日本舞踊家/歌手・悠奈さん(前編)「踏み出した先に道は続いて」公募インタビュー#25
(悠奈さん 2020年10月下旬)
花柳流の日本舞踊家として活躍中の悠奈さん(以下、ユ)。音楽家としての顔もお持ちですが、このインタビューでは日本舞踊のことを中心にお話を伺いました。
前編は、悠奈さんが日本舞踊を始めたきっかけから、プロを目指した背景など。
悠奈(ゆうな)@sukeyuunaさんプロフィール(歌手活動のオフィシャルサイトから引用)
ー悠奈 yuunaー
歌手/日本舞踊家
2012年より日本舞踊家・花柳輔悠奈(はなやぎ すけゆうな)として活動中。
2018年12月には「悠奈」として音楽活動を始動。
GRAPES KITASANDO、銀座Miiya Cafe、羽田空港内LDH Kitchen等、都内を中心に本格的なライブ活動を行う。
日本舞踊家としては、メジャーアーティストのMVや国立劇場への出演の他、大学で非常勤講師を務めるなど古典文化の発信に尽力している。
2020年7月「にっぽんの芸能」にて放映された、NHK×松本幸四郎プロジェクト「夢追う子ーハレの日への道しるべ」では躍動感のある踊りを披露した。
2021年6月公演予定同プロジェクトにも出演予定。
楽曲提供・ライブやイベントの出演・所作指導・その他お仕事の依頼は
→yuuna310staff@gmail.comまで
※流派について
日本舞踊には新舞踊と古典舞踊とがあり、花柳(はなやぎ)流は古典舞踊の五大流派の一つであり最大流派とも言われる。嘉永2年(1849年)に創立され、家元は代々世襲制度によって受け継がれている。特徴としては、踊りの間(ま)と振りが明確で、振り数・手数が多いと言われている。
きっかけは好奇心
──日本舞踊を始めたきっかけを教えてください。
ユ 私が大学2年生の時に、後に私が教えていただくことになるお師匠さんが、日本舞踊についての1回限りの講義をされに講師として大学にいらっしゃって、その講義を聴講したんです。
その講義では、ケツメイシさんの「さくら」だったと思うのですが、J-POPの曲に振り付けをして踊ってくださったり、日本舞踊の歴史を聞かせてくださったりしました。その時、お師匠さんはちょうどお稽古場を開いて弟子を募集し始めた時で、もし興味がある人がいたら一度体験に来ませんかとアナウンスをしてくださって。
その時はそこまでピンとは来なかったのですが、でも日本舞踊って家族も友人も周りの誰もやっていなくて全然知らない世界で、敷居も高いイメージがあり、今行ってみなかったらきっと一生関わらないなと思いましたし、もともと好奇心旺盛なたちでしたから「行ってみようかな」と思い、体験レッスンに伺ったんです。
※以下、「お師匠さん」のことを「先生」とも称しているところがあります。どちらも同じ方(悠奈さんの日本舞踊の指導者)を指します。
──お一人で?
ユ はい、一人です。基本的に日舞は1対1の個人稽古が基本なんです。
お教室によっても違うのですが、お師匠さんのお稽古場では会社勤めの方や学生の方などにも配慮して、本番直前以外のお稽古は浴衣(ゆかた)で行うことが多いです。それなら出勤前や、学校が終わった後にお稽古に来やすいですから。お着物だと、男性はともかく、女性の場合持ち物が多く支度にも時間がかかってしまうので。もちろんご希望の方はお着物でいらっしゃっても大丈夫なんです。本来はお着物でお稽古するものですから。
私は、それまでお着物は七五三と成人式に着たくらいで浴衣も全然着たことがなく、もちろん着付けなども一切できなかったのですが、体験レッスンでは浴衣の着付けから教えてくださって。
そして、お辞儀の仕方とか歩き方とか、本当に基本的なところから指導してくださいました。分かりやすかったです。
例えば歩き方。女形(おんながた)の歩き方は、内股で摺り足で歩いて、前に1歩出した足と同じ方の胸がスッと落ちるんです。はす向き45度のうなじの角度が色っぽいっていう歩き方なんですね。
それを指導していただいた時、お師匠さんがすごくほめてくださったんですよ。「そう、その角度!かわいい!」って。それで調子に乗ってしまいました。「入門しようかなっ♪」って(笑)。そこがターニングポイントでしたね。
人生って本当に不思議です。大人になってから未経験で飛び込んだ世界で、まさかプロになっているなんてあの時は想像もしていませんでした。
──楽しかったですか?
ユ はい、最初の先生の印象がとても良く、体験レッスンはすごく楽しかったです。
プロを目指す
ユ 最初は本当に趣味で習っていたので先生も厳しくなくて、優しく優しく教えてくださって。
習い始めてしばらくして、私のお師匠さんのまた上のお師匠さん主催の発表会があるということで、そこに出てみないかと言っていただきました。発表会と言っても、国立劇場という大舞台で行われる一日がかりの大きな会です。せっかく習っているなら出たいと思いはりきって「出演させてください!」と言いましたら、さすがの国立劇場、いろいろかかる費用も思っていたより大きくてびっくりしました。
ですが、アルバイトに精を出して頑張ってお金を貯めて出てみたら、非常に楽しかったんです。あれは大きな舞台を経験したことがないと分からない感覚かもしれません。私にとっては特別な経験でした。そこで「プロを目指してみる?」とお師匠さんからお話がありまして。嬉しかったですね。「目指してみたいです」と言ってから、お稽古がぐっと厳しくなりました。
──プロになろうと思われたのはなぜでしょうか?
ユ そうですね。あの時の心境は、今中途半端にやめてしまったら、今までの時間も努力もお金もすべて水の泡になる、それはとてももったいないことだな、と。率直に言葉にすればそういう気持ちだったのだと思います。
ピアノでもバイオリンでも、バレエでもベリーダンスでも何でも、習い事にはお月謝がかかってくるじゃないですか。その時点で、毎月お月謝を数年に渡って納めて、国立劇場の発表会にも一度出させていただいて、名取試験(※後述)も受けていて、20代前半のほぼすべての時間を日本舞踊と向き合って過ごしてきました。文字通り、家と大学とお稽古場とアルバイト先の往復の日々です。
アルバイト中も休憩時間に屋上に行って振りを確認したり、睡眠を削って自主稽古したり、使える時間は日舞に費やしてきました。経験値ゼロの私が、幼少期から習っている方がほとんどの古典芸能の世界でやっていくにはそうするしかなかったから。大変だったしつらいことももちろんありましたが、だけど本当に好きなことをやっている時ってその苦労さえ喜びというか、やりがいに変わったりします。だから総じて楽しかったです。
ちなみに、大学は平均の2倍の履修単位を取得して、けっこう優秀な成績で卒業しました(笑)。中学、高校の国語の教員免許の資格もとりました。
また、アルバイトが私の生命線だったので、学校が長期休みに入る時はしっかりバイトを入れて、基本的にはずっと働いていました。そういう感じだったので、今後続けるにしてもただの趣味で習い続けるだけだったら本当にもったいないことだな、と。続けるならプロになるしかないし、続けないんだったら早い時点でやめた方がいいと考えていました。
うちは母子家庭で、妹と二人姉妹です。母にはお金のことでできるだけ苦労をかけたくないという思いが幼い頃から強く、大学の授業料は無利子の奨学金を借りながらアルバイトで工面していたし、日本舞踊のお月謝も自分で納めていたので、こう見えてお金に対してはけっこうシビアな感覚も持ち合わせています。でもケチじゃないですよ(笑)!
花柳流は、資格を取るための試験が2つあります。1つは名取試験という、私で言う「花柳 輔悠奈」の芸名をいただく試験、もう1つが師範試験というプロになるための試験です。私は日本舞踊を始めて3〜4年くらいして名取試験、その2年後に師範試験を受けて、どちらも一度で合格しました。2つの試験に合格しないとプロとしてのスタート地点に立てないんです。1つのお試験を開催するにもたくさんの先生方や人の手が加わりますから、やはり相応の費用がかかります。その時は名取になれた後だったし、やはりここまできたらプロになりたいと思って。
ちなみに、名取と師範では踊りの技術が全く違います。どうせやるならプロになって踊りで身を立てたい。今振り返れば、あの頃の私を支えていたのはハングリー精神だったのだと思います。
──プロを目指すことになった頃は、お仕事はされていた?
ユ 大学卒業後、ファッションブランドの会社で正社員として働いていたのですが、繁忙期は特に残業も多くて、お稽古を当日キャンセルしてしまう日々が続いたこともありました。先生からは、今のままだと中途半端でプロになんてなれないよ、と厳しいけれど心のこもったアドバイスをいただいたりして。すごく悩んでいました。疲れて自主稽古もままならないし。
そこでプロになるのか諦めるのか考えた末に、人生一度きりだし、やっぱり私は「プロになりたい」と思い、その会社を退職しました。そこからは、企業の受付のアルバイトをやったりイベントのMCのお仕事など、声の仕事を中心にしながらお稽古に精を出す日々が続きます。
※「プロになる」 今回は師範として日本舞踊の指導をすることの他にも、舞台で踊りを披露する、振り付けをするなど、日本舞踊に関する仕事をするという意味も含めて「プロ」という言葉を使用しています。
師範試験は表現力
──試験はどういったものなんですか?
ユ 名取試験と師範試験、どちらも男形と女形を各1曲ずつ、決まった演目を計2曲踊ります。以前は筆記試験もあったそうですが、現在は実技試験のみです。お家元や審査員の先生方が見てくださいます。
名取試験と師範試験ではそれぞれ違う課題曲があって、課題曲の難易度が異なります。
──名取試験の曲よりも師範試験の曲の方が難しいというのは実感としてあるんですか?
ユ そうですね…シンプルな曲でも何でも、どんどん掘り下げていけばいくらでも掘り下げられるので、そういう意味ではどの曲も難しい、奥が深いと思うんですけど、でもやっぱり師範試験の曲の方が、より表現力が必要だなと感じました。
師範試験の女形の課題曲が「京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)」という、歌舞伎で有名な演目なんですけど、しっかりとした物語が根底にある舞踊なんです。それを演じ切らないといけない。ただ踊るんじゃなくて、役の性根(しょうね)をつかんで、自分なりに役作りをした上で演じる。
だけどお芝居ではないからちゃんと踊りで、つまり身体で表現しなければいけません。つい表情にも出てしまうのですが、前提として顔でやろうとしないで身体表現で見せるのです。正直、とても難しい。けれども、その根底に流れる物語が素晴らしくて、大好きな演目の1つでもあります。
いつか、少しでも先生や先輩方のように踊りたい、近づいていきたい。また、自分の生徒さんの中で今後プロを目指す方が出てきたら、今度は私が課題曲を指導しなければなりません。試験は生徒さんの審査であるとともに、指導している先生の力量も含めて見られているのだとプロになってから気づかされました。気を引き締めて自主稽古に励む日々です。
聞き取り:インタビュアー田中
・・・中編へ続く・・・
(次回は修行についてのお話です。お楽しみに!)
※画像はすべてご本人の許可を得て掲載しております。
※今回はご本人のご意向を確認の上お名前を記載しています。(普段は匿名のインタビューを基本としています。)
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