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療養期間で得られるもの

現在、私はCOVID-19(通称コロナ)に感染し自宅療養中だ。

木曜に症状が出たため来週の火曜まで自宅待機。夫と同居しているため約6畳の自室に6日間の隔離状態となる。

最初の2日は40℃近い発熱が続き、少々きつかったが現在は落ち着いてきた。

療養期間というのは私にとって、外勤先に迷惑をかけ収入も減る※、自分の研究等のタスクが滞ったり、それに伴い同期達から遅れをとってしまう、一見するとマイナスな時間である。

※アルバイトとして雇用されているため

実は、就職してから、これまでにも2度ほど1週間以上の療養期間を経験したことがある。

1度目は脳出血で緊急入院したときだ。

左小脳からの出血、MRI

これ自体はフォロー期間も終了しており、幸い、現在問題なく過ごせているため心配は無用だ。

研修医になりたての時期であり、国家試験から全力で突っ走ってきたところでの発症、入院だった。
複視や強い頭痛などそれなりに症状はあったものの、意識障害等は出なかったため途中からは集中治療室でスマホをいじっているような入院期間だった。

普段、脇目も振らず目の前のタスクに邁進しつづける私にとってその時間は今となってはとても重要な気づきを得るチャンスとなった。

人間割とあっさり死ぬのかもしれない

24歳女性、特に既往もなく、昨日まで普通に生活していて、朝起きて視界が変で、脳神経外科に行ったら脳出血で即入院となったのだ。あまりにも突然のことだった。某同世代の俳優もちょうど同時期に脳出血をしたが今でもリハビリ中だと聞いている。

例えば、厚生労働省の「人口動態統計」によると、2022年の交通事故死者数は1日あたり9.7人。

この9.7人のうちの1人が自分でない保証なんてどこにもないのだ。

現代多くの人が経験しているとは思うのだが実はこの直前2年間は、3日に1回はどうやったら消えてしまえるのかを考えてしまうような自分にとって非常に苦しい期間でもあった。

強調しておくが私の脳出血そのものは命には関わらない程度だった。

しかしながらこの経験は、これまでの人生で意図せず最も死を近くに感じるものであり、そうなると『死にたくない』という気持ちが不思議と湧いてくるものである。
月並みではあるが

いつ死んでも良いように後悔無く楽しく生きよう

こう結論付けたのであった。
ちなみに私の承認欲求の塊のような各種SNS活動もこのことから開始している。自分なりの楽しい生き方の模索の形跡だ。

2度目の療養はこれから約2ヶ月後、25歳誕生日の前日だ。夜間にどうしようもないくらいの急激な腹痛と高熱に襲われ、耐えきれなくなり救急車を呼ぼうかとしたのだが、私の中にある医療者としての何かがそれを引き止め、まず、救急安心センター※に電話をした。

※医師や看護師などが症状を聞き取り、一刻を争う場面かどうかを判断するセンター

夜の2時頃、なんとか生年月日や症状を説明したところ、自力で夜間救急に行くことをおすすめされた。

『どなたか同居の方とか友だちに夜間救急に送ってもらったらいいと思いますよ?ええ??誰もいないんですか?フッ』

中年の女性の声だった。きっと彼女は今日は夜間勤務で家では愛する家族が寝ているのだろう。
何しろキツかったので最後のフッはもしかしたら気のせい、幻聴だったのかもしれない。

当時の私は、同期は誰も住まない程度にへんぴな場所の家賃2.5万のアパート(1階)に独り暮らし3年目、隣人の顔も知らない、車無し(そもそも免許無し)、友人はいなくもないが近隣の友人とは夜中の2時に呼び出せるほどの信頼関係を築いていない。
恋愛なんてものは、効率を求める貧乏な若者にとって真っ先に不要になるコンテンツだ。恋人はもう何年もいなかった。

『すみません、私には誰もいません、』

そんなことを言って電話を切り、タクシー※を呼び、かなり待ったが何とか夜間救急に着いた。

※初手でタクシーを呼ばないのは月収13万女子だから。この感覚は月収13万以下の女子にしかわからないだろう。

結局次の日から1週間の入院となり、25歳の誕生日を絶飲絶食で過ごすこととなった。

これまた、軽い症状は続くものの数日すると割と平気になってきたためベッド上でプライムビデオを見漁る1週間となった。

そしてとある一つの作品で大きく心を揺さぶられることとなった。

『東京女子図鑑』※だ。

※主人公・綾(水川あさみ)が23歳で上京してから40歳になるまで、東京だからこその価値観や事象に翻弄されながらも強く生きる女性の人生模様を、その時々に暮らす街を背景に恋に仕事に、悩みつつも成長していく過程を描く。

水川あさみはいつでもかわいい。
現在配信されていないのが残念だ。

ここで前提を付け加えると私はそれまで、ドラマ、映画、アニメといった映像作品に触れた回数が25歳にしてはかなり少ない方だった。機会が与えられなかったし、興味もなかったのだと思う。それまでに見たのは『ザ・クイズショウ』とか『ロッキー』とか『ウルトラマン』とかまあそういう感じだ。そのため1つ1つが自分にとって大きく印象深いものになることが多い。

恋愛・人生モノに耐性の無かった私は主人公の思考が自分に似ていたこともあり、自分に重ねまくり、感情移入した。たかがアマプラドラマだがかなり刺さった。そして、この先自分自身はどのように生きていくのだろうと考えた。

センターの中年女性との会話を思い出す。

「私には誰もいません」

正直、私は物心ついたころから、一生独身で過ごそうと思っていた。何故ならば、私にとって恋愛は娯楽であり社会的スキルアップに恋人や家庭などはどう考えても邪魔であり面倒だからだ。

しかしながら、いざと言う時、困ることは今回でわかった。

そして、もしもスキルアップを極めることができ社会的に地位が上がったとして、さほど物欲の大きくない私は稼いだお金を何に使うのだろう。
『今日はよくがんばったー』『疲れたー』『只今16時、本日1食目!』何歳まで匿名垢で呟き続けるのだろう。

私は案外他人と人生を共にした方が良いタイプの人間なのではないか

そう結論付け、私は退院後からはこれまで以上に、他人と積極的に関わるようにした。

さいごに

療養期間というのは普段と同じ行動が出来ずに時間が有り余る分、閉鎖空間という普段と異なる状況下で思考を巡らせ、自分自身を振り返り、普段寄り付かないコンテンツに触れるチャンスでもある。 

ちなみに今回のコロナ療養中には、『QuizKnock』というものを知った。
厳密に言うと伊沢拓司さんのことは見たことがあったが、他にメンバーがいることやYouTubeでの活動は知らなかった。

大変知的でワードセンスも良く、動画も安心して見られる、素敵な集団だと感じた。

文部科学省のマークが羅針盤由来だなんて知らなかった。(というか彼らのクイズほとんど分からん)

そして東問さん、言さんの2人がとても良い。かわいらしいビジュアル、頭脳明晰、双子ならではの息ぴったりな掛け合い、問に関してはケーキも作るってもはや創作の世界だろう。

世の中、いや自分の思考の中にもまだ知らない世界がたくさんある。

残りの療養期間も腐ることなく有意義なものとしていきたい。

 
追記
療養4日目。アメリカでのトランプ前大統領の襲撃事件のニュースを目にした。事件自体もそうだが、流血しながらも星条旗をバックに右手を高く突き上げた写真は私にとって大きな衝撃だった。

今日という日は大きな転機となるだろう。










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