二十八話 繋がり
浅井は、小野については見覚えがあった。学年が違うため、話したことはなかったが、同じ町内で小野屋という酒屋をやっていた。そのため仲間から「小野屋ん」と呼ばれたり、近所のオバさんからは「こうちゃん」と呼ばれていて、確か小野甲一とかいう名前だった。あれだけ人の下の名前覚えるのが苦手なのに、小野の名前だけは不思議と憶えていた。
浅井はよく小野の酒屋に行っていた。飲んだラムネやサイダーの瓶を洗って返すときや店の奥の棚にあった耳垢のような魚の皮かすり身を買うとき、たまに小野の親が出てきて対応してくれた。その際、一度か二度「小野やん遊ぼうぜ~」と言って下級生が遊びに来て、「今おらん」とか言って帰している姿も見ている。
小野の親はかなり痩せており、黒縁の眼鏡を掛け、たいがい白のランニングシャツを着ていた。店前でよくホースで水を撒いているとき見たのだが、腕とか首のほうに日焼けかやけどのような跡があり、たまに座って赤チンかヨードチキンを塗っているようだった。見逃したが、親指がないという噂もあった。
「家、小野屋?」
浅井は小野に話掛けた。
「あ、ああ」
その反応から、何となく浅井のことを知ってるようだった。
「あの薄黄色の魚の皮みたいなやつおいしいよな」
「あー、カワハギかエイヒレの身?バナナやパイナップルの切り干しもおいしいよ 」
栗巣が渇望する鈴木の話でなく、小野屋酒店の酒のつまみの話で盛り上がる。
どうやら浅井の好物だった耳垢みたいなのは、エイのヒレかカワハギの味醂干しだったらしく、バナナやパイナップルのフローズンも含め、小野の親がテニアンから持ち帰り、種蒔いて独自開発したものだった。なお、そのノウハウは、鈴木の親の弟が南洋興発から盗んだらしい。
「俺の親も小野屋で働いてるよ」
福原が言った。
聞けば、福原の親は配達、鈴木の親の弟は営業と集金を担当してるそうだ。さらにどうでもいい話だが、福原の親は卓球が好きで、たまに親同士で賭卓球をしているとのことだった。
そういえば、浅井は、小野屋の軒先で大人がそれらしきことをしているのを見たことがあった。大の大人がムキになっており、そのうちの一人が「負けたー!」と町内中響き渡るような声を出していた。
話が進むにつれ、大声出していたのは鈴木の親の弟で、負けを取り返そうとテニスのラケットを使いリベンジに挑むも尚敗れていたことがわかった。そして、用無しとなった盗品テニスラケットは鈴木に渡り、その流れで鈴木は軟式テニス部に入部したようだと福原は語った。
どうやら、鈴木の親の弟は、不憫に思って鈴木を引き取ったのではなく、盗品ロンダリングにすべく身近に置いたようだった。
この卓球話に関しては、栗巣も反応した。初めて鈴木を教室に見に行ったとき、ラケットがどうのこうので先輩に呼び止められていたからだ。
しかし、唯一出た鈴木に関する話がこれとは。
「イメージと違う・・・」
栗巣はテニス部で活躍するアイビーな鈴木を想像していたのだ。
夢も希望も失った栗巣。
頃合いと見た浅井は、いざ合戦勧誘話を切り出した。