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『途中学生』#5

⌛️放課後

私とミリアは軽音楽部の部室を探していた。

「結構、広い校舎だから中々見つからないねぇ。」とミリアは疲れ始めていた。

「無理しないで、私1人だけでも大丈夫だから。」と、私は言うが、

「いゃあ、面白そうだし、一緒に行くよ!」
と言って、聞かなかった。

「でも、楽器をやった事がない初心者を入れてくれるのか心配だな・・・」
と不安をトロトロと吐露すると、

「私もバイオリンしか出来ないから、軽音楽部に合うか分からないなぁ。」
みたいな事をミリアが言うので、驚いた。

「え、何!桜はバイオリン弾けるの? 聞いた事ないよ。」

「まぁ、家の習い事で5歳の時からたまたま、やってるだけだから趣味みたいな物だもの。」

人生の半分以上の期間、バイオリンを弾いているというのは趣味というよりライフワークではないのか?ミリアとは6年以上の付き合いだが、知らなかった。何だか急に劣等感を感じた。

私達は小学生の時、お互いに松本大洋の『ピンポン』が好きという事で卓球クラブに入った。同じ趣味の漫画愛好家同士だったが、音楽歴では8年と1日という大きな差があったのだ。

何だろう、バイオリンが弾ける漫画好きで見た目はエマ・ワトソンに似ているこの友達はライトノベルのヒロインなのだろうか。と神様のレシピ配分は不平等だと思った。

5kg位重くなった身体を引きずり、廊下を歩いていると、前方にギターケースを背負った人が歩いているのが見えた。

「すみません。軽音楽部の方ですか?」
と私はその人に声をかけた。

ギターの人が振り返る、眼鏡をかけたマッシュルームヘアの男子だった。父の書斎で見かけたレコードのジャケットに写っていた人に似ている。昆虫みたいな名前のバンドだったと思う。

「いえ、僕は入部希望で、今、軽音楽部の部室に行く所です。」
と丁寧に答えたその声は静かだったが、妙に艶のある透き通った音色だった。

「そうなんですね。私達も今、部室を探していたんです。」

「あぁ、ここみたいですよ。」

とその男子は『軽音楽部』というプレートがついた教室を指差した。

「失礼します!」
と私が先頭で教室に入ると、部活動紹介の時に演奏していた5人が丸い会議机を囲んで座っていた。

「おぉー、いらっしゃい。今年はいきなり3人も来てくれるなんて感謝感激だ!」
トランペットを吹いていた先輩が立ち上がり、私達3人のパイプイスを用意してくれた。

「自由を愛する軽音楽部へようこそ!私は副部長の園田です。トランペットをやってるよ。そしてこっちが、」
と園田さんがドラムを叩いていた先輩に声をかけると、先輩はスッと立ち上がり、

「・・・・・・・・・・・・部長の中村だ。」

と一言だけ発し、また、席に着いた。中村さんは立ち上がると180cmくらいあり、ラグビー選手の様な迫力があった。

「そっけないなぁ。3年生は私達2人だけ。次は2年生の・・・」

「キーボード担当の瀧です。瀧廉太郎と同じ字の瀧ね。よろしく。」
瀧さんは黒い長髪の才女という雰囲気だ。

「ベース担当の尾形です。こんな寂れた部室に来てくれてありがとう。」
尾形さんは私よりも少し背が低い小柄な男性だ。でも、ベースを弾いている時は遠くから見ても大きく感じた。

「テナーサックス担当の境原だ。好きな漫画は『BLUE GIANT』、お薦めだよ。」
自己と趣味を同時に紹介するとは、高レベルの布教家だ。私は勝手にシンパシーを感じた。

「この5人が軽音楽部のメンバーだ!次は君達が何者か名乗りたまえ。」
と園田さんは豪快に問う。

「あの、1年の桜田 ミリアです。バイオリンをやってます。よろしくお願いします。」

「サクラダファミリア?」
と園田さんはスペインの建築物と聞き間違える。

「違います!ファはいらないです。」

「ドレミだけじゃなく、ファも大事だよ、ファミリアちゃん。次はそこの、若きマッカートニー君の番だ。」
桜のニックネームが決められた瞬間だった。

「地道 川流と言います。エレキギターができます。好きなバンドはASIAN KUNG-FU GENERATION です。」
と、鯵缶の名前が出た事を私は聞き逃さなかった。同い年で同じバンドが好きな同士がこんなに早くみつかるとは!私は心の中で嬉しい悲鳴をあげた。

「ジミチ カワルとは珍しい名前だ。マッカートニーじゃなく、ジミヘンだね、君は。」
園田さんは1人で納得した様にうんうん言っている。

いよいよ私の番が来た。
「野田 嬉々です。楽器経験はありません。でも、ドラムをやりたいです‼️」
と私は思い切って言った。そうなのだ。昨日から聴き始めた鯵缶、今日聴いたアート・ブレイキーの曲で私はドラムを好きになったのだ。

すると、中村さんが立ち上がり、私の前まで歩いて来た。

「スマートフォン持っているなら貸してみろ。」
中村さんが急に言ってきたので、私はハイ、これですと、すぐさまスマートフォンを渡した。

「メトロノームのアプリを入れた。まずは、テンポをキープすることから覚えろ。そして、沢山曲を聴いて、好きなドラマーを見つけろ。このドラムスティックをやる。」
さっきまでの無口が嘘の様に中村さんは流暢に喋っている。私は産まれて初めてドラムスティックを手にした。木の感触が心地良い。

「毎日最低30分は練習しろ。1日休めば、1週間分の感覚と身体が劣化する。分厚い雑誌を、叩いてでもまずは慣れることが大事だ。」

どうやら私はとんでもない世界に足を踏み入れたらしい。

ピューと吹く春風が教室の窓をカタカタと揺らした。

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