【LIVE REPORT】いつもどこかでなにかがさわいでいる EVENT0433の渡邊琢磨アンサンブル
LIVE REPORT
いつもどこかでなにかがさわいでいる
渡邊琢磨アンサンブルのEVENT0433
2022.12.13 EVENT0433_#1
Text:松村正人
国史と世界史とを問わず、歴史を検証するさいみすごせない年となるにちがいない2022年もおしつまった師走の13日、有楽町の新劇場〈I’M A SHOW(アイマショウ)〉の「EVENT 0433」に足を運んだ。「EVENT 0433」とはタワーレコードのフリーマガジン「intoxicate」が〈I’M A SHOW(アイマショウ)〉を会場に企画する連続イヴェントで、今回が初回。企画名の「EVENT 0433」とはどうやらアレアの『Event '76』でもラリー・カールトンの《Room 335》でもなく、ほかならぬジョン・ケージのほかならぬ《4分33秒》にあやかったというのはなるほど「O-CHA-NO-MA CULTURE SHOCK」を標榜する本誌らしい。というのも1962年の初来日時に本邦音楽界におよぼした激震をさして「ジョン・ケージ・ショック」なる呼び名をのこしたケージである。無音の作品《4分33秒》は作曲家の象徴としてその前と後をわかつ、いわば切断線であり、その音楽史的な重みはのちのロックンロールやビートルズやパンクの出現と甲乙つけがたい。とはいえ《4分33秒》は聴くことにかかわる認識への問いかけであり、美学ではないが、しかしその革新性は歴史的な見地からみれば、フロイトの精神分析とアインシュタインの相対性理論にならぶ19〜20世紀を象徴するパラダイムシフトであり、いわばモダニズムの決算のひとつとして空前にして絶後であるといわねばなるまい。などと浜の真砂ほどもあろうかというケージ語りにここでなにかを加えたとて九牛の一毛にすぎず、しからばその名を借りた企画に虚心に耳を傾けるにしくはない——。
〈I’M A SHOW(アイマショウ)〉の上手後方の客席で身を丸くして私は思った。するとこの日の主役であるアンサンブルの面々がばらばらと舞台にあらわれた。渡邊琢磨の作曲作品を手がけるこのグループは渡邊が本名名義になった2010年代なかごろに構想がたちあがり、それ以後の活動の中核をになっている。昨年の『ラストアフタヌーン』は最初の音盤化だが、公演ごとに新作を舞台にかけることにしていると耳にする。編成は作曲者の渡邊琢磨が指揮を担当し、この日はヴァイオリンの地行美穂と須原杏、ヴィオラの角谷奈緒子、チェロの橋本歩にコントラバスの千葉広樹とドラムスには山本達久が加わるというもの。メンバーには異同はあるが、編成は10月の河口湖円形ホールでの公演とかわらない。『ラストアフタヌーン』の音世界のリアライズに過不足ない陣容ということであろう。
ここでいう音世界とは、弦楽四重奏という古典的な形式を土台に、音量を極端に抑制することで、さまざまな特殊奏法、打音、物音を前景化するとともに、電子音や現実音とあわせてひとしなみに素材にみたて点描的に配置するといえばいいだろうか。楽曲は音符よりも休符が多いが、余白にも音の気配がみちている。その点では企画名にこれほどうってつけな作品もない。他方、微弱で間欠的でもけっして無音にはならない、座標軸にたいして漸近線をなすが、まじわろうとしない音のあり方はケージよりも彼のニューヨーク・スクールの仲間のモートン・フェルドマンの諸作を彷彿するところもある。いずれにせよ聴く側に集中力を要求する音楽であるにはちがいないが、この日は会場の空間特性と、エンジニアの中村督の音づくりもあいまって細部から生成し全体に編みあがる音を追ううちにまたたくまに時間はすぎていく。響きの中心は弦楽四重奏だが、千葉のコントバラスと山本のパーカッションが要諦を押さえることで変則的なアンサンブルの可変性を担保している。ジャズや即興にも通じた両者の存在は表面的な再現性以上のしなやかさを演奏にもたらしていた。むろんすべての楽曲に微細な指定を記入したスコアがあり、コンピュータのシーケンスも併走するとなると、演奏者の自由度にはかぎりがあるが、図と地が刻々といれかわるような作品の構造からくるダイナミクスはことのほかスリリングである。
すこし前までは映画館だったという〈I’M A SHOW〉のステージ後方にはスクリーンがあり、青とグレーの2色で上下に分割した画面は不動の書き割りのようでありながら、たがいの境界は滲み合うようにゆらいでおり、上にあげたフェルドマンの1971年の『Rothko Chapel』の主題になったマーク・ロスコのカラーフィールドによる抽象時代の諸作を想起するスクリーンの映像が舞台に夕間暮れのような光を投げかけている。
舞台では6名の演奏者が渡邊琢磨の指揮を注視しつつ淡々と演奏をすすめている。
ゲストの三浦透子の呼び込みのさいもこれといって目立った演出はなかった。足早にアンサンブルの後方についた三浦は歌手としても定評ある声質によるヴォーカリゼーションで演奏に参加し『ラストアフタヌーン』のジョアン・ラ・バーバラ役をになうかと思えば、参加パートのしめくくりではドラマ『六本木クラス』の挿入歌で渡邊琢磨が弦楽アレンジをした《点灯》を披露する。ことさらに歌を前に押し出すのではなく、環境のなかにとかしこむような解釈は原曲のピアノアレンジともことなる解釈を楽曲からひきだしており、この日の見所のひとつだった。渡邊琢磨アンサンブルの特異さはそのような一体性、全体性にもかかわらずホーリズム的な調和から逸れていくところにある。いつもどこかでなにかがさわいでいる。そのことはこの日の掉尾をかざった《Tamtum ergo(タントゥム・エルゴ)》に両価的にもあらわれていた。トマス・アクィナスの賛歌がもとのモテットのくぐもった清澄さはこのアンサンブルにしか出せないニュアンスであろう。
12.13 SET LIST
01. Balcony 02. Dream 03. Tactile 04. Wavelength 05. Bonfire at the lake 06. Echo of the Mountain 07. Untitled Dec13 08. Quartet pt.2 09. Sleep 10. Island 11. 点灯 12. Clouds Fall 13. Looming 14. Tamtum ergo
LIVE INFO.
intoxicate presents EVENT 0433
2022年12月13日(火)東京・有楽町 I’M A SHOW(アイマショウ)
開場/開演:18:30/19:30
会場:I’M A SHOW(アイマショウ)
東京都千代田区有楽町2丁目5番地1号有楽町マリオン(有楽町センタービル)別館7F
https://imashow.jp/
■出演:渡邊琢磨アンサンブル
地行美穂(ヴァイオリン)/須原杏(ヴァイオリン)/角谷奈緒子(ヴィオラ)/橋本歩(チェロ)/千葉広樹(コントラバス)/山本達久(ドラムス)/ 渡邊琢磨(指揮)
ゲストヴォーカル:三浦透子
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