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美少女戦士セーラームーン浦和良×水野亜美恋愛小説『水色少女と青い少年』FIN

東京駅の改札口に、亜美が待っていた。
「お待たせしました」
「うん。お久しぶりね」
自分は軽く手を振った。久しぶりに会う亜美は、月並みな表現だが、やはり光輝いて見えた。
「あれ、良くん、それは?」
亜美は自分の携えてきたバスケットに目を留めたようだった。そりゃそうだろう。新幹線に乗ってまで普通わざわざ持ってくるものではない。
「これは後で説明します。さて、どうします? 実は神保町で本屋巡りとかしたいと思ってるんですけど」
「あら、いいわね。それで、それを持ってきたの?」
亜美は自分の引きずっているキャリーカートとキャリーバッグを指さした。これも普通のデートではちょっと有り得ない代物だが、今回は必要なものだった。
「そういうことです。何か面白いのいくつか見つけたら、どこかで読みましょう」
「うん、いいわね。そういうのなら大歓迎よ」
亜美は喜んでいるように見えた。よかった。月並みなデート指南本に従っていたら多分こうはならなかっただろう。

神保町で、本屋にいた。
「あら、この本、出てたんだ。買おうかしら」
「ああ、だったら出しますよ」
この日のためにアルバイトで溜めた貯金を全部下ろしてきたのだ。ちょっとした大金だった。
「科学雑誌に、えーとこれは数学の本? ですか?」
「クルト・ゲーデル。論理学で数学を解こうとしていた、ヒルベルト・プログラムというのがあったんだけど、それができない、という証明をした人なのよ」
「数学を……数学って完璧な体系を目指しているから、その気になればまさに論理学で解くと綺麗に解けそうに思いますが、そうではなかった、ということですか?」
「そこが面白そうだけど、私も詳しくないから、読んでみようと思ったわけよ。でも、受験も近いから、じっくり読むのはそれが終わってからね」
「はー……」
言わんとしていることは何となく分かるし、面白そうだということも理解できたが、多分自分には手に余るものがある。
「あ、僕も何か買おうかな。何買おうかな。えーと」
結局、神経科学と心理学の本を買った。自分の体質に合っていたからだ。哲学の本も買おうかと思ったが、やめた。それはまた後日だ。

比較的近くの本郷三丁目で、とある有名大学の庭にいた。いい天気だった。
「ここで読書というのもいいわね。それで、それ? なあに?」
「これはですね」
バスケットを開けると、あまり包丁面が綺麗に切断できているとは言えないサンドイッチが詰まっていた。
「あら。私、サンドイッチ、好きよ」
「それはよかったです。あんまりうまくは作れなかったけど、一応作り方の通りやってみました」
先日木野がやり方を教えてくれたのだが、自分にはスキルがあまりないのだ、ということを痛感させる出来になってしまった。見えている、分かっている、ということと、できる、ということには、大きな壁がある。それが、この件における、大きな教訓だった。
「うん、嬉しいわ。じゃあ、これを食べながら、ゆっくり読みましょう」
「そうしましょう。一応ナプキンも持ってきました」
「手が汚れないようにした方がいいわね。有難う」
庭の周囲にある円環状の長椅子に座ると、二人で本を開いた。
(……?)
何となく、どこからかの視線を感じた。大学構内の庭で中学生男女が本を読んでいるのが珍しいのかな、とは思った。周囲を見回したが、特に具体的に誰かが見ているわけではなさそうだったので、気にしないことにした。
亜美は既に本を読みふけっている。見事なものだった。
「あ、食べていい?」
「どうぞ。水筒も用意しました」
キャリーバッグの中から二つ水筒を取り出した。亜美は軽くうなずくと、卵サンドを口にした。
「うん、味は美味しいわ。手作りって感じがする」
「そうですか。有難うございます」
それからしばらく、亜美はずっと本を食い入るように読んでいた。そして自分はそれを食い入るように見ていた。
(集中力が違うんだな)
亜美がふと気が付いたようにこちらを見た。
「なあに?」
「え? あ、何でもありません」
「……」
亜美が一瞬何事かを考えるような顔になった。
「良くん、退屈?」
「え? あ、いや、そうじゃないんですけど。僕は本に線を引きながら読んでいるんですけど、結局びっしりと線だらけになってしまっていて」
こうなると、自分にはまとめる能力が足りない、ということだろう。
「ああ、でも、そういうのは分かるわ。難しいけど全部大事なことが書いてあって、捨てられない、ということよね」
「そうなんです。中学の授業とは勝手が違いますね」
亜美は面白そうにこちらを見て笑った。その穏やかな明るい笑みに、不意に胸をつかれた。
「まあ、合間合間に休みを入れながらゆっくり読みますよ」
「それがいいわね。何事も休みをうまく入れることだわ」
それから数時間が経った。自分は水筒を飲み干してしまったが、亜美はほとんど休まずにずっと本を読んでいた。やはり、ものが違う、と感じた。惚れ直したと言っていい。
「亜美さん。16時に何かあるって言ってませんでした?」
電車のことを考えると、少し早目だが、そろそろ出た方がいいという予感があった。
「え? あ、そうね。ああ、満喫したわ」
「それはよかったです」
「ごめんね良くん、本当は他にもいろいろあったかもしれなかったのに、結局本だけ読んで終わってしまったわね」
「え? いやいや、いいんですよ。亜美さんが楽しんでくれることが何より一番です」
「……」
亜美の表情がふと曇った。おや、と思った。
(何だろう。何か失敗したかな)
注意深く見守ったが、どうもそれ以上のことはうかがい知れなかった。
(だったら、詮索すべきじゃないな)
だが、脳裏に何事か重大な予感があった。いいことか悪いことか分からないが、大きなことが、起きる。

***

そのまま、自分は亜美を麻布十番まで送っていった。
亜美のたっての願いで甘味処に立ち寄った。あんみつを食べながら、亜美はずっと当惑したような顔をしていた。
「亜美さん、どうしたんですか」
「良くん」
「はい」
「今日は良くん、優しいのね」
「そうでしょうか。そう言って下さると嬉しいですね。有難うございます」
自分は照れて頭に手をやったが、亜美の目を見て、手をひっこめた。そういう雰囲気ではないようだった。
「何でこんなに優しくしてくれるの」
「……!」
息を飲んだ。
(ここだ。ここなんだ)
大事な判断を迫られているのが分かった。ここで間違えるわけにはいかない。
「亜美さんはいつも僕に優しくしてくれるじゃないですか」
「……」
亜美はこっちを見ていた。いまいち納得しきれていないような表情だった。
(ダメだ。そうじゃない)
言うんだ。さあ。
「それに……それに」
「それに?」
「それに、やっぱり僕は亜美さんのことが、……好きだからですよ」
「……!」
亜美の目が見開かれた。ぎゅっと拳を握りしめていた。そのまま、じっと動かなかった。
自分は黙ってそれを見ていた。自分でははっきりとは分からないが、おそらく、やはり自分も、難しい顔をしていたのだと思う。
亜美の背が少ししゃんと伸びた。気が付くと、自分の机の上の手に温かい感覚があった。見ると、亜美が自分の手を握り締めていた。驚いて亜美の目を見た。亜美の方も驚いたような顔で、じっと自分を見つめていた。
(ああ、そうか)
自分はしばらくして、それを優しい顔になって見つめ返していたと思う。
亜美の手を自分の手で包んだ。柔らかく静かな時間が、しばらく流れた。
亜美がにっこり笑って目を閉じた。自分も、にっこり笑って手を引いた。
「今日はありがとう。本当に、……本当に嬉しかった」
「僕もです」
「びっくりした」
「え?」
「良くん、すごく心を籠めて接してくれたじゃない。どうしたんだろうって」
「さっきも言ったでしょう。好きだから、ですよ。それで、好きだけじゃなくて、愛してる、ということを伝えないと、ダメなんだろうな、って思って」
亜美が小さく震えたのを見た。おや、と思った。
「亜美さん?」
「ごめん。嬉しいの。私のことが好きで、それで優しくしてくれる人がいるなんて、夢みたいな話だと思うわ」
「そんな……」
「有難う。私も、良くんのこと、好きよ」
自分の身体にも大きな震えが来た。
「亜美さん……!?」
「遅くなっちゃったわね。私も良くんのこと、好きだって、はっきり伝えなきゃダメよね」
「あ……」
言葉に詰まった。言葉を探した。何も出てこなかった。
視界が黄金色に染まった。窓からの、未だ熱を含んだ、融けるような日差しが、自分と亜美を包んでいた。

***

会計の時に、自分は視線に気づいた。いつものメンバーだった。
木野が、満面の笑みで、こっちにつかつかと歩んできた。全身から、嬉しくてたまらない、といった感じのオーラがあふれていた。
「木野さん?」
「偉いね、あんた。余計なことは言わないで、言うべきことはちゃんと言う。案外、やるじゃん。見直したよ」
「!」
木野が、自分の背中を嬉しそうにバシバシ叩く。自分は黙って受け入れた。言いたいことはよくわかった。要は、そういうことである。自分は余計なことは言わなかったのだ。その一点において、木野の心配は払拭されたことになる。
(そういう意味でも、やったなあ)
気を張っていたのだろう。太い息が口をついて出た。
「そうよ! ちゃんと告白できたじゃん! すごいすごい!」
月野が、木野の心配のことなど分かっていないかのように(実際、木野は月野にそういったことは一切伝えていないのだろう)、そう自分を褒めてくれていた。
自分はこの話を自分の中で終わらせることに決めた。木野の方を一瞬見た。木野も軽くうなずいていた。
「まあ、少し、頑張ったってことですよ」
「そうね、頑張ったわね」
「おめでとう」
火野と愛野がそう言ってくれた。
「良くん? あれ? それに、うさぎちゃん? まこちゃん? みんな?」
亜美がカバンを持ってこちらに近寄ってきた。
「ひょっとして……さっきからずっと、私たちのことみんなで見てたのね。もう」
亜美が呆れたような声で言う。冷静になってみて気づいた。そうだ。さっきまでの会話は全部聞かれていたということだ。
少し、いや、すごく、照れた。
「まあまあ。それでさ、これからみんなでパーティーしましょ。浦和くんも一緒にさ」
「僕も!?」
不意打ちだった。
「これで終わりじゃないでしょー。二次会よ、二次会。今日はまだこれからなんだから」
「うさぎは自分がおいしい料理食べたいだけでしょ。料理はまこちゃんが作るんじゃない」
「えーだって私が作るよりずっと美味しいからしょーがないでしょー!」
月野たちの他愛もない会話を聞きながら、自分は軽くため息をついた。
(家に連絡しなきゃなあ。遅くなるって)
どうやら、今日はまだこれからのようだった。

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