【チャールス・ロイドINTERVIEW】ジャズの巨人、魔法の絨毯に乗る。ペダル・スティール付きバンドの新作を語る。
4/20発刊号intoxicateにてチャールス・ロイドに取材させていただきました。本誌には収まらなかったロングヴァージョンのインタヴュー記事をnote限定公開します!
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Photo by Dorothy Darr
ジャズの巨人、魔法の絨毯に乗る。ペダル・スティール付きバンドの新作を語る。
interview&text:佐藤英輔
今もっともジャズをジャズたらしめる広がりと威厳を出しているテナー・サックス/フルート奏者がチャールス・ロイドだ。そんな彼の新作『トーン・ポエム』は、過去に2作品を出しているザ・マーヴェルスによるもの。そのザ・マーヴェルスは、ギター奏者とペダル・スティール奏者を擁するピアノレスの編成を取り、いくつかあるロイドのプロジェクトの中でくつろいだ広がりを持ち、何気にメロディアスな手触りを持つのが要点だ。ロイドは現在82歳だが本当にお元気、この2月24日(日本時間8時半)にズームで西海岸サンタバーバラの自宅から質問に答えてくれた。
——サンフランシスコのザ・シティ・ライツ書店/出版社の創設者であるローレンス・ファーリンゲティ(1919〜2021年。ビート詩人を送り出し、今につながるシスコの自由闊達な気風の礎を築いた)が22日に亡くなりましたが、早速フェイスブックで触れていましたね(投稿されたのは、取材の1時間前だった)。
「偉大な人で、近い付き合いを持っていた。いい友人だったんだ」
——ビート詩人に共感を持つところはありました?
「うん。昔から僕は音楽、詩、アート、建築物、といったものが大好きなドリーマーだったんだ。宇宙飛行士と考古学者が一緒になったとも言えるかな」
——早速、新作についてお尋ねします。今作は改めてザ・マーヴェルスによるものになりました。いつ頃、録ったものなんでしょう?
「いい質問だけど、今僕は時間のない世界に生きている。たぶん、コロナ禍に入る前だったと思うけど……。いわゆる月の移り変わりのカレンダーのなかで、僕は生きていない」
——ザ・マーヴェルスは、ギターとスティール・ギター奏者を採用し、ピアニストのいない編成をとっています。新作を聞いて、それは絶妙な編成であると再確認しました。
「ありがとう。実はメンフィスに住んでいた子供時代に、白人の友達がペダル・スティールを弾いていたんだ。すごく彼とは仲良しだったが、お互いにメンフィスを離れ音信不通になってしまった。でも、かつては2人でいつも演奏していたんだ、人前ではやらなかったけどね。その頃は黒人と白人が一緒に演奏してはならなかったから。そうした経験から、僕はペダル・スティールにポジティヴな思いを持っている。そして、その話をビル・フリゼールが知っていて、あるときペダル・スティールを弾く友人のグレッグ・レイズを連れてきていいかなと訊いてきたんだ。それで一緒にやったら、子供のころの楽しい思い出が蘇ってきてしまい、その夜は奇跡のようにも思えた。だから、彼が入ったバンドは、ザ・マーヴェルス(マーヴェル=驚くべきこと)という名前にしたんだ」
——そうだったんですか。グレッグ・レイズって、カントリーやポップ/ロック・のセッションにはよく入っているんですが、ぼくはジャズのレコーディングに入っているブツを知りません。でも、ザ・マーヴェルスにおける彼は他のメンバーたちとすごいスポンテイニアスな会話をしていて、いい奏者を見つけたなと思っていました。
「素晴らしいミュージシャンだよね。彼は自分の意思でここにいたいと選んで、参加してくれた。ロックンロール・スターたちとやるのもいいけど、今はチャールス・ロイドとやる必要があるとね」
——カントリーとつながった楽器を奏でる彼が入ることで、アメリカのもう一つの風景を浮かび上がらせるようなところもあります。人によっては、アメリカーナという人がいるかとも思いますが。
「それについては、よく分からないな。僕は音楽を愛し、音楽を演奏しているだけ。僕の音楽は決して一つの岸辺でダンスをしているものではなく、いろんな岸辺でダンスしているものなんだ。狭い一つの所ではなく、もっと広い、ユニヴァーサルな道に僕は立っている。だからグレッグとビルが一緒になっていろんなものを持ち込めるし、それをリズム隊がしっかりと支えてくれる。すごく余裕というか、スペースがあるんだ。ある種、自分にとってみれば“魔法の絨毯”に乗って演奏できるような、そんな気分になれる」
——ザ・マーヴェルスの過去の2作品はヴォーカル・ナンバーが入っていましたが、今作はすべてインストゥメンタルです。今回は、歌のゲストを入れずに演奏1本で行くんだと意図したのでしょうか。
「ぼくたちもまた素晴らしいシンガーなんだよ。楽器を持って歌わせれば、ね。基本的に僕はシンガーが大好きだからシンガーを入れてやるのも好きだけど、今作に関して言えば、自分たちというシンガーで十分だった。どの楽曲も人間性を謳歌する曲であり、とくにこのコロナの時期にハートとスピリットを癒してくれる音楽が作れたと思う。その達成感で、今は感謝だね」
——ザ・マーヴェルスだと、あなたがフルートを弾く比重が少し増えるような気がしますが、どうでしょう?
「フルートも大好きだから、全部フルートでも構わなかった。そうかあ、それは指摘されるまで考えたことはなかったな。音楽はすべて自分にとって子供のようなものなので、素直に世にそれらを送り出していくだけだからね。今思い出したんだが、このアルバムは確かにコロナ前に録音したものだね。でも、いつ録ったかというのは関係がない。僕はサックスも好きだし、フルートも大好き。なぜフルートが好きかというと、今自分が暮らしている環境が自然の中にあり、動物や蛙や魚とコミュニケイトしながら生きているような感じなんだ。だから、こういう音楽が出来上がり、フルートが似合う音楽になっているんじゃないかな。君は僕のおばあちゃんがネイティヴ・アメリカンであるのは知っているよね。そして、さらにはその親たちの歴史を僕は紐解いているんだ。そういうこともしながら今回作った音楽というのは言葉はないけれど、より深いレヴェルでの宇宙との会話というか、精神との会話という感じのものだ。やっぱり僕は10代ではなくこの年なので、残された人生の重みに値する、語りかけるような音楽を作りたかった」
——それで、今作は冒頭2曲、オーネット・コールマンの曲を取り上げています。それがうれしかったです。
「ああ、彼も良き友人だった」
——あなたは、フェイスブックに所縁ある人や好きな人の死を悼んだり、興味深い思い出を情豊かな形容とともに投稿しています。そこからも、あなたはいろんな人とのつながりや友情や共感をとても大切にしているのが分かります。しかし、それだけに終わらず、それらを素にもう一つ新しい世界なり、宇宙なりを作っているのが素晴らしいです。
「ドウモアリガトウ」
——そうしたあなたの投稿をまとめた本を出して欲しいと思います。音楽がつけば、またなおよし、です。
「本にするというのはともかく、僕は書き留めていきたい。さっきオーネットの名前が出たけど、セロニアス・モンク(ザ・マーヴェルスの前作と今作で、やはり彼の曲を取り上げている)もそうだし、僕が感動を受ける人たちというのは、優れた考える人たちなんだ。そして、彼らは世界を変えた。僕も若い時分に世界を変えたくて、ニューヨークで一生懸命頑張ったけど(そのころ、1960年代下半期のバンドにはキース・ジャレットやジャック・ディジョネットがいた。その後、2人はマイルス・バンドに入ったりもした)、残念ながら世界を変えることができなかった。世界を変えられないのなら、自分を変えようと思ったんだ。自分を変えることで、世界を変えることができる自分になれるかもしれないとね。(ザ・ビーチ・ボーイズらロック・ミュージシャンたちと密に付き合った1970年代の放蕩の時期をすぎ、1980年代に純ジャズ界に)戻ってきたときには、力強い自分になれたんだという気持ちを持っている」
——(1960年代初頭に、ロイドがエリック・ドルフィーの後釜として入った)チコ・ハミルトンのバンドで一緒だったガボール・ザボ(初期のロイドのリーダー作にも入ったハンガリー出身のギタリスト)の曲も今回取り上げていますね。
「ガボール・ザボも僕も、若きドリーマーだったな。僕は一つになるということを信じているから、人間はお互いに思いやる気持ちというのが大事だと思うし、何かと何かをそれぞれのものとして分けたくないんだ。だから、もし今作を聞いて君がここに美しいものを見つけたり、何か心に響くものを見つけてくれたのなら、僕はすごくありがたいと思う。僕は自分の前に現れた素晴らしい人たちを崇め、彼らに僕は奉仕しているという気持ちを持っている。アーティストや詩人たちというのは、そういうようにして光が当てられてきたわけだよね。レナード・コーエンの曲(やはり今作で取り上げた《アンセム》)の歌詞の中で、<すべてのものには、裂け目がある。だから、光が差し込んむ>という歌詞があるんだけど、その通りだと思う」
——今作は、『トーン・ポエム』というタイトルがつけられています。もともとあなたは、サウンド・エンジニアのジョー・ハーリーに“トーン・ポエット”と名付けたんですよね(ハーリーは20年前のECM期からロイドのレコーディングに関わり、近年ブルーノートはハーリー関与の過去名作の新マスタリングの特別ヴァイナル・シリーズを<トーン・ポエット>と名付けて、それは大きな評価を得ている)。今作は、そのシリーズに入る作品とも伝え聞きました。『トーン・ポエム』はアナログのリリースも意識したものだったのでしょうか。
「トーン・ポエットとつけたのは僕だね。ジョー・ハーリーは人格がとてもピュアな、本当にいい友人。長年、僕に音について教えてくれた先生なんだ。自宅にあるすばらしいケーブルとかマイクとかいろいろなものも、彼のおかげで揃っている。僕はピュアな音楽を聴きたいという欲求があるから、そのために彼が持ってきてくれたんだ。今回『トーン・ポエム』というアルバムを作ったので、レーベルのほうから、<トーン・ポエット>シリーズに入れてもいいかなと打診されたので、もちろんと答えた。レコーディング中というのは普通の人間ではなくなるもので、どうしても音楽と自分の間にあるいろんなものを取り除きたくなる。それって、ダイレクトな会話をしたいという気持ちの表れだね。そして、その気持ちを彼は尊重してくれる。ジョー・ハーリーが関与するのはエレクトロニックな部分での作業となるわけだが、それはそれで人間的なものになるように気遣ってくれるんだ。今も同じだよね。僕たちは今こういう形で話をしているわけで、エレクトロニックな手段を介してはいるんだけど、すごくアナログに近い、お互いの根本にある気持ちが伝え合えることができているわけだからね。アナログってのは、そういう部分の素晴らしさがある。主が何をするときもあなたを助けると言ってくれたように、また母親が子供にあなたを永遠に守るわよと言っているのと同じように、“守ってくれる”という感覚がアナログなるものではないかな」
——あなたのホームページを見たら、この秋の欧州ツアーの予定が載せられていますが。
「サイトを作っているのは、妻のドロシーなんだ(彼女は、アルバムのジャケット・カヴァーの写真を撮り、共同プロデューサーとしてもクレジットされ続けている)。彼女は素晴らしい存在だ。夏の予定はキャンセルになってしまい、秋もどうなるかはわからない。僕としては日々1日ずつ生きていくだけ。そして、音楽に奉仕したい」
『トーン・ポエム』
チャールス・ロイド(t-sax)
[Blue Note Records/ユニバーサルミュージック UCCQ-1133(CD)]
[Blue Note Records 3526343(輸入盤LP)]
【掲載号】
2021.4.20号
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