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百六十六話 青天の霹靂

 午前十一時頃――日本ではちょうど正午らしい。
 無線機が音を発した。
 短波電波独特の音――波のうねりのような雑音が、高くなったかと思うと、潮騒が退くように消え入ってしまう。
 通常、五号無線機に送られるのは作戦指導で全て暗号だった。
 しかし、大幅に減ったとはいえ、ほぼ全隊員集まっている。

 全員で暗号を聞くのか――謎は深まるばかりだ。
 針一つ落ちても聞こえるほど静まり返り、皆無心で聞いている。
 浅井は耳をそばだてた。波のように上下する雑音の中、肉声を探しす。

 聴き覚えのある声がした――陛下の声。天皇独特の声調が、途切れ途切れに聞こえて来る。
 その肉声たるや、電波の狭間で揺れ、浮き沈みしているかのよう・・・。

 「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び・・・」
 はっきりと聴き取れた。
 後の言葉は雑音に掻き消されても状況は歴然とした。

 敗けた・・・。
 皇國・大日本帝國が戦争に負けたのだ・・・。
 
 支那ではどの戦闘でも一度たりとも負けたことはなかった。とはいえ、今や部隊は衰弱し切っている。それは誰の目にも明らかである。

 髯だらけの将校が激しく慟哭していた。
 肩幅の広い、如何にも偉丈夫に見えた士官学校出の少尉が、今や中尉の襟章を付け少年のように号泣している。
 辺りを見回すと、広場に集まった将校の八割方泣いていた。

 対して兵隊達は皆安堵の表情を浮かべていた。
 中には泣いている者もいたが、大半がホッとした顔をしている。悔しがっていないのが明らか顔に出ていた。
 そして、それは浅井も同じだった。ゴリゴリの軍國少年浅井でさえ、心底戦争が終わってよかったと思っていた。
 浅井がそう思ったのは落伍したからだ。生き返って原隊復帰したもの、落伍した事実は変わらない。つまり自分は弱い。元々根性がなかったのかも知れない。肉体だけでなく精神的にも限界を超え、モチベを失っていた。

 ふと前方を見る。浅井に敵司令暗殺を命じ指揮した聯隊旗手が、誰憚ることなく滂沱の涙を流していた。後でわかったことだが、聯隊旗焼納の儀を終えたら自決しようと用意していたそうだ。が、士官学校で先輩だった中隊長・吉野中尉が説得し、断念した。穿った見方をすれば、あの件が暴かれバレ、敵に処刑されるのを恐れたのかもしれない。もしくは悔恨の念でも駆られたか。浅井は全くもってなかったが。
 
 悲劇も起きた。終戦の詔勅を不動の姿勢で聴く兵隊たち――その中で上半身裸の兵が、一人崩れるように倒れ、息絶えた。立っている時からすでに死んでいたのだ。
 また、浅井とともに司令官暗殺に任命され、浅井の危機を救った神宮の先輩も自殺したらしい。

 この後聯隊は、戦闘詳報や命令会綴、功績に関する書類をはじめ凡そ部隊の行動と編成に関する書類、さらには個人の日誌や手帳、メモ類に至るまで、全て焼却することを命じられた。また、一般兵には各自三八式歩兵銃に刻印された菊の御紋章を削り取るよう命が下った。

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