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【中国語講座】“很”の役割

先日、とある向上心あふれる学生から質問のメールが届きました。

最近は学生が先生にメールを送ってくるのですね。僕が大学生だった時はメールを使える人なんてほぼいなかった(携帯電話を持つ人も少なく、パソコンはまだまだ、ワープロを使う人も、まだ少数派だったかな?)ことを考えると隔世の感ありですね(苦笑)。

送って来るメールの内容はたいていは「〇×な理由で授業を休みます。」とか、まぁ事務的なものが多いのですが、ごくまれに(笑)授業の内容等についての質問メールも届きます。

先日届いた質問メールは、こういうものでした。

「“我还是觉得发音更难。”の“更”と“难”の間に“很”が入らなくていいのはなぜですか?」

この質問は、テキストに「漢字を書くのと発音をするのとでは、どちらの方が難しいと感じていますか?」という問いかけに“还是hái shi”を使って答える問題があり、それに関する質問でした。

模範解答例として僕が“我还是觉得发音更难。”と言ったのですが、これに対して質問してきてくれたのです。

さて、皆さんならこの疑問にどう答えますか?

後で分かったのですが、この学生は“很”を英語のbe動詞のような存在だと思っていたそうです。彼女は大学2年生なのですが、1年生の時になんとなく勘違いしてしまっていたようですね。

そう、確かに中国語の形容詞述語文について習う時、主語と形容詞の間に“很”が入っていることが多いですね。例えば:

我 很 忙。
Wŏ hěn máng.
私は 忙しいです。

日本語訳に“很”に当たる言葉が出ていませんね。この“很”っていったい何なのだろうと考えた時、英語だと「I am busy.」になるので、この“很”はbe動詞のようなものだと誤解してしまっても仕方がないかもしれません。

しかし現実は違うのですね。文法的には“很”など無くても文は成立します。ただ、形容詞が述語になった時、そのままだと何かと比較しているニュアンスが出てしまいます。例えば

我 忙。
Wŏ máng.
私(のほう)が忙しいです。

例えば「あなたの方が忙しいですか?それとも彼の方が忙しいですか?」と問われ、「私の方が忙しいです。」と答える時に“我忙。”という言い方が出てきます。もしここで“我很忙。”と答えてしまうと、質問した人は「は?」と思ってしまうことでしょう。日本語で言うと「あなたと彼とどちらの方が忙しいですか?」と尋ねられて「ええ私忙しいですよ。」と答えているような、そんな違和感になるかと思います。

そう、この“很”って、比較のニュアンスを消す働きがあるのですね。

“很”に限らず、程度の副詞と言われている副詞を形容詞の前に置くと、比較のニュアンスが消えます。

程度の副詞とは、例えば“非常fēicháng(非常に)”“真zhēn(本当に)”“比较bĭjiào(わりと)”などです。こういうものは何かと比較して「こちらのほうが…」というのではなく、とにかく話者が思うに「非常に(忙しい)」「本当に(大きい)」「わりと(高い)」ということになるので、これらを形容詞につけると何かと比べている感じが消えるのです。

では、「非常に」とか「わりと」のようなニュアンスは含めず、単に「忙しい」「大きい」のようにだけ言いたい場合はどうするか、というと、程度の副詞の中で最も意味の薄い“很”を使うことになるのです。

“很”は、強く発音すると「とても」という感じの意味が出てきますが、軽く発音する限りは特に意味がありません。でも、これを付けると比較のニュアンスを消してくれるのです。

これは使わない手はないですね!

逆に、何かと比較している場合に“很”を付けることは許されません。先ほどの「あなたの方が忙しいですか?それとも彼の方が忙しいですか?」に対して“我很忙。”と答えてはいけないのは、そういう理由です。また、「AはBより~だ」という、いわゆる「比較文」もそうですね。

我比他高。
Wŏ bĭ tā gāo.
私は彼より(背が)高いです。

この文で“我比他很高。”と言うことは絶対にできません。

“很”の役割について何となくあやふやだった人は、ご参考になさってください。

通訳・翻訳家 伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
「文法から学べる中国語」等、著書多数

2021年5月までの記事は弊社の「翻訳コラム」でお読みいただけます。