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百五十七話 慰問袋

 海山遠く離れては
 面会人とて更になく
 着いた便りのうれしさよ
 可愛いすうちゃんの筆のあと

 親、兄弟、好チャン、小旗の波に送られ、遠い戦地へやって来た。
 言葉は通じず、見るもの聞くもの、その全てが内地と違う。
 そんな兵の心を慰めるは、慰問袋。
 物資不足の内地にありながら、丹精込めて遥々はるばる届いた慰問袋である。
 
 中を開ける。ゴマ塩、フリカケ、ライオンの歯磨き粉あり。老婆のようにしわ垂れた梅干一つとっても愛おしい。
 感激の余り、実をオチンポにつけたりする者もおり、皆喜びに満ちていた。
 また、軍事郵便と書かれた分厚い封筒の中には、小学生や女学生、婦人会など、町内会ぐるみで作文集が同封されていた。中には、水も滴るような綺麗な字で書かれた恋文レターもあり。
 
 部隊一同、差出人を見る。
 
 稲村なつみ
 神田桃子
 新潟美雪
 etc・・・
 
 「おおぉ・・・」
 どよめきの声が上がった。
 武者震いに打ちひしがれる新兵たち。
 しかし、よく知る古兵が、全員四十オーバーの熟女であると伝えると、たれもが明らかガックリしていた。
 
 そんな中、見覚えのある名が、浅井の目にとまった。

 差出人――高山あきこ

 手に取る。
 開封すると、写真が二枚入っていた。

 一枚目――近代麻雀の水着撮影会の写真。
 写真の片隅に、何故かモデルとともにあきこ本人が写っている。黒に白の縁取りをした小ぶりのデッキシューズを履いており、他のカメコよりいい写真が撮れたと満足気な顔をしている。しかも、目のところを敢えて黒い線で隠し、自分は顔出しNGにするばかりか、美人に見せようとしてる。
 浅井は反吐へどが出そうになった。
 
 二枚目――『真夏の果実』とタイトルあり。『兵隊さんたちを慰めてあげようと思い、意を決して自撮りしました』との添文もある。
 横から見るとあきこの鼻は意外と高い。いい歳こいて、この写真では、推し色の赤Tシャツに着替えている。
 浅井は目を下に移す。
 ゲボッーー
 あきこの下半は褌を着用しており、しかもわざとらしく陰毛七分、果実三分がハミ出ていた。

 「何だコリャー?!」
 気づくと、すぐ後ろから山下古兵が現れ、写真を奪い獲った。
 「アッ!」
 浅井が声を上げる。
 「変態じゃねーか!」
 土佐犬のような風貌で凝視する山下古兵に、只事でないことを嗅ぎ取った兵が集まる。前代未聞の大事おおごとになった。

 あきこの写真は没収され、軍の機密とし隠蔽された。
 噂では、写真を取り上げた山下健斗古兵が、地元高知でよろず屋・健斗という名の古物商を営んでおり、そこで商品として販売するらしかった。
 最初それを聞いたとき、それはないだろうと思った浅井だが、そういえば浅井の地元目黒にも葛西書房という名のLGBT専門店があった。
 また、加平曰く、山下古兵は詐欺師らしい。加平の言うことだから多分に信用ならんと思っていた浅井だが、他の兵も同じようなことをを言っているのを耳にしていた。
 何でもよろず屋というからにはあらゆる物を売らないといけないというポリシーらしく、店の奥の方では『グッチ100円より』『南蛮渡来・海外有名ブランド50円より』といった破格の品から、ワシントン条約に違反するアルマジロの革を使った財布やブートLP、ブートVIDEO、密造酒は勿論、果ては土佐の桂浜の浜辺やそこら辺の近所に落ちている石を拾っては、太古の恐竜の化石として高値で販売していた。
 加平は嫉みそねみから詐欺師と言うが、捉えようによっては何にでも値打ちをつけて売る名人とも言える。無から有を生み出し、山下財宝と称して、販売する。それら商品は、地元では全く売れていなかったが、案外県外や大都市から引き合いがあったらしい。その優良顧客には、小野や栗巣の親、葛西が名を連ねていた。

 「最年少浅井一等兵!」
 「ハッ!」
 声の主は、班長田村だった。
 「前々から只者ではないと思っていたが、まさかここまでだったとはな」

 ダハァー
 周囲にいた兵が一斉に笑った。
 LGBT、男色、衆道の濡れ衣を着せられた浅井。
 しかし、このことは不問、お咎めなしとされた。我が國には、織田信長と蘭丸、足利義満と観阿弥・犬王などの例を挙げるまでもなく、その手の差別がなかったのである。

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