破天荒上司の新しい風
「新しい風ふかさなあかんやろ!」
真剣なまなざしで言い放つその姿。
一同は、へらへらした。
先日僕は、前の会社の上司にLINEをしていた。その人は、新卒入社の僕を3年間指導してくれた直属の上司。学生だった僕を社会人として育ててくれて、公私ともに相談に乗ってくれて、出会ってくれて、会ってくれて、合ってくれた人である。もう少し会社を続けていたら、入ってくれたり、気持ちくしてくれたりしたのかもしれない。心からのありがとうを言いたい。
そんな広末・トバジュンのような関係の中で、特筆しておかなければいけないのは、この上司はただのいい上司というわけではないというところである。仕事はできるし、面倒見のいい上司なのだがこの人、とにかく酒癖が悪いのだ。
とはいえ「酒癖が悪い」というと、説教をしたりパワハラをしたりといった姿が思い浮かぶが、決してそういうわけではない。いくら飲んでも空気を読んで話もするし、人をさげすんだり、説教をしたりといったことは決してしない。ただこの人、絶対に帰らないのだ。
終電で帰らないのは当然のこと、気づけば出勤時間になっていることもしばしばだった。そんな生活を続けているため、行きつけのスナックにつけが常に30万円あるような人だった。令和の時代に、普通のサラリーマンが、スナックで30万円つけられる事も驚きだが、まさしく超破天荒な人であることは間違いない。
そんな破天荒上司と僕はLINEをしていた。前に飲んだのも1年近く前で、近況も気になるしこちらも久々に話をしたい。そんな気持ちでLINEをした。
犬井「お久しぶりです!久々にまたお時間合えば、飲みに連れて行ってください!」
するとすぐに、破天荒上司から返信が返ってきた。
上司「九州連合の会員になりなさい!!」
九州…連合…?僕、関西から出たことねぇのに…?
戸惑う間もなく、8人くらいいるグループラインから、招待が来ている。
上司「俺の周りの糞を集めた会だ!入りなさい!」
こんなに入りたい気持ちが、刺激されない招待文初めてだ。
マルチより怖い勧誘があるなんて、知りたくなかった。
そこから詳しく聞いてみると、そのグループは会社の中で破天荒上司と仲のいい人を集めたものらしく、僕が居た頃の先輩や後輩もちらほらいる会とのことだった。まぁそれなら…と参加すると、さっそくその週末にバーベキューをすることになった。
当日は神戸のスーパーに12時に集合することになった。集まったのは6人ほどで、当然僕は破天荒上司以外のことは知らない。おじさんが一人と、僕と同じ年っぽい人が3人、あと女の子が一人いる。
「おぉ犬井か。お前、めっちゃ食うもんな。」
これが破天荒上司の第一声だった。もちろん僕は、そんなに食べない。
その後も破天荒上司は僕の紹介なんてするわけもなく、「こいつ食うねん!」と何度もつぶやきながら、でっかい肉をカゴにいれようとしている。
僕は「久しぶり!」と言ってくれた、おそらく先輩と話を合わせていた。
犬井「あの方はどなたですか…?」
先輩「あぁ、あのおじさんが破天荒上司の同級生の同じ職場の人で、この若い子が京都の支店にいた佐藤君。」
犬井「あの佐藤君ですか!なんか雰囲気変わりましたね!」
当たり障りのない会話を続けながら、少しずつ情報を収集していく。
犬井「なるほど…えっと、あの女性はどなたですか?」
先輩「あぁ。破天荒上司の行きつけのスナックのねぇちゃん。」
スナックのねぇちゃんバーベキューに呼んでるんや。
令和って、まだスナックのねぇちゃん呼んでいいんや。
そうこうして買い出しも終わり、バーベキューが始まると、さっきまでの不安はウソのように、楽しい飲み会が始まった。久々に聞く会社の近況や、破天荒上司のワイルドなエピソードトークなど、どれも新鮮で面白いものばかりであった。
そうして炎天下の中酒を飲むこと3時間。全員できあがり、ぐでんぐでんになったところで、バーベキューサイトの終了時間となった。
時間は夕方16時。バーベキューサイトが暑かったこともあって、全員涼しいところに行きたい、と口をそろえて言った。
先輩「ここら辺、いつも行ってる居酒屋ありますよね?」
犬井「じゃあ、そこでも行きます?」
先輩「なら電話してみましょうか。」
その時だった。
破天荒上司「いや、お前ら。同じことばっかして、どうすんねん。」
破天荒上司が立ち上がっていった。
破天荒上司「新しい風ふかさなあかんやろ!」
新しい風ってなんや…?全員が頭の上にでっかいハテナマークを浮かべてる中、破天荒上司は続けていった。
破天荒上司「ボーリング行くぞ。」
炎天下でバーベキューを3時間した後に、ボーリング!!!
行きたく…ねぇ!!!!!
そうと決まれば行動が速い破天荒上司。後輩の男の子にすぐに電話をさせて、気づけば予約が完了している。流れるようにノリノリの破天荒上司に連れられて、熱中症予備軍のような一同はボーリング場に向かった。
とはいえボーリング場に付くと、僕は久々の風景に少しテンションが上がっていた。ボーリングなんて、5年近くやっていないこともあって、学生の多さや、タッチパネルのきれいさなんかに、とても新鮮な気持ちだった。
もちろん僕は、破天荒上司とボーリングなんて来たことはなかったが、自分から誘うくらいだから得意だったりするのだろう。若い子も、「学生時代オールでボーリングしてました!」みたいな顔してるし、みんな200とかそこらへんのスコア出してくるんだろう。スナックのねぇちゃんも、女の子だからとか言いながら150くらいのスコアは出してきて、「ガーター出しちゃったー」とか言いながら、そのあとストライクばっかみたいな調整をしてくるに決まっている。
あっ…ってことは、僕一人100行かない位のスコアになるってことか。ダサい投げ方と、運動神経を感じさせないステップで、後ろ指をさされながら、僕をいないものとして扱い始めるに決まってる。そうだ…絶対そうだ…どうせ帰りに陰キャ感に打ちひしがれて、涙と小ゲロを流しながら、トボトボ帰ることになるんだ。
さっきまでのうきうきしたテンションが嘘のように、これからの展開を想像して、僕はテンションが下がっていった。
そして30分後、全員が最後の10フレームを迎えた。
スナックのねぇちゃん以外、全員80点代で。
全員、ドへたくそだったのだ。運動神経ゼロの僕はもちろんのこと、若い子は力いっぱい投げる球がすべてガーターに吸い込まれ、破天荒上司はスプリットの間にボールを通し続けていた。他の男性陣も、レーンをぶっ壊す勢いでボールを投げる人や、特筆なしドヘタなど、多種多様の下手を集めたオールスター構成だったのである。
そして唯一普通に投げているスナックのねぇちゃんだけ、最終フレームを残して100を超えている状況に、ねぇちゃんが一番困惑していた。そりゃそうだろ。連れてきた男陣に、うまい奴がいないどころか、下手なやつしかいないのだ。
明らかに、お菓子な空気が流れていた。破天荒上司の同級生は不貞腐れているし、若い子は逆ギレしてムスッとして、ねぇちゃんは「重いボールを適当に投げれば…!」とフォローなのか何なのかわからない言葉をかけてくれている。
その時だった。
破天荒上司「いや、お前ら。新しい風ふかさなあかんやろ!」
破天荒上司が立ち上がっている。まぁ最終フレームやから、盛り上げるのは定石。
破天荒上司「見とけ!今から3連続ストライクや!」
まぁ3連続ストライクで逆転!ってのは、お決まりの流れだ。そして、破天荒上司の最終フレームが始まった。
1球目
ストライク。
2球目
ストライク
3球目
ストライク
は…?
はぁ…!?
今まで80点で回ってきて、最終フレームで120点になった…!?
バラエティの最終問題10万点を、公平なルールで獲得した、最高の展開やないか。
これが、持ってる人か。
もちろんそこから、ねぇちゃんを含めてストライクが出ることもなく、破天荒上司が優勝となりました。点数こそ120点と、大した点数ではありませんが、大盛り上がりで次の居酒屋に向かうことになったのは、言うまでもありません。
尊敬する破天荒上司の新しい風は、こんなにタギるものだとは、思いもよりませんでした。