八十話 支那駐屯歩兵第一連隊
三百六十度、果てしなく広がる荒野を行く。最早どれほど歩いただろう。
重い背嚢を背負った新兵たちに、出発当初の気合いはない。張り詰めた精悍さは失せ、気力の維持に努めながら、黙々と歩いている。
そんな折、内地で見る十倍はあろうかという夕日が出現した。紅蓮の焔を上げ、ぐらぐら揺れて地の涯に沈もうとしている。
「壮大な落日ショーだ・・・」
浅井はただ息を呑む。
真っ赤に燃える太陽が、地平線に切り入る。
周囲の空は、朱に染まり次第に薄まっていく。
頭上の空は青い。反して、地上には夜が漂ってきた。
「あの灯りは連隊のものじゃないのか?」
隊列の中の一人が言った。
遠く、いくつも電灯が点いている。
浅井は、連隊の営門ではないかと思った。
隊列の中の新兵がざわついた。
班長が連隊だと教えたらしい。
近付いて行くに連れ、それが営門前の灯りだと判る。
営門が近づく。
「歩調取れ!!」
馬上、輸送司令が怒鳴り、腰の日本刀を抜き払った。
目が覚めたように、厳格な四列縦隊に組み直し、歩調を取る新兵たち。軍靴で固い道路を踏みしめ、ガチマジな行進を再開した。
『支那駐屯歩兵第一連隊』
太い毛筆で勘亭文字風に書かれた看板が、営門に掲げられている。
浅井は、隊列の中からそれを見た。一頻りの感慨。最早モチベしかない。
営門の歩哨所――週番司令の肩章を提げた将校が、八名の衛兵を従え、抜刀して整列する。そして、馬上の輸送司令を先頭とした七百十九名の新兵と下士官たちを迎え入れた。
千葉県佐倉の東部六十四部隊に入隊して十三日後。
浅井は、満州國錦州省錦西にある支那駐屯歩兵第一連隊に配属された。
感激屋の浅井は、唯一人、己が僥倖を味わっていた。