転機のたびに、自分らしく生きる方向へ絶妙に導いてくれた力を信じて【インタビューNo.2/本間美香子さん】
インタビュー企画、第2回は『自分らしく生きる46のヒント』を初出版された本間 美香子(ほんま みかこ)さん。
本間さんは専門学校教員として、2022年3月に退職されるまでの26年間、就職活動をする学生のキャリア教育や就職支援をされてこられました。
いつも穏やかでいながらどこか楽し気な笑顔で、一度でもお会いしたならその癒やしと励ましの空気感にファンになる方も多い本間さん。その笑顔の裏には、逃げ出したくなるほどのキャリアの悩みや、最愛の母との最後の日々がありました。
ご自身の半生をふり返って本間さんが辿り着いた「自分らしく生きるヒント」に込められた思いと、本の中の重要なキーワードである「自分力」とはどんな力なのかについて、ご本人にお話いただきました。
(取材/文:ヤマダ リョウコ)
惨めでも悔しくても自分を引き留めた「なんだかわからない力」
2016年に異職種への異動という転機を経験した時、まるで自分が新入社員に戻ったような心細くつらくて惨めな気持ちを味わいました。このまま会社を辞めようかとまで思いましたが、「なんだかわからないけど」辞めずに続けることができたんです。その「なんだかわからない力」が、自分としては組織に依存せずに自分自身でキャリア形成をしていく「自律」という考え方で、それが自分を救ってくれたのではないかと思っていました。
でも、2019年に「自律的にキャリアを開くお話会」という会でその時のお話をしたら、参加者の方から、もし「自律」が本間さんを救ったんだとしたら、会社を飛び出すことも選択肢としてはあったんじゃないですか?という質問をいただいたんです。そう言われて私も確かに、自律心のある人は自分が不本意な境遇に置かれていたら、ここは自分のいる場所じゃないと思って飛び出ていくんじゃないかと思いました。でも自分は飛び出なかった。
私が惨めでも悔しくてもいいからそこにいようと思ったものは何なのだろう、と考えた時に、自分が会社のことを好きなんだと気づきました。会社に対して好きという気持ちがまだ残っているから、その会社との関係を自分で最後まで見届けたいという気持ちがある、というところに行き着いたんです。
組織の中で働くと、「自律」という部分ばかりではなく組織の理念にそって働くとか組織の中の役割として責任を全うするという部分もあって、そこに喜びを持つことが出来る人もいます。その喜びに繋がる原動力とはなにか。やはり、自分の仕事を好きだとか所属している組織のことが好きだとか、そういう思いにも支えられているのではないでしょうか。
それがヒントになり、「なんだかわからない力」=「自律を超えたその先にある何か」=「自分力」というのが人にはあるんじゃないかという考えに至ったんです。
インフォーマルリーダーの持つ「自分力」
その後、組織と個人との関係性をもう少し掘り下げていきたいと思い、『組織開発勉強会』を主宰するようになりました。その勉強会で「インフォーマルリーダー」をテーマに取り上げた回に、組織で42年間働いて執行役員もされた中畑聖子さんという方をゲストにお呼びしてお話をしていただいたんですね。
私の勉強会はひとつのテーマではなく掛け算をすることにしていますので、その回は【インフォーマルリーダー×学習する組織】という掛け算をしました。「学習する組織」とはピーター・センゲの有名な理論なんですが、組織を「学習する組織」たる良い形にしていくために必要なディシプリンという要素のひとつに「自己マスタリー」というのがあるんです。これはあくまで私の意訳ですが、 「自己マスタリー」というのは個人が自分のビジョンというのを明らかに持ち、それを組織に投げかけていくことによって共鳴者が出てきてみんなのビジョンになっていくというような能力のことなんですね。
中畑さんは、役職についていない時からも「インフォーマルリーダー」として後輩に仕事を教えてあげたり、相談に乗ってあげたり、寮生活でも良きお姉さん役としてプライベートの悩みなどにも乗ってあげることによって職場の業務も円滑になったというお話をしてくださいました。
「失敗して落ち込んでいる後輩には説教なんかはしなくて、手のひらにそっと飴玉を乗せました」というエピソードには私もじーんとしましたね。
そんな風に、「インフォーマルリーダー」は「自己マスタリー」=自分のビジョンというのをしっかり持っていてそれを日常の行為の中で表現している人なんだと思います。それも口だけじゃなくて行動で示していくとか、チームで何かプロジェクトをやる際にも、志というものを持って関わっている。するとそれが見えない頭の上の吹き出しのように出てきて共同意識のように周りに伝播していき、どんどん大きなウェーブになっていくんですね。
組織の中でも「インフォーマルリーダー」はとても有難い存在で、組織には会社の理念というものがありますよね。「インフォーマルリーダー」というのはその会社の理念に共感して働いてきている人ですから、それを「自己マスタリー」によって周りにうまく伝えられるという能力を持っています。そういう人がいれば、個人とプロジェクトメンバー、さらにプロジェクトメンバーというグループと組織との一体感を感じることが出来て、自分は今所属している組織と本当に共感し合っている、組織の理念に共感してこの仕事をしていると思えるようになる。それは喜びと共にあるということですよね。
組織内で感じた「自分力」の効果
2022年3月まで勤めた組織の中で、私自身も「自分力」の効果を経験したことがありました。医療系の学生の就職支援をしていたんですが、最後の年は1人で164人もの学生を受け持っていたんですね。でも1人で支援するというのはやっぱり限界があるんですよね。担任の先生や、学生に関わっている人と協働していかないと良い就職支援というのは出来ないんです。
4年間やりましたが、最初の1年目はそこがなかなかうまく出来ませんでした。一人で全部抱えるというような習性がついていたのでとにかく自分が全部やらないといけないんだと思っていて、まるで手のひらから仕事がこぼれていくような感じでした。 だから本当に学生に良い就職支援をするなら、周りの方にお願いして助けていただかないと出来ないんだとわかったんです。
それで、周りの先生たちと情報を共有して、手伝っていただけませんかとお願いするようにしていきました。お願いすると担任の先生も熱意を持って取り組んでくださったし、最近の学生の様子といったような詳しい情報もいただけるようになりました。そうしたら自分一人で抱えていたときよりも学生に良い就職支援ができたんです。そこで「自分力」で周りの人と協働してチームとしてやっていくというのはすごく良いことだなと思ったんですね。
学生を良くしたいという思いはそれぞれに持っていて、でも誰かがそれを表現することによって、前述の中畑さんの事例のように周りに伝播して共感し合って形になっていくんですよね。
そんな風に、みんなで一人の学生を良い医療人に育て上げようという志で結びついた者同士として手を取り合えたのは感激でした。心がじわじわと温かくなって明日もがんばろうとか学生指導が楽しいという思いが繋がっていくのはすごくいいですよね。
これが『7つの習慣』の 「相互依存」だと思いました。
「自律した人」と「自分力を持った人」との違い
本を書き始めたときは「自分力」の定義というのが「自律」と少し被っていました。だから「自分力」 を持った人というのは自律した人のイメージに近くて、組織の中にいても自分の人生の船の舵を自分で取っていけるし、なにか起こっても自分の責任だと思える孤高の人だというところからの出発でし た。
でも自分自身で体験したり、中畑さんのお話を聞いていくうちに、「自分力」を磨いていくと自分と同じ志の人と共鳴しあって協力する場面が増えていくことがあると気づきました。例えば日常でも「自分力」を意識して行動していると人に素直にお願いが出来たり、自分の立場を説明出来たり、また自分ではこの先どう進めていいかわからないという場面で助けて下さる人が現れたりということが起こってきたんです。
私は二人姉妹の長女に生まれて、親に長女としてしっかりしなさいとか責任をもってやりなさいというのを刷り込まれた人間でした。また、組織でも一人部署のようなところにいる経験が多くて、自分で判断して何かミスが起これば自分で責任を取るような立場が多かったので、人にお願いするとか弱音を吐くというのが本当に苦手だったんですね。
でも「自分力」を意識してから、周りに助けてあげますよとか応援しますよと言って下さる人が集まってきてくれたんです。だから少し今までの自分のやり方を変えてみようかなという気持ちになれました。 いざ助けてもらってみたら、今までがむしゃらに一人で背負ってきた時よりもすごくスムーズだし、自分の持っていないスキルを持っている人達に助けてもらったら自分一人でやるよりも大きなことが出来ますよね。それで、「自分力」を持った人というのは孤高の存在ではないと思ったんです。
母との最後の70日間でアイデンティティが消えてなくなるような体験が気づかせたこと
2021年、難病で10年以上も闘病生活をおくっていた母にいよいよ余命宣告がつき、最後の70日間を自宅で過ごさせる段階に入りました。今日か明日にも死ぬかもしれないという状態の母を見守るという生活の中で自分も消耗してしまい、大好きな母親と一緒に自分もあの世にいってしまうような、自分のアイデンティティが消えてなくなると感じるような思いをしたんです。
昼間は元気に仕事に行って学生と接しているんですけども、自宅に戻ると訳もなく涙が出てきたりして、この先本当に自分の魂が母親と一緒に持っていかれるんじゃないかと思うような心持ちになりました。信頼している何人かの方とお話させていただいて頭は整理されてきたんですけども、言いようのない悲しい気持ち、心にぽっかり穴が開くような気持ちはどうしたらいいかわからなかった。
だから、なにか自分を救ってくれるものはないかと本を探していましたら、社会学者のミードが自我について書いている本(註:「社会的自我」)に出会いました。ミードは自我が「主我と客我」から出来ているという理論を提唱していたんです。自分が思っている自分という「主我」の部分もあるし、社会に投げかけて社会が自分をそういう人だと思っている「客我」という部分も自分の中に定着して、その両方で自分というものが成り立っているとミードは本の中で言っていました。
だとしたら、今母が死にそうで心細くなっている自分というものも自分だけれど、それだけではなくずっと社会に投げかけてきた自分というものも確かにあって、その「客我」の部分は自分と関わった人の心の中に生きている自分だから無くならない、と思えて嬉しかった。だから母を亡くすというのはつらく悲しいことだけれど、それによって自分の存在が消えてしまうことはない、と本当に思えて救われました。
2019年の段階で「自律を超えたその先」に何かがあるというのは仮説として持っていたけれども、母の死に瀕して主我と客我というのが腑に落ちた時に、自律でも他律でも「自分が選んでいく」ということが主体的に生きる、つまり「自分力」を働かせることだと確信できた瞬間でした。
2016年の異動の時、私は会社を飛び出さなかった。なんでだろうと思っていたけれど、飛び出さなかった原動力というのも「自分力」だったんだなと思えました。自分というものが主我と客我で出来ているなら、内面の自分も外側に投げかけてきた自分もその両方の集合体が自分で、どっちの選択も自分が主体的にしたことであれば正解ですよね。だから「自分力」については皆さんに確信を持ってお伝えすることが出来る、と思ったんです。
人生の転機における選択には、理論的に説明できないこともあります。その時は、なんだかわからないけれど組織を飛び出してしまったとか、なんだかわからないけれど飛び出せずに留まってしまったということがあります。後から振り返れば、絶妙に良い選択をしているのが不思議です。そういう意味では、「自分力」というのは見事なものだし、信じていいものだと思います。
『自分らしく生きる46のヒント』を手に取っていただいた方に伝えたいこと
「自分力」というのは人を孤独や孤高にさせる働きを持つものではなくて、むしろ「自分力」というものを見つめ直し磨くことによって、周りの人との連携が生まれるものなんです。自分自身も幸せにしますし、周りの人も幸せにする働きがあると思います。今組織のなか、社会のなかで自分はこの先どうしたらいいのかな、とちょっと立ち止まってしまったような方にぜひ読んでいただきたいです。「大丈夫、自分はちゃんと自分の行先をわかっている」という気持ちになっていただけると思います。
―――キャリアの転機を迎えられた時、会社を飛び出さない方向に自身を導いた「なんだかわからない力」の正体はどういうものか。その問いを発端に仮説を立て、真摯に自分自身と向き合ってこられた本間さんは、本や勉強会によって熱心に取り入れられてきた知識も束ね、自分自身の経験と照らし合わせながら少しずつ「自分力」という概念を形にしてこられました。
そんな本間さんが半生をかけて集めた、「自分力」を活かして自分らしく生きるための知恵だからこそ、本に書かれたひとつひとつのヒントが説得力と実感を伴って読者の背中を押すのだと思いました。
本間美香子さん、本当に素晴らしい本、そして貴重なお話をありがとうございました。
本間さんの本はこちら↓
■本間美香子さんプロフィール
ゲゼル.ゲマイン株式会社取締役
新潟県生まれ。新潟大学卒業。
1996年より専門学校教員として、医療・福祉・金融・小売・製造・情報通信等の業界での活躍を志す学生のキャリア教育に携わる。近年は自身の看護師資格を活かし、医療系国家資格の専門学校で看護師等を目指す学生の就職支援を担当。
さらに並行して、再就職活動中の社会人向けのキャリアコンサルティングも手がける。2013年、MBA経営管理修士(専門職)を取得。2018年、国家資格キャリアコンサルタント取得。
2020年3月よりゲゼル.ゲマイン株式会社にて「自律的人材を孤高にしない組織作り」等をテーマに組織開発勉強会を主宰。
「自律的にキャリアを拓く」をモットーに、過去の経験に基づく自身の強みに気づき、周囲と調和しながら人生を前向きに歩むための「自分力」磨きを伝えている。
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