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邦人作曲家シリーズvol.10:小杉武久(text:湯浅学)

邦人作曲家シリーズとは
タワーレコードが日本に上陸したのが、1979年。米国タワーレコードの一事業部として輸入盤を取り扱っていました。アメリカ本国には、「PULSE!」というフリーマガジンがあり、日本にも「bounce」がありました。日本のタワーレコードがクラシック商品を取り扱うことになり、生れたのが「musée」です。1996年のことです。すでに店頭には、現代音楽、実験音楽、エレクトロ、アンビエント、サウンドアートなどなどの作家の作品を集めて陳列するコーナーがありました。CDや本は、作家名順に並べられていましたが、必ず、誰かにとって??となる名前がありました。そこで「musée」の誌上に、作家を紹介して、あらゆる名前の秘密を解き明かせずとも、どのような音楽を作っているアーティストの作品、CDが並べられているのか、その手がかりとなる連載を始めました。それがきっかけで始まった「邦人作曲家シリーズ」です。いまではすっかりその制作スタイルや、制作の現場が変わったアーティストもいらっしゃいますが、あらためてこの日本における音楽制作のパースペクティブを再考するためにも、アーカイブを公開することに一定の意味があると考えました。ご理解、ご協力いただきましたすべてのアーティストに感謝いたします。
*1997年5月(musée vol.7)~2001年7月(musée vol.32)に掲載されたものを転載

万物流転の流れをキャッチするアーティスト

text:湯浅学
*musée 1999年1月20日(#17)掲載

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水や空気、あるいは人の世と自分との関わりにおける“流れ”は強く意識せずともふと感得できることがある。風や波、あるいは人との出会いや別れにおいて。そうでなくとも隙間風に揺れる香の煙のたゆたいや晩秋の枯葉の落下に気づくことや人づてに耳に入って来た噂話によって、この世には様々な“流れ”があり、その“流れ”がいくつもの創造物を生んでいるものだ、ときづかされることは少なくない。“流れ”をコミュニケーションと解することも可能であろうし、インスピレーションの源(のひとつ)ととらえることもできるだろう。音楽はそうしたこの世の種々の“流れ”の中における、演者から聴取者への一方通行の交流手段ではない。

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 小杉武久の活動、数々の作品は、音楽がこの世の“流れ”との親密な関係や気楽な交渉あるいは緊迫した接近によって生まれることをあからさまに伝えて来た。まるで小杉武久という存在が空気中の“流れ”に溶解してしまったように感じられることもあれば、自分自身の中の“流れ”と自らを取り巻く因果の“流れ”とが交戦しているような放電を見せるときもある。虚空に交差する空気中の粒子の流れを捕獲しそれを体内で飼育していると思えることさえある。その姿は厳格さと無邪気さが合体した類い希なものである。

 行為そのものが演奏となる作品、その行為のための指示を作曲と呼ぶべき作品、即興演奏の中で試みたアクションを総合的に記録した作品(音のアクションとヴィジュアルのアクションとを多面的に考察したイヴェント作品)を小杉は60年代初めから発表してきた。

 形となって完結してしまってた“作品”ではなく、演奏あるいは行動、動作という行為を発生させ(接触し)作用を及ぼした環境や状況におけるそれぞれ(行為者、参加者)の体験とその環境や状況との関係そのものも組み込んでひとつの“作品”とはつまり、小杉にとっては終了しない営みというべきかもしれない。

 シュールレアリズムへの興味とラジオ制作の喜びとが平行して高まっていった中学生時代、(いわゆる)現代音楽への関心も生まれていったという。1950年代前半のことである。音楽的な興味をとりわけ学究的に深めていったわけではない、と小杉はいう。

 97年にCD化された『グループ・音楽』は、小杉が東京芸術大学音楽部楽理科在学中に発足させた即興演奏のグループだ。グループ・音楽の即興演奏はジャズにおける即興のように楽曲という規定の中でそれぞれの技巧や諧謔精神を競い合うものではない。当時小杉はヨーロッパ的なコンポジション(図形化された楽譜ももちろん含めて)に関わる音楽そのものを否定していた。グループ・音楽について「オートマチックで完全に肉体を離れさせるような演奏で、エゴを越えようと考えていた。即興演奏というものに、ひとつの超越といった意味あいを求めていた」とかつて小杉は語っている。

 音楽を他の行為、たとえば歩きまわったりあくびをしたり、といった日常の行動と差別化せずに、人間という存在における営みのひとつとして並列化して位置付ける。このことは小杉武久の“作品”“演奏”に一環した志向である。そこではたとえばひとつの“小杉流”といえそうな響きや行動にも規定されまいとする厳格さが貫かれている。自らが強欲に音楽(あるいは“作品”)を作り出し、構築してゆこうという姿勢など小杉武久にはまったくみられない。あくまでも音を発する上で、発した音に責任を保つ“作品”と自己とその環境との関係(“流れ”)に厳密であろうとする。“作品”の中にいる小杉武久は誰をも呼舞しないかわりに、その“作品”に接している人と物すべてと交感しようとしている。聴取し凝視している人だけではない。たまたま通りがかった人やうたた寝してしまった人に対してもそれは同様である。

 世界中の多くの人々がCD化を求めている小杉のアルバム『キャッチ・ウエーヴ』は、天井から紐でつるされた発信機が扇風機からの風に揺れて生まれる、受信機との距離や方向の変化で創り出される音と小杉の声やヴァイオリンのとの相互のフィードバックの記録である。空間の“波”ととらえられること、つまり“流れ”と交互する試みと言いかえられる。小杉にとっては発信機を揺らす風は、エレクトロニクス技術や楽器との『キャッチ・ウェーヴ』を再現しても同様のサウンドが常に得られるわけではない。

「最近の扇風機は違うんですかね?いい風がでないんですよ」と先日小杉は語っていた。

 98年10〜11月に行われたマース・カニングハム舞踊団公演の「シナリオ」では小杉作品《WAVE CODE A-Z》が演奏された。これは“耳には聴こえない非常に低い周波数の電子的な波を音に作用させ、音の波動を作り出す。このゆっくりとした電子の波にAからZまでのアルファベットで始まる26の単語の意味(指示)に基づいた、声、ヴァイオリン、発振器の演奏を組み入れると、変調され、空間に刻々と変化する音のスペクトルを生み出す”(公演パンフレットに掲載の小杉自身による解説)。このときの小杉の“演奏”に驚かされたという人は多い。それは“小杉武久という存在”を始めて目の当たりにした者たちだけではない。“小杉武久の作品”あるいはタージ・マハル旅行団の演奏に聴き親しんでいた者たちの中にも、今改めて“小杉”と向き合うことの必要性を感じとっている者が少なくないのだ。

 それは音楽の流行の様相が(世界的に)変化してきたからではない。現在巷に流されたり市場で取り引きされている多くの音楽に欠落感や喪失感を感じることが少なくないから、という者もいるだろう。しかしそれはおそらく我々が、小杉武久の“作品”に貫かれた人間の精神(感覚と言い換えてもよい)回路に対する開かれた姿勢に対して、“本能的に”安堵と高揚を覚えてしまうからなのだ。どこの“体系”にも属さない小杉武久という“存在”の“流れ”を我々はあまりにもとらえなさすぎたのだ。紆余曲折はあったが、小杉武久は演奏し続けていた。つまり“作品”を作り続けて来た。小杉自身が、自分の“作品”の音盤化に関心を抱くことがほとんどなかったせいもあろう。記録や複製化が難しい“作品”も少なくなだろう。小杉武久はともすればふわふわと空間の“流れ”に漂ってしまうような趣きさえ持っている。音を“流れ”の中から釣り上げる名人だからだろうか。「昔からゆったりとして、ダルいやつが好きなんですよ」と言って小杉武久は笑った。たとえば、シャンソン、タンゴ、ジャズ、インド音楽、能が小杉の中には入ってもいる。「音楽は空気の振動だから、瞬間瞬間に消えていく。そうした定義できないものだからこそ、いいのだ」とも小杉は語っていた。だからこそ我々は小杉武久を“発見”しなければならないし、“キャッチ”しなければならない。受信した、と思った次の瞬間には小杉武久はそこにはいないかもしれないが。


■プロフィール
1938年東京生まれ。東京芸術大学楽理科卒。芸大時代にマルチ・インストゥルメンタルによる即興演奏を始める。60年日本で最初に集団即興演奏を行う「グループ・音楽」を共同結成。


CD

ヴァイオリン・ソロ 1980 N.Y.C.
 [P-VINE PCD-5765]
AUGUST 1974
タージ・マハル旅行団 
 [P-VINE PCD-1463/4] 2CD
VIOLIN IMPLOVISATION
 [LOVELY MUSIC LCD-2071(廃盤)]
ミュージック・オブ・グループ・音楽
 [HEAR 002]

●JOHN CAGE, VOL.4/MUSIC FOR MERCE CUNNINGHAM [MODE 24]
●ANGEL HAVE PASSED 
吉沢元治/小杉武久/三宅榛名 [PSF PSFD-22]

参加作品 
●DAVID BEHRMAN/LEAPDAY NIGHT[LOVELY MUSIC CD-1042] 
●DAVID TUDOR/THREE WORKS FOR LIVE ELECTRONICS [LOVELY MUSIC CD-1601] 
●DAVID TUDOR/RAINFOREST [MODE 64] 
●あがた森魚/バンドネオンの豹 [日本コロムビア COCA-11108] 
●鉄腕アトム 音の世界 [ワーナーミュージック・ジャパン WCC-6-8493]

VHS

TAKEHISA KOSUGI PERFORMANCE
ASHIYA CITY MUSEUM OF ART & HISTORY
[HEAR sound art library/芦屋市立美術博物館]

BOOK

音楽のピクニック
小杉武久
風の薔薇/白馬書房

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