箱男

小説やエッセイ、漫画を描いています。愛読書は安部公房『箱男』。広島県出身。

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小説やエッセイ、漫画を描いています。愛読書は安部公房『箱男』。広島県出身。

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  • うやまわんわん【青春小説】

    徳川綱吉の生まれ変わりと伝えられる犬の子孫を代々守っている家老の家系の一族の物語

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初孫(酒ぶたの思い出)

小学3、4年生のころ、学校が終わると、近所の酒問屋にまっすぐ向かっていた。 酒問屋の敷地には酒の空き瓶のケースが山のように積んであり、毎日のように友達とのぼってお宝を探していた。お宝というのは酒瓶のふたのことだ。 空き瓶のなかにはふたが残されたままのものがあり、ふたをもらってコマのようにして遊んでいた。学校で友達とどちらが長くまわしていられるか勝負するのが流行っていた。 酒ぶたの底はぺたんこであり、コマのようにうまくまわるはずはない。 そこで秘密兵器、〝星ピン〟の登場で

    • ハックルベリーが会いに来る(小説をめぐる冒険)

      小学6年のとき、朝の読書の時間が終わって『トム・ソーヤーの冒険』を片づけていると、女子に話しかけられた。 「子供っぽいやつ読んどるんじゃね」 おせっかい焼きの島田さんだった。「それ終わったら、これも読んでみんさい」と本を渡された。 「ハックルベリー・フィンの冒険……?」 私がたどたどしく書名を読みあげると、「『トム・ソーヤー』の続編なんよ」と島田さん。「こっちは大人向けじゃけえ」 5年生のとき、島田さんと同じ図書係で『星の王子さま』をすすめられたことがあった。私が小

      • 芸術です!(レンタルビデオの思い出)

        未成年というのはとかく邪魔が入るものである。現代人の必需品であるスマホを契約しようとすると、親の同意が必要となる。 自分でスマホ代を稼ごうとバイトしようとしても、親の同意が必要。さりとて中古ショップでゲームや漫画を売ろうとしても、やはり親の同意が必要となる。 アダルトビデオを借りようとしたって、そもそも貸してもらえない。ポルノ雑誌も売ってもらえないが、ヌード写真集なら大手をふって買うことができる。 ヌード写真集はポルノではなく芸術だからだ。 中学生のころ、ある人気女優が

        • 先生(シンガポールへの手紙)

          大学生のころ研究者をめざしていた。私大は学費が高いので、国立の大学院への進学を希望しており、週1で大学院受験の予備校に通っていた。  授業は個室で1対1。宿題でイギリスの大学の社会学の教科書を訳してきて、先生が訳文をチェックしながら内容を解説するというものだった。 先生は大学の非常勤講師を兼任している40代半ばの男性。専攻は国際関係論だが、社会科学一般に造詣が深かった。 私はたびたび訳文の文章をほめられた。小説が好きなことを話すと、先生は翌週には漱石の『こころ』を読んで

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        初孫(酒ぶたの思い出)

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          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その6)

          1 どのくらい時間が経っただろう? 夜の海を漂っているように、あたりはひっそりとしていた。 ずっとつま先立ちで足がつりそうだった。僕は失禁しており、ロッカーのなかには臭いが立ちこめていた。 恐れていた2学期の影が実体となって現れた。犬彦くんのように掃除ロッカーに監禁され、首を吊るされていた。 犬彦くんの二の舞はごめんだった。あのころのように狛音は助けにきてくれない。自分ひとりで乗り越えなければならなかった。 僕は強くならなければならない。狛音にヒーローだと言ってもらった

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その6)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その5)

          1 鮪吉くんの部屋の本棚には、古い図鑑が20冊以上ならんでいた。 はじめて分犬守の屋敷を訪れた日、狛音がインベーダーゲームで遊んでいるあいだ、僕は本棚から取り出した恐竜の図鑑を読んでいた。 図鑑によると、恐竜は1億5000万年にわたって地上を支配していたそうだ。その時代、哺乳類は恐竜が寝静まった夜に息をひそめるように生活していたという。 6500万年前、恐竜は絶滅した。絶滅した原因として、隕石衝突説などたくさんの仮説が紹介されていたが、僕が気に入ったのは〝哺乳類に卵を食

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その5)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その4)

          「長い間、お世話になりました」 「光村くん、本当に車で送っていかなくていいのか?」 病みあがりの久作さんの手は、みくるの肩におかれていた。みくるはギュッとぬいぐるみを抱いている。 犬守家総出で玄関先まで見送りにきてくれた。庭のほうから蝉の声が聞こえてくるが、夕方の風は心なしかやわらかく感じられた。 もうじき夏休みは終わりだった。8月の間をすごした犬守家を、僕はついにあとにするのだ。 「駅まで歩いていきます。お世話になった館林の街をゆっくり見て帰りたいんで」 「パパ、

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その4)

          アンドロメダ(腰パンの思い出)

          中学の校門を出ると、私は学ランのズボンをぐいぐいと押しさげた。 当時、〝腰パン〟が流行っていた。ヤンキーたちはパンツが見えるくらいズボンを下げてはいていたが、私には学校で腰パンをする勇気はなかった。 校門を出てから彼らのまねをしてみたが、ズボンを下げると、学ランのすそからダサいガチャベルトが顔を出した。 学校帰りにレンタルビデオ店に立ち寄った。その日は新作の半額デーだった。洋画コーナーの棚を物色していると、 「もしかして、箱男?」 うしろから声をかけられた。ふりむくと

          アンドロメダ(腰パンの思い出)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その3)

          食堂で冷やしうどんを食べていた。半熟卵がのっており、麺はつるつるでおいしかった。どことなく花山うどんに似ていた。 店内に直売コーナーがあったので、「これ、こないだ駅前で食べたうどんと同じやつ?」と狛音に訊こうと思ったが、食堂に彼女のすがたは見当たらなかった。昼に顔を見せないのは2回目だ。 朝食の帰り、狛音と廊下を歩いていると、円香さんに声をかけられた。 「これからお医者さんが来ることになったから」 「パパの具合、まだ悪いんですか?」 「……うん。一晩寝たらよくなると

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その3)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その2)

          1 昼前ごろ、机で残暑見舞いを書いていると、狛音がひさしぶりに部屋を訪ねてきた。 みくると仲良くなってから寄りつかなくなっていたが、彼女はノックの返事も待たずにドアをあけると、当たり前のようにベッドのふちに腰をおろした。 「きのうはなかなか寝つけなかったよ」 「……うん」 プードルの公方様は偽物の血筋だと、きのう工房さんから教えられたが、狛音はその話をどう受けとめたのだろう? なんと言っていいかわからなかったので、 「いろいろあったけど、柴犬の公方様の謎は解けたね」

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その2)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その1)

          1 久作さんの手紙をたずさえて、狛音と分犬守の屋敷をたずねた。道すがら狛音は口数が少なく、瓦屋根の門の前に立つとため息をついた。 「いらっしゃい」 藤色の着物姿のゆみ子さんが格子戸をあけ、僕らを招き入れた。 ツナキチが玄関まで出迎えにきてくれたが、クンクンと鼻を鳴らすと座敷にもどり、いつものテーブルの下でからだを丸めた。 なにかを嗅ぎとったのだろうか。僕と再会したよろこびのあまり、うれションした前回とは大違いだった。 ゆみ子さんとテーブルをはさんで向かい合った。老眼

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第八章 大団円(その1)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第七章 犬彦の秘密(その4)

          1 狛音とみくるは本当の姉妹のように仲良くなった。狛音をとられてひとりっ子にもどった僕は、さみしい思いをしていた。 あれから狛音はみくると2人で部屋にこもりがちになったが、久作さんは触らぬ神に祟りなしといった感じだった。 〝大葬の儀礼〟のときも視線を合わせず、父娘のあいだには終始すきま風が吹いていた。黒白幕で覆われた屋敷にさらに暗い影を落とした。 広間いっぱいに並べられた座布団に黒ずくめの男女が座っていた。 お焼香のとき、工房さんの見よう見まねで、座布団の最前列にいる

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第七章 犬彦の秘密(その4)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第七章 犬彦の秘密(その3)

          ベッドに寝転んで天井をながめていた。視界に入る3面の壁はベージュ色だったが、天井にはきれいなモスグリーンの壁紙が貼ってあった。 分犬守の屋敷とちがって染みひとつなかったが、天井とエアコンのすき間に、分犬守と同じように蜘蛛の巣が張ってあるのを見つけた。 屋敷じゅうが〝大葬の儀礼〟の準備に忙しそうだったので、僕の部屋まで掃除の手がまわらないのだろう。 ベージュの壁に目をむけると、甘いミルクティーが飲みたくなった。お手伝いさんに頼むのは気がひけたので、近所の自販機に買いに行くこ

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第七章 犬彦の秘密(その3)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第七章 犬彦の秘密(その2)

          1 久作さんは、綱プーの容体のことで気もそぞろなのか、それとも偽の長男のことなどはなから興味がなかったのか、広い屋敷からみくるの姿が消えても気づいていないようだった。 みくるはあれからずっとホテルにいた。円香さんはホテルと屋敷を行き来していたが、きのう僕の部屋を訪ねてきた。みくるを前の夫に引き合わせてほしいと頼まれた。 「前の夫に預かってもらうことになったの。わたしはこれからしばらく屋敷から出られそうにないから、暢くんにお願いできないかな?」 円香さんの顔は少しやつれ

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第七章 犬彦の秘密(その2)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第七章 犬彦の秘密(その1)

          1 「君はだれ?」 「……みくる」 ツナキチを迎えにいく駕籠に潜りこんだ少年は、体育座りをした膝のあいだに頭を埋め、僕の問いかけにそう答えた。 「犬彦くんじゃないんだね?」 「声でわかんじゃん。女の子だよ」 狛音があきれたように言った。 たしかに、犬彦くんは小学6年生のころには声変わりしていたと、彼女に聞かされていた。 壁越しや廊下で耳にした甲高い声は女の子のもので、ツイッターの写真の犬彦くんとは別人だったようだ。 引きこもりの影響で別人のように見えたのでなく

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第七章 犬彦の秘密(その1)

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第六章 犬公方の呪い(その2)

          1 ゆみ子さんが大事な用があるというので、人間椅子は綱プーの看病を虫江さんにまかせ、分犬守の屋敷をたずねた。 綱吉廟の剥製とツナキチを見比べたかったので、僕も同行させてもらった。 玄関の前に立つと、僕らの気配を察したのか、なかからツナキチの吠える声がした。 「あら、暢さんもいらしたのね」 格子戸をあけたゆみ子さんは若草色の着物をきていた。いつも着物姿で上品ぶっているが、帯の下に一物も二物も抱えているのだ。 僕らはお座敷に通された。敷居をまたぐと、ツナキチが待ちかまえ

          「うやまわんわん〜犬将軍を崇める一族〜」第六章 犬公方の呪い(その2)