沖野修也(KYOTO JAZZ SEXTET)ロングインタヴュー 「レジェンダリー・ドラマー森山威男が全面参加、次世代へ伝えたい日本のジャズ」
レジェンダリー・ドラマー森山威男が全面参加、次世代へ伝えたい日本のジャズ
interview&text:佐藤英輔
日本のリアル・ジャズのアイコンと、DJ/クラブ文化を介する今の闊達なジャズ観の出会い。KYOTO JAZZ SEXTET feat.森山威男の『SUCCESSION』は、まさにそうした内実を抱える。
機知と知見に満ちたインターナショナルなDJ+の活動をする沖野修也が率いるオーセンティックなジャズ・コンボであるKYOTO JAZZ SEXTETの新作は、大御所ドラマーである森山威男が全面的に参加したアルバムだ。1945年生まれの森山は、山下洋輔トリオの初代ドラマーを端緒に、パッション満載のジャズ・ビートを自己バンドのもと送り出してきている。
『SUCCESSION』で採用される曲は、森山威男がこれまで演奏して来ているレパートリーが主。それらが収録されていた森山のリーダー作群は、<和ジャズ>を掘り起こす今の欧州のDJシーンからも格好のターゲットとなっている。そうしたナンバー群が今の勢いや機微を介して再演されるわけだが、音の一つ一つが太く粒だち、それらはこれぞジャズという醍醐味に満ちる。
日本の血気盛んなジャズの本道を歩んできたヴェテランとダンス・ミュージックやワールド・ミュージックにも触れている世代違いの奏者たちのこのウィンウィンなコラボレーションはどのように生まれ、何を求めようとしたのか。英国エジンバラに滞在中の沖野修也にzoomで話を聞いた。(取材は、2022年4月4日)
——KYOTO JAZZ SEXTETが結成されたのは2015年ですよね。一番どういう事を目的に組んだのでしょう。
「KYOTO JAZZ MASSIVEと並行して、僕はSLEEP WALKERというジャズのバンドのプロデュースもしていました。それが解散した後、自分の中でよりジャズ的なアウトプットが必要だなあと思っていたんですよ。そんなおり、2015年にKYOTOGRAPHIEという京都で毎年行われている写真祭から、ブルーノートのフランシス・ウルフの写真展をやるので、なにか一緒にやりませんかとお誘いをいただきました。ちょうどブルーノートのカヴァー・プロジェクトの構想が同時期にあったので、フランシス・ウルフの写真展と連動する形で、ブルーノートの曲を1964年から66年までの3年に限定してカヴァーしてみようというのが、そもそもの発端だったんです」
——基本としては、生のストロングなジャズをやるということですね。
「そうです」
——その時のメンバーは、現在も変わっていませんよね。
「同じですね。今回は森山さんがドラムなので、オリジナル・ドラマーのジャズは参加していませんが、基本のメンバーは同じです」
——今作を聞いても、よくこのメンバーを選んだなと思います。当時、どういう観点で、彼らをお選びになったのでしょう。
「もともと全員と面識がありましたが、ただ全員と別々につながっていたんですよ。それぞれのプロジェクトからメンバーを選抜し、僕はよく“沖野ジャパン”と言っているんですけど、なんか日本代表チームみたいな感覚ですね」
——ダブル・ベースを弾く小泉P克人さんはSAIGENJIさんと一緒にやっていたりしてブラジルものに強い奏者という印象を持っていました。でも、KYOTO JAZZ SEXTETではもっとストレート・アヘッドなジャズ・マンとしての姿を見せており、視点の与え方によって奏者は異なる輝き方をするんだなと思いました。
「そうですね。Pちゃんはエレクトリック・ベースもいいんですが、あえてセクテットではウッド・ベースで、フレットレスな感じで弾いてもらっています」
——栗原健さんはMountain Mocha Kilimanjaroの奏者としてかつて親しんでいましたが、ここでの演奏がまた素晴らしい。森山さんというとぼくはプッシュするドラムに煽られて男っぽいテナー・サックスがブロウするといったイメージをまず抱いたりしますが、今回の録音でも遜色ないと言うか、大役をまっとうしていると感じました。
「そうですね。栗原健は今回大活躍でしたね」
——KYOTO JAZZ SEXTETは過去2枚のアルバムを出していて、今作が3枚目となります。今作の直接的なきっかけは、昨年秋に行われたTokyo Crossover/Jazz Festivalだったのでしょうか。
「そうです。コロナ禍で海外アーティストを招聘できないという制約があり、そこで海外の音楽ファンが羨むだろうラインアップを国内勢で固めるというのが、僕の狙いでした。その時ヘッドライナーに誰がいいかと考えた時に、森山さんだなとなりました。森山さんは元々ヨーロッパで評価されてきましたが、近年もロンドンのBBEというレーベルから森山さんの『イースト・プランツ』(1983年)が再発されています。森山さんの再評価がヨーロッパで高まっているのと、あとメンバーの類家心平が森山さんのバンドでも吹いているということで、これは森山さんに声をかけるしかないなと。ほぼ即決でしたね」
——でも、森山さんは岐阜県に住んでいたりして、声をかけるのに躊躇はありませんでしたか?
「しかも、コロナ禍で演奏されていなかったみたいで、引退も考えていたらしいんです。森山さんもそこらへんは不安に感じておられたようで、僕からのオファーといろいろ他のオファーもあって、自宅でドラムのトレーニングは始められていたそうです」
——去年の早い時点でオファーを出したんですか。
「文化庁の助成金を利用しTokyo Crossover / Jazz Festivalをやったんですが、決定したのは夏だったと思います。オファーはその前にしましたね。だから今から1年前、4月か5月にオファーは出していたと思います」
——今の話を聞くとイギリスを中心とする海外からの日本のジャズを見る評価も鑑みて、森山さんが参加するプログラムを組んだと理解していいのでしょうか?
「そうですね。海外のクラブのファンやジャズのファンがTokyo Crossover/Jazz Festivalのライン・アップを見て、DJ koco a.k.a. shimokitaらがいる中で、KYOTO JAZZ SEXTETフィーチャリング森山威男の名前を見たら、絶対日本に来たくなるだろうなというのは狙いとしてありました」
——日本のDJオールスターズに加えて、伝説のジャズ・ドラマーもそこにはいる、という感じですものね。
「そうなんですよ」
——それで、森山さんと一緒にやることになり、森山さんの過去のプロダクツを振り返り、演奏する曲を決めていったという感じなのでしょうか。
「森山さんの過去の代表曲の中からDJがクラブでかける音源を僕が選ぶ、というのがコンセプトでした。“KYOTO JAZZ SEXTETフィーチャリング森山威男・セレクテッド・バイ・沖野修也”という感じでしょうか。僕もかけているし、他のDJも愛好している楽曲を選んだという感じですね」
——そもそも、森山さんの魅力ってどういうところであると感じますか。
「もちろん森山さんの叩き出すリズムが好きなのですが、同時にダイナミズムというか、大きな音から小さな音まで、そのヴァリエーションと音の表情が素晴らしいんですよ。クラブでかかるジャズは、やはりダンサブルであるのが大前提。ですが、今回選曲するにあたって踊れるものもマストで入れましたが、DJが提案するリスニング・ミュージックとしてのジャズという側面も意識しています。「風」だったり、「渡良瀬」はそれに該当しますね。迫力のある森山威男さんと繊細な部分も持つ森山威男さんの一面、その両方をKYOTO JAZZ SEXTETとのコラボを通して、僕のリスナーや若い音楽ファンに提案したいというのがありました」
——森山さんってステージで「ライヴのある日は、いつも特別な日」とかぽろりと金言を放ったりし、なんか人間的にグッと来させるんですよね。そんな様に接しただけで、わあ〜漢だあ、こんな人の演奏は一音も聞き逃せない、一生ついていきます、みたいな気持ちになっちゃいますよね。
「まさにおっしゃるとおりですね。僕も森山さんのライヴを見ると、演奏ももちろんですけど、森山さんの放つ言葉にも持って行かれるんです。やっぱり、人間的にすごい魅力のある方ですよね」
——それで、そんな森山さんと一緒にやり終えての感想はいかがでした?
「本当に感無量でした。森山さんがリハーサルから一貫して言っておられたのは、ジャズに予定調和は禁物ということ。だから、僕もサプライズということを意識していましたし、メンバーも森山さんに挑んでいくなかで、森山さんを驚かせるし、僕たちは森山さんから驚かされる。そういう想定外というか、意外性というか、そうしたことをライヴでは一番感じましたね。だから、今回のCD(限定のスペシャル・セット)にはライヴの映像も付いているんですけど、是非是非それを見ていただいて、この僕たちが行なった実験というか、サプライズを見ていただきたいです」
——ライヴをやったときは、これは商品化しようという気持ちがあったのでしょうか?
「実はリハーサルをレコーディング・スタジオで行い、レコーディングしました。僕には過去の反省がありまして、以前Tokyo Crossover/Jazz Festivalにカルロス・ガーネットというサックス奏者を呼んだことがあったんです」
——マイルス・デイヴィスのバンドに入ったこともある人ですね。
「そうですそうです。彼と東京でライヴをやった時にうわーこれはリハーサルを録っておけばよかった。もしくは、本番を録音しておけばよかったと後悔してしまったので、森山さんとの共演の際はリハーサルを録音し、ライヴも映像を収録するというのを自分でマストにしていました。ライヴが終わり、収録して本当によかったなと思いました」
——スタジオに入ったのは、11月だったんですね。
「はい。AgehaでのTokyo Crossover/Jazz Festivalの本番前の2日間で、録音しました」
——そして、あけて1月にもスタジオに入ったんですね。
「それにもまたエピソードがありまして、ライヴの当日に僕は重要なことに気づきまして、アンコール曲を用意していなかったんです。それで、アンコールはどうするかとなり、今から森山さんに新たにもう1曲お願いするのもどうかなと思っていた時に、トランペットの類家心平がポロっと坂本九さんの<見上げてごらん夜の星を>の譜面を出してきたんです。森山さんと演奏しているので、たぶんこの曲は森山さんはOKですよと。それで即打診したら、好きな曲だからいいよとおっしゃっていただきました。森山さん、坂本さんのこの曲にすごい感銘なされ、自分のレパートリーにもされていたので、Agehaのアンコールでやりました。ところが、リハーサルではやっていないので録音していないじゃないですか。ライヴが終わったあとに、アルバムを出すと言っていたけど坂本九の曲も入っているんですかと言う声が多かったんですよ。それで、1月に改めて坂本九さんのカヴァーと僕が書いた新曲を録音することになったんです」
——では、リハをやりライヴし、その技量と人間性に改めて触れた後に「ファーザー・フォレスト」という曲を沖野さんが書いたわけですね。
「そうです」
——この曲は、森山さんへの賛歌ということがよく伝わります。
「ありがとうございます。森山さんとコラボするうえで、もちろんコンセプトはKyoto Jazz Sextetがご本人を呼んで彼の曲をカヴァーするとこういうふうになりますという提案ではあったんですけが、どうせコラボするなら森山さんと一緒に新曲を作りたいという気持ちが僕の中であったんです。それは僕なりの、DJとしての今の音楽のトレンドを意識しています。森山さんの過去の作品の中にある似た曲を作っても超えられないと思います。だったら、森山さんのアルバムに入っていなかったタイプの曲をということで、こういう曲になりました」
―ちょっと、森山さんの新しい顔も出せたらなと?
「僕の中ではフェラ・クティと森山威男が共演したらというのが元々のアイデアの発想の原点です。ただ、森山さんにアフロ・ビートを叩いてもらうのは失礼な話で、最終的にはスタジオで森山さんに好きに叩いてくださいとお願いしました」
——パッションに満ちてますし、どこかスピリチュアルかつエスニックな感じもしますし、森山さんの今の姿が出ていると感じました。
「ありがとうございます。Kyoto Jazz Sextetと森山威男さんが2022年に出す曲とはどういうものだろうっていうのはかなり考えました」
―最初は体調への心配もあったものの、リハをやったらばっちりだったんですね。
「そうなんです。ドラムのブースに入られて一音出た瞬間からもうすごい。アート・ブレイキーのドラムをナイアガラ瀑布と例えたりしますが、それに倣うなら、滝の瀑布、その爆音で爆風が吹いてくる感じだったんですよ。もう77歳かな、あの年齢でこの音はすごいなと。もう一音目からすごかったんです」
―森山さんも若いやつには負けてられないとか思い、ちゃんと整えていったのでしょうね。
「そうだと思います。本当にやったるでみたいな感じだったと思います。僕らも本気だったし、森山さんも本気で、そのぶつかり合いが録音にも、ライブのDVDにも収録されていると思います」
―レコーディングは、アナログ録音にこだわったんですよね。
「はい」
―それは、DJならではのこだわりですよね。
「そうですね。最終的にはアナログ盤でかけたいというのもありますし。でも、アナログ録音はデメリットもあるんです。やり直しがきかないとか」
―せーので演奏するとか、そんな感じだったんですか。
「そうですね。一応ドラムとベースはブースを分けて、ピアノ、サックス、トランペットは同じ部屋でしたけど、テイクのやり直しはありますけど曲の中の部分的なやり直しのない、せーのの一発勝負でした。その一回しかやれない緊張感がアナログ録音のメリットでもあります。音質的なクオリティの高さはもちろんのこと、やり直しできないからこそ一回に命かけるみたいな、その緊張感はアナログ録音にしかないものです」
―そして、森山さんはまたそういうのに合っていると思います。今まで、それが当然でやっているような気もしますし。
「そうですね。森山さんの真剣さっていうのも僕らに伝わってきましたね。今までKyoto Jazz Sextetってほんとファースト・テイクしか使ってこなかったんですが、今回はテイクがいくつかあるんです。それは森山さんが納得せず、これじゃだめだろおまえら、みたいな感じでした。これじゃ俺は納得しないみたいな。だから結構高齢で時間の制限はあったと思うんですけど、それこそ初日3時間ほど録音して森山さんへとへとだったんです。でも気に入るテイクが録れるまで絶対あきらめないみたいな、そのプロ魂がすごかったです」
―何か、すごい現場だったんでしょうね。
「ですね。だから基本的には温和で優しいんですけど、その録音したもののプレイ・バックの時だけはもう表情も険しく、メンバーがいいと思っても、いやこれじゃないと。森山さんの一言で全部ひっくり返ったりして、かなり痺れる現場でした。普通は僕がジャッジするじゃないですか。今回はご本人に納得していただきたかったんで、森山さんいかがですかと聞くシーンが多かったですね。なかなか森山さんのOKが出なかったので、ちょっと焦ったシーンもあります」
——仕上がりを見ると、今のいろんな音楽を享受できている観点のもと、もう一度ストロングでアコースティックなジャズを見つめ直し、今の音としてプレゼンテーションしていると感じます。森山さんならではの天下一品の存在感も出ていますし、もう言うことのない仕上がりではないかなと思います。
「ありがとうございます。僕はいろいろやってきて、日本のジャズの人とクラブ・シーンの接点にもなってきたと思いますし、今回の森山さんの曲も単純にカヴァーしたということではないと思うんです。やっぱりメンバーの平戸祐介、小泉P 克人、類家心平、栗原健、それぞれが別のプロジェクトで活動していて、今の音楽を体感していると思うんですよね。だから、そのエッセンスをこのレコーディングに持ち込んで、もちろん森山さんの能力は高いんですけど、その森山さんの潜在能力をさらに引き出すというトライでもあったと思います。この作品が持っている意味というのは、僕が関わっているという事以上に、このメンバーと森山さんが今何を表現するかっていう部分においてすごい重要な意味を持っているのではないかと思います」
——つきるところいいプロデューシング、いい企画をなされたな。と、そこに落ち着きます。
「ええ、ありがとうございます。いろんなことがいい方向に重なりましたね。ユニバーサルさんからもアルバムのリリースに快諾していただきました。結果、これがブルーノートから出るのがなんとも感慨深いです。森山威男さんをブルーノートから出すっていう、しかもこの2022年に、という。だからいろんな条件が重なって、プロデュース・ワークをお褒めいただくのはありがたいと同時にこのプロジェクトが形になって、自分としてはラッキーだったなっと思っています」
―海外リリースもあるんですよね。
「これはユニバーサル・グループから全世界配信になるので、世界中のファンの方に聴いていただけると思います。実は、すでに8月にイギリスのフェスに呼んでいただいたんです。ジャイルス・ピーターソンがやっているWe Out Here Fesivalからすぐオファーがきたんですが、残念なことに森山さんが長時間のフライトの移動が難しいということで実現しませんでした。本当はこのバンドで海外公演ができるといいなと思っていたんですけれども。できたら、アジア圏内ならどうかなというのはあります」
―イギリスの公演の話が出ましたが、ブルーノート東京公演とフジ・ロック・フェスティヴァルは森山さんとおやりになるんですね。
「はい、そうです。去年のAgehaからさらにこのアルバムのリリースを経て、ブルーノート東京、フジ・ロックとさらに進化していくと思います」
―フジ・ロックで非ジャズ・リスナーを相手に森山さんのドラムが炸裂する様を考えると、愉快でたまりません。
「たぶん、森山さんも相当テンション高い状態で臨んでもらえると思います。森山さんが一番フジ・ロックを楽しみにされていますから」
―今作には、『SUCCESSION』というアルバム・タイトルが付けられています。どういう意味合いを込めているのでしょうか。
「森山さんのスピリットを“継承”するという意味で、このタイトルにしました。森山さんが求めてきた、インプロヴィゼーション、反予定調和、サプライズみたいなものを、今作に収めることができたと思っています。このアルバムを発表するのを通して、若い世代にもこれが日本のジャズなんだよということを伝えられたらと思っています」
LIVE INFORMATION
KYOTO JAZZ SEXTET feat. 森山威男
~New Album "SUCCESSION" Release Live
〇5/26(木) 【会場】ブルーノート東京
www.bluenote.co.jp/jp/artists/kyoto-jazz-sextet/
FUJI ROCK FESTIVAL'22 出演
○7/30(土)【会場】新潟県 湯沢町 苗場スキー場
www.fujirockfestival.com/