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八十五話 もっと酷い目
「兵長殿も新兵教育係に苛められていたのでありますか?」
一瞬、沈黙が走る。場の空気が変わったかのようだ。
浅井は自分で聞いておきながら、(はっ、聞いてもうた!)と内心激しく動揺した。
浅井は加平と寝床が隣同士になる。一刻も早く対応策を知らなければいけない。また、兵長も同様に虐められた経験があるならば、これから虐められる自分にとって少しは慰みになる。
そんな差し迫った状況から、浅井は思わず聞いてしまった。しかも、ただ自らの安寧のために。
(初対面で、兵長ともあろう方にこんな失礼な質問を・・・)後悔してもし切れない浅井。それ言っちゃあ、加平に加え、兵長からくらわされても文句は言えないと自ら思う。
顔から火が出るほど焦り――浅井が、冷や汗を吹き出して、目線を外していると、兵長が口を開いた。
「ああ、ちょっとの間だけあった。しかし、もっと酷い目に遭っている」
「エッ!もっと酷い目って何です?!」
怒られなったことに安堵するより、浅井はまたしても自己を優先させてしまった。加平の虐めより酷い目が想像できず、思わずポロッと口に出た。
下手したら、もっと酷い目をその場で実践されてもおかしくない。しかし、浅井は一種の錯乱状態にあり、そこまで頭が回っておらず、一方、兵長と思しき方は、さすが兵長たる所以か度量が広く、話を打ち切ることはなかった。
「二・二六事件を知っているよな?」
「知っています。そのとき僕は小学三年生か四年生で、自転車であの長い坂道を降りて警視庁の前まで行ったら、雪の中に丸太でバリケードが作られていたんです。小銃に短剣を付けた兵隊が、警視庁の中に人を入れないようにしていました」
「そうなんだ。勢いがあったのはその辺までで、麻布連隊の兵隊は、反乱軍にされて、上官であった将校達は投降し、後で処刑された。上官の命令で動いていた兵隊は、全員満州の部隊に送られてしまったんだ」
「もしかして兵長殿もその中にいたということですか?!」
「そうだ。転属されても冷たい目で見られた」
「そして、この連隊に配属されて・・・、。昭和十二年七月七日の盧溝橋事件にも関係されたのでありますか?」
「そうなんだが、南京攻略のあと現地除隊になった。しかし、大東亜戦争が勃発すると召集令状がきて、また兵隊に舞い戻っている」
「それは凄いですね!」
兵長は歴戦の雄だった。
浅井は驚嘆し、尊敬の眼差しを向けた。
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