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五十一話 出航
一家は、徒歩と汽車を併用し、横浜に辿り着いた。
浦安のくすんだ漁港より広々した海。
その港に、昭和四(一九二九)年建造、三等船客定員一、〇七六名という日本最大、最新の移民船・ぶえのすあいれす丸が、威風堂々鎮座していた。
葛西らが唐松模様の風呂敷包みを背負い、いざ乗船しようとしたとき、「待てゴルァー--」と入れ墨しょった借金取りが迫ってきたが、どさくさに紛れ何とか躱す。間一髪の逃亡に、胸を撫でおろした。
出航後、意外なことが起こった。
太平洋の大海原に出て、斜め下の南米に向かうのかと思いきや、船は静岡の方に向かっている。最初、「間違えたのかな?」と思ったが、その気配もなく、西日本を目指しているのが明白になった。
「へっ?!!」と思わず声を出し、驚く葛西。
次第に日が暮れ、船は神戸に着いた。
「ホンマにうちらはブラジルに行くんやろうか・・・」
あまりに間が抜け、関西弁が出た。
横浜から乗った者が下船し出し、逆に神戸から乗船する者もいる。
一方、葛西の親は降りる気配がない。債権者を警戒してか、じっと息を殺し、身を潜めている。
「ポーーーーッ」と汽笛を上げ、船は再び出向した。
このとき、両親が初めて気を抜いてる様子が見て取れた。
「これからどこ行くの?」
我慢の限界が来た葛西は訊いた。
「阿呆か?ブラジルやがな」
「地図帳見たら逆方向だったけど?」
「こっちからじゃないと辿り着かんがな」
父親の話では、これからぶえのすあいれす丸は、四国や九州を抜け、臺灣、フィリッピン方面へ向かうと言う。さらに、それから先は印度支那、マラッカ海峡を通り、印度、アフリカ喜望峰を潜ってブラジルに着くとのことだった。
メルカトル図法や正距方位図法では至らなかった思考が、今ようやく繋がった。かつて地球儀をねだって買ってもらえなかった葛西は、やはり地球儀は必要と意を新たにした。
しかし、壮大な船路となる。
「一体何年かかるのだろう・・・。無事辿り着けるのだろうか・・・」
とめどない不安が波のように押し寄せる。
考えただけで気が遠くなった。