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『途中学生』#2

入学式は滞りなく1時間位で終わった。
時間短縮の為、校歌は歌わなかった。
ふと、これから先に校歌を歌う機会は来るのだろうかと思った。音楽の授業で無理矢理歌うのはあまり好きではないが、中学生活は3年間しかないのだから、1度も歌わないのは校歌を作った人に悪い気がする。

入学式後のホームルームでは担任からの簡単な連絡だけで、自己紹介タイムもなく、下校となった。



学校と私の家の帰り道の途中に商店街がある。やたらと道幅が広いアーケード街だ。もしや、ソーシャルディスタンスを考慮して作ったのかと思うほど通行人の数に対して道がデカい。

店の人達には申し訳ないが、私はこの静かな商店街を歩くのが好きだ。

商店街の真ん中に『銀龍堂』という古い本屋がある。1階は本、2階はCDを販売している。しかし、CD販売不況の煽りを受けたのか、去年から2階の半分は100円ショップになっている。

私は、本をほとんど読まないが、『少年チャンプ』の発売日にはここで、立ち読みをさせて貰っている。

「どうしたの、野田ちゃん! 制服なんか着て、コスプレに目覚めたのかい?」
という失礼な事を言うアフロ頭の男はこの本屋の店長だ。[野田]というのは私の苗字だ。

「違います。そのジョークは面白くないです。今日から中学生になったんです!」
と私が真面目に受け答えした時、店内に流れる曲の歌詞が耳に飛び込んできた。

『細胞膜に包まって3分間で40倍〜』

何だろうこの歌詞は?意味が分からなかったが、私はそのまま3分位立ったまま、じっと曲を聴いていた。

「野田ちゃん、ぼーっとして大丈夫かい?」
と店長が心配そうに訊いてきた。

「すみません。今、流れてる曲って何ですか?」と私は我に帰り、尋ねた。
この本屋に流れている曲は店長の好みで決まっている。クラシックだったり、ジャズだったり、歌謡曲の時もある。私は3年位、この本屋に通い続けていたが、曲が気になったのは初めてだった。

「今の曲? アジカンだよー。」
「鯵缶ですか?」

「今、魚の缶詰めを想像してない?
ASIAN KUNG-FU GENERATION!これだよ。」と言いながら、店長はCDを見せてくれた。

「店長、このCD貸してくれませんか?」
と産まれて初めて音楽に興味を持ち始めた私は店長に頼んだ。考えるより先に言葉を発していた。

「良いよー。ついでにこのCDプレーヤーもあげよう。代わりに、今度うちで何か買ってね❤︎」とうまく商売を絡めてきた店長にお礼を言って本屋を出た。

帰り道、私の足取りは重力が6分の1になった様に軽かった。
これが私と音楽との出会いだった。

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