最悪処刑されるかもしれない。
浅井は、最早、加平の虐め減少を喜べない状況に居た。
一難去ってまた一難。
しかも、以前と同等か、下手したら寺尾兵長の言っていた「もっと酷い目」に遭う。
身の毛のよだつ恐怖が襲い、浅井は、全身の毛穴という毛穴から、汗吹き出す。
今や浅井のお陰で、週に三日か四日は、グーグー寝れるようになっていた同班新兵四人。一方、当の浅井は、眠れぬ日々が続く。
自業自得とはいえ、誰かに代って欲しかった。