ミニマリストに憧れて
ずっと読んでみたいなと思っていた本。
佐々木典士さんの「僕たちにもうモノは必要ない」を読んだ。
かつてたくさんのモノを持っていた時の佐々木さんは自分のことを
「ぼくは、ぐるぐるしている重いパソコンだった」と書かれていた。
それ私や と思った。
我が家はそんなに物が多いほどではないだろうと夫は言うのだけど、私の頭はぐるぐるしている。
自分たちの物だけでもそれなりにあるところに子供二人分が次々と増えてきた。子供の成長は早くてこないだまで必須だった物が今はもう不要な物になったりする。(成長はうれしいけど少し寂しい)
そしてもう一つ。母になる前、妊娠中、産後、子供が小さい時とたゆまなく続く日々の中で、女性というのは大きな変化とともにあるけど、自分と対話する時間はとても少なく、気づけば体形も雰囲気も変わって去年は似合ってると思っていた服が似合わないそしてなんかキツイ。
それで着れる服、なんとなくこれでいいかなと思う物がそろっていた。「ステキじゃない自分」に慣れて、いつのまにか自分の好きじゃない物が私のクローゼットにずらり。
変化が早くそして大きすぎるのだ。
加えてステキなママが多くおられたりすると、私もステキでありたいという願望が出てくる。はたまたこれは、ステキに見られたいという欲求なのか。
自分軸がぐらつく中自己肯定感が低いままの子育て。ふいに現れる自己否定、自己嫌悪 自信のない親の子育ては綱渡りもいいところだ。夕方に壊れだす私の感情。怒らなくてもいい事で怒ってしまったり、止められない小言。明日はもう少しマシな私でいたいと思いながら、長男と手をつなぎ長女を脇に抱えて眠りにつく。
「ああ、なんとか心身ともに身軽になりたい」
本の中にはこう書かれていた。
「ミニマリストとは、本当に必要なモノが分かっている人。大切なもののためにモノを減らす人。」
「モノを少なくするのは「目的」ではない。それぞれが違う大事なものをみつけるための「手段」
私も今の自分にとっての大事なものをもっと知りたい、そして大事にしたいと思った。家族が一番それはわかっている事、でもそれがなぜか思うようにできていない。自分の中の自分を大事にできてなくて満たされてないから人や環境に求めてばかりなんじゃないかなと思う。
手放し候補がいつくかある。
①20代の時に私にとってはとんでもない高額だったダウンジャケット。
②丈が足りなくてもう着てないパンツ。
③足にに合わない靴。
④もう使わないであろうベビーカー。
⑤もう何年も着てないし着ないであろうスーツ。
どれもかつて私を支えてくれた相棒のような存在だったからずっとしまっていたけど、重い腰をあげてそれぞれにまずは次の行き先を探したいと思う。
「ぐるぐるしてるパソコン」から脱したい!
読んでくださりありがとうございました。