百五十九話 浅井、P51と闘う
この頃から、北上を続ける聯隊の七、八百メートル後方を、昼夜区別なく敵の部隊が追尾するようになっていた。
河南作戦の時は、我が軍の前進が速く、國府軍の兵隊の飯が炊けた頃には追い着き、替わりに飯を食べていた。しかし、今度は逆。というか、我が軍は逃げているわけではなく、参謀本部の命令で動いているのだが、こうもついてこられると飯どころでない。夜は火が敵の目標になるから尚炊けず、栄養失調で眼は窪み、腹が病的に膨らむ者が続出した。
行軍が続く朝、空の遥か彼方からP51戦闘機の飛来音が聞こえた。中隊長が敵機をやり過ごすため、近くの集落に人馬ともに隠すよう命令する。
しかし、ここで抗命者が現れる。浅井である。
浅井にとって、逃げ隠れすることが許せなかったのだ。
広い空き地に塔と鳥居を足して二で割ったような建物があった。浅井はその背後から、P51機に向け一発射った。するとそれに気付いたP51機は反転急降下。浅井目掛けて十三ミリ機銃を連射して来た。
機銃の風圧で雑草は地に叩きつけられる。
敵弾は五、六十センチくらいの間隔で、固い地面を掘り起こしている。
機銃vs小銃――浅井は物の数にはならず、木っ端にされるところだった。
塔の裏から浅井は見る。
急上昇してゆくP51機。操縦席の白いマフラーを巻いた男と目が合った気がした。
一機の急降下が終わると、もう一機がやって来た。
同様に浅井目掛けて急降下してくる。機銃が連射される。
二機のP51は二、三十分、交互に同じことを繰り返し、撃ち続けて来たが、最終的には諦め、飛び去って行った。
両機が別の方向から同時に急降下してきたら、ひとたまりもなく射殺されていた。しかし、互いにぶつかるのを避けたのだろう。一機ずつ降りて来たので助かった。また、爆弾投下によっても浅井を殺せたが、破片が自らの機に及ぶのを避けたのだ。
飛び去る二機の操縦席に、東洋人ではない男がいるのを浅井はしかと見届けた。
男一匹三十分、P51二機を相手に戦った浅井だが、中隊長の命令に従わなかった。衝動に駆られ、貴重な銃弾を使ってしまった。
完全なる抗命。満座で怒られるどころではなく、軍法会議ものだったが、中隊長も班長も何も言わなかった。
一安心したものの何も言われないというのは一体どういうことだろう。逆に様々な解釈ができ、怖くなった。そんな中唯一人、自称新兵教育兵・加平だけが、生意気なことしやがってという貌で浅井を見ていた。