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百四十話 特命拝受
雑魚に意思はないとばかりに、教官は続ける。
「今戦闘で部下を引き連れ投降して来た司令官は、この地に二千人収容できる捕虜収容所を作ってくれと要求してきたんだ。お前達も知っての通り、聯隊は日々師団の作戦参謀の命令で動いている。捕虜収容所を作って管理などしてられるわけないだろう!さらに、三日後にはここを出て、次の敵飛行場を壊滅しなければならない。つまり敵司令官は、我が軍の戦力を殺ぐために捕虜収容所を作れと言っているんだ!」
鬼の形相だった。怒気を露わにした只野教官が、さらに言葉を継ぎ足そうとする。その直前、浅井はたまらず言を発した。
「浅井一等兵、今晩七時、聯隊本部にやって来る敵司令を待ち伏せしめ、銃剣にて殺害します!」
要約、復唱。もう充分にわかった。これ以上は只野教官の口を煩わせたくなかった。
隣の新兵も浅井に倣って速攻復唱する。
ここに至り、教官の顔が初めて緩む。
「判ってくれて有難う。すぐに当番兵に美味しいものを作らせて持って来るからな。それを食ったら六時まで寝ていていい。あとは俺が起こしに来るから」
気持ちが悪い程の笑顔で、そう言い残すと、教官は拍車の音を響かせ、室から出て行った。
鬼から仏へ――荷が降りてホッとしたのはわかる。ただ、あまりの豹変ぶりに、二人は戸惑いを隠せない。
拍車の音が消える。
浅井は我に返って新兵に向き合った。
「勝手に返事をして御免なさい」
新兵は四、五歳年上に見える。
「仕方ないよ。教官も立場があるんだ。聯隊長に命令されたから従わなければいけないだろ」
憮然とした表情で新兵は言った。
「これは聯隊長殿の命令なのでありますか!?」
「そうだよ。上を目指す試験に合格した兵なら、一般の兵隊より軍の秘密を守ると考えたんだろうよ。聯隊長は、自分に一番近い聯隊旗手の教官に命じて、幹候生を集めさせ、その中から君と俺が選ばれたんだ」
仰天する浅井を余所に、新兵は事もなげに言ってのけた。