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Tool - The Patient 楽曲構造分析(全体公開版)


 
〔西暦2024年2月10日収録〕 


◎マクラ [00:00:05]

 radioGA 5回目です。トゥールの楽曲『The Patient』の分析をやります。
 前回、私の新しくできた2曲ぶんのデモを分析しながら、転調とか凝ったコード進行とかそういったコーダルな要素ではなく、例えばF#マイナーから始めて途中でドリアンの長6度を入れて、その後E♭とB♭のハーモニックマイナーを同時進行させたりする方法を事後的に分析しながら紹介しましたね。で、そのときに強調したのが、私がいま Parvāne っていうプロジェクトで進めてるのは、もはやコーダルな話ではなくて、日本人がすごく好きなコード進行とか部分転調の話とかではなく、その時によって或る中心音を設定しながら、所々で6度とか7度とかの音をズラしつつ、いろんな音に移りゆく。それがもはや調性音楽のドミナントモーションを使用した、非常に劇的な、ワーグナーのオペラみたいなストーリー性のある音楽ではなく、単にリズムと音列両方の価値を交換することによって、コード進行がどうだとかの要素とは別のドラマティックな音が生まれ得るっていう……前回の2時間ぐらい話した内容をかいつまんで言ってますので、とりあえずまぁ伝わってるかどうかわかんないですが、そういう話をしました。

 その流れで、分析対象を私の新曲のデモから、私の中学生の頃から聴いてる……尊敬しているどころではないバンドということになるでしょう、トゥールの楽曲『The Patient』を分析します。これも前の分析の件に絡めて、#を増やしたり減らしたりすることによっていろんな場面に移り行っている楽曲なんですね、この『The Patient』って曲も。コード進行だとか転調とかではないわけです。もしかすると転調に絡めてこの楽曲を分析したがる方いらっしゃるかもしれませんが、私はこの曲は絶対に違うことをやってると思います。ドミナントモーションではなく、音の選び方の価値の交換、それが具体的にどうなっているかというと、主にサビの部分でヴォーカルとギターが奏でている調が全く別、分裂している。っていうことについて明らかにできればいいと思います。っていうか今回その話しかしないので、イントロのアルペジオとサビのところだけ主に分析するかな。なんか全体的な満遍ない分析とかを期待してる方はちょっとね、別の動画でも見てくださいね。

 とりあえずこの『The Patient』の話でもしますか。トゥールの最高傑作と評する方も多いであろう『Lateralus』というアルバムに入っている3曲目ですね。


 この『Lateralus』というアルバムですが、私が中学生の頃に聴いた時もそうだったし、昨日トゥール聴き始めましたっていう感じの人のリアクション動画が、いまYouTubeでたくさん見られるでしょ。その人たちのリアクション見てても解るんだけど、だいたい最初に入った人は、この『Lateralus』というアルバムに関して1曲目の『The Grudge』と、途中に入ってる『Parabola』っていう2曲の話を主にしたがりますね。なんてったって凄いし、解りやすいからですね。特に『Parabola』って曲人気なんですが、実はね、90年代USAのモダンヘヴィメタルバンドの系譜からいくと一番わかりやすいんですね。なぜかっていうと、ギターのチューニング見ればわかるんですけど、あれ一番低い音がBで、主にドロップDチューニングを使うトゥールの曲の中でも半音3つ分さらに低くなってるんですね、この『Parabola』って曲のチューニングは。これには元ネタがありまして、彼らの1stアルバム『Undertow』に入ってる『Prison Sex』っていう代表曲のひとつでもそのチューニング使ってるんですよね。これ何かっていうと、サウンドガーデンの『Badmotorfinger』っていう、テリー・デイトと一緒に作った彼らの出世作の1曲目に入ってる『Rusty Cage』っていう曲が同じチューニングなのね〔註:正確には『Rusty Cage』と『Prison Sex』はBADGBE、『Parabola』はBEDGBE〕。極端な、6弦だけを低くするっていうチューニングをトゥールは『Undertow』の『Prison Sex』と『Lateralus』の『Parabola』で採用してるわけです。なので言っちゃえば、同時代的なライバルであり・リスペクトする先輩でもあるサウンドガーデンのやってた音楽の枠内にとらわれている、と言おうと思えば言えます。っていうか、『Undertow』の1曲目に入ってる『Intolerance』っていう曲のリフ、お解りでしょう。あれ、まんまサウンドガーデンの『Outshined』ですよ。びっくりしますよね、変拍子の付け方までそっくりだったでしょう。フォロワーって感じなんですよ、あの頃は。サウンドガーデンパイセンの下級生で「リスペクトしてやす!」ていう感じの、まだベーシストが幾分普通の、同時代人のニルヴァーナとかともそんなに変わんないなっていう感じの限界があったわけですね、やっぱ。サウンドガーデンの『Badmotorfinger』の枠内で理解し得るし、その外までは全然出てないなっていうバンドでした、20世紀のトゥールは。なので『Lateralus』の中に入ってるその『Parabola』って曲人気なんですが、言っちゃえば、2001年に出た『Lateralus』収録曲の中でも、一番過去の系譜の中で理解がしやすい。サウンドガーデン好きなんすねっていう感じの後輩が、ものすごく頑張って作った曲だとは言えます、かっこいいもんね。あの曲、珍しくトゥールの曲にしてはキーがEマイナーなんですよね、ギターの最低音がBに設定されてるんですが。まぁ引きずってるわけですね『Parabola』は、その段階では。それに比べて、だいぶ新しいことをやってるっていう楽曲がありまして。それが大体『Schism』やタイトル曲『Lateralus』でしょうね。

 この『Lateralus』っていうアルバム最初に聴いた人は、さっき言ったように、一番最初にこのアルバムにどっぷりハマった1週間目は、『The Grudge』や『Parabola』の話をしたがるんですね。そこから2ヶ月くらい経つと、「いやこの『Lateralus』って曲なんかフィボナッチがどうとか言ってるけど、凄いんじゃないの? 終わりかた感動的だし」とか「『Schism』っていう曲のこのリズムはどうなってるんだろう」とか……5+7ですけどね。『Schism』のリフは5+7で成り立ってるので、足せば12=3の倍数なので、そっから3×4や4×3のほうに解釈することもできます、っていうか私、一番最初に始めたヒップホッププロジェクトである SAYSING_BYOUING 名義で作ったアルバムの最後の曲に『Schism』からのサンプリングを入れてます。5+7を12で取って、その12の総拍数を別の小節文割に入れて、微分にするっていうね……あの、菊地成孔さんの「モダンポリリズム講義」の中でのタームを理解してらっしゃらない方にとっては「何のことだよ」って思われたかもしれないですが。トゥールが基本的にやってる、インド音楽的な積分ポリリズムではないが、変拍子の積み重ねによる結果的な積分ポリリズムを、事後的にちょん切って、それを微分=アフリカの中のリズムに当てはめるっていうのを、私 SAYSING_BYOUING っていう名義で作った『あした病気になあれ』っていう曲のトラックメイキングの中でやったんですね。そういう、色々な要素が入っています。トゥールの『Lateralus』っていうアルバムにはいろんなネタが入っていますが。それでもね、このアルバムを……まあとりあえず、2年半聴いてみてくださいと。最初は『The Grudge』とか『Parabola』とか言ってるんだけど皆(当然ですよ、私もそうでしたよ)、でも2年半ぐらい聴き続けると、「どの曲も凄いけど、やっぱり『The Patient』だよね……」っていうふうに、こう何かね、言葉少なに頷きあいながら、「いやぁ、もうあれは……すごいっすよ……」みたいな感じで、とりあえず自分の感傷を外に漏らさないようにしながら頷きあうっていう姿がね、トゥールのファンの中には見られます。私の知り合いの中にも何人かいます、この『The Patient』の話になると「いやぁ……」っていう感じになってしまう方がね。


 ちなみに私、さっきから「ラテラルス」って言ってますけど、カタカナでは「ラタララス」って呼ばれることが多いんだけど、いやまぁ、スペル見ても「ラテラルス」じゃないの? って思うので、こっちで呼んでますが。多分ね、『Lateralus』を「ラタララス」って呼びたがる人は「ヤタガラス」の話をしたいんですよ。言語フェチシズムの話で、日本語圏で “a a a a u” の母音に合うのは「ヤタガラス」なので、多分この『Lateralus』にこじつけて、実はその人はトゥールのアルバムを発音したいんじゃなくて「ヤタガラス」って言いたいのだというね、フロイトの理論を俟つまでもなくそういうことが言えるんですが。たとえば『NARUTO』フォロワーの漫画がすごい流行ってるんでしょ、ネーミングセンスが悪い意味でヤバい漫画がアニメ化されたりして流行ってるんでしょ? だからね、世の中にはいろんな欲望を持った人がいますから、そういう『NARUTO』フォロワーの漫画の中で「八咫烏!」とか言ってね、必殺技「八咫烏!」 ボォンッ とかいって忍術っぽい必殺技を撃ちたいんでしょうし、そういう漫画を描いてブレイクしたいと思ってる人が潜在的にたくさんいる。それが「ラタララス」って発音の表れだという……なに言ってんだと思いますか? 言語フェチシズムの話ですよ。例えば The Allman Brothers Band のギタリストの名前を「デュアン」と発音するか「デュエイン」と発音するかっていうのは、これはもう個人の価値判断ひとつですね。私は「デュアン・オールマン」って言いますよ。なぜなら、そっちの方が絶対的にカッコいいからですが。でもこれも言語フェチシズムの観点から分析すれば、「デュアン・オールマン」と呼んでいるあいつは、実はオールマン・ブラザーズ・バンドの話がしたいんではなく、デュラン・デュランのファンなんだという分析ができますね。「デュラン・デュランの話をしたいんだあいつは、だからデュアンとか言ってるんだカッコつけて」ということが言えますし、それは実際当たっています。私デュラン・デュラン大好きですからね、『Save a Prayer』のベースラインをね、なんか思い立ってね、夜中にいきなりあの曲のベースラインを弾き始めて「いやぁ、なんてヴォーカリストにとって優しくない転調だ」とか思いながらね、こう悦に入るのが私の習慣の中のひとつですから。まぁそうです、「デュアンって言うのはデュアン・オールマンがどうとかよりも、デュラン・デュランのファンだからです」っていう、この精神分析……もういいですか? 飽きましたか、じゃあ話移しましょうね。デュラン・デュランの話しましたがザ・キュアーは後で出てくるでしょうね、9thの話に関係がありますからね。



◎長引くマクラ(『The Patient』歌詞について略述、およびトゥール楽曲におけるヴォーカルパフォーマンスの特性について) [00:12:37]


 さて、いきますか。この『The Patient』って曲は、もう私にとって疑いない、尊敬しているどころではないこのトゥールというバンドのカタログの中でも、飛び抜けた1位。もう不動です、絶対に動く事はないでしょう多分。結構ね、いろんなファンの方がいらっしゃるから、「トゥールの中で3曲選べとか言われても迷うよ」って方いるのかもしれないけど、私は1秒も迷う必要ないです、『The Patient』が1位。なぜかっていうと、作曲の仕方が凄すぎるからなんですね。それの分析を80%くらいできたらいいね。

 ちなみに、歌詞の話は一切しません。なぜなら、途中で泣いちゃうからです。この曲のちゃんとした日本語訳を作るのだってねぇ、それ専用の特集が必要ですからやりませんよ今回は。しかしね、「5拍子の曲になんであんな綺麗にフレーズを乗せられるのか」っていうのが、この曲に寄せられる最も大きな賛辞の中のひとつなんですけどね。特にあれですよね、 “Is this a test? / It has to be / Otherwise I can’t go on” ってやつですね。「これは試練なのか? そうあるべきなのだろう、でなければ先に進めない」っていうこの3行をね、私は今までの人生で何度反芻したか、って思いますよ。最初聴いたの中学生の時ですけど、私がコロナ禍直前に飲食店勤務だったんですが、その時「いま書き継いでいる小説を完成させることだけが私に課せられた使命だ」と思っていて、それですごい貧しい生活に身を窶しながら書き続けてたんですが、その時も思いましたね。「これは試練なのか? そうあるべきなのだろう、でなければ先に進めない」って思ってましたね。そういう暮らしをしてるとどうなるかっていうと、12月の寒い時期に5日間くらい電気とガスを止められることになりますが。私は特に、この曲の歌詞を思い出しながらこうね、なんか思い詰めてたわけでもなく、躁病なのでものすごい歓んでましたね。楽しんでましたね、その状況も。12月に電気・ガス止められて、小説の第2部書くための資料集めてる時でさえも「イェー」ってなってたので、それは私の病気なんでね、皆さんは真似しないでいただきたいですが。そうして書き継いでいた『χορός』って小説の第6章にも、自然にこの詞が引かれることになりました。見せびらかして引用するってことですらなく、自然にこの曲が小説の中に入ってきて、それで成立することになりましたっていうのがね、第6章にあるんですよね。

 この『The Patient』っていうネーミングね……まずネーミングですよ、やられましたねほんとに。『The Patient』っていうのは患者さんのことですが、 The の後に形容詞を続けて名詞化するっていう遣い方がありますね。 “The Good, The Bad and The Ugly” ってスパゲッティウェスタンのタイトルですが。  patient ってくると形容詞ですから。名詞形 patience ですよね、「忍耐強い」っていう意味になりますから。忍耐強く何かを待っている存在、ってことになりますね定冠詞がつくと。これが患者の姿と重ね合わされている、っていう……ああ泣きそうだもう既に、すごいなぁ、文彩ですよ。前にプリファブ・スプラウトの歌詞の解説した回でも言ったけど、 trope ですよね、文の彩りなんですよ。やっぱ詞って多義性ですから、いろんな意味をひとつの語にも持たせうるってことをね……いや歌詞の話しないからアレですけど、凄いんだよなぁ。この歌詞の中では vampire とか呼ばれてるんですが、こう自分の望みを繋ぐために血を吸われながら、なんとか今ここに居て俺はまだ待っている、っていう風な曲なんですけど。このね、げっそりした、弱々しいが……あぁサミュエル・ベケットの話になってしまうんですが。いやベケットだよね、この歌詞の世界観は。どこまで言えばいいですか、皆どれくらい『名付けえぬもの』とかを読んでますか? 『名付けえぬもの』の世界ですと言ってしまえばいいんじゃないでしょうか、ゴドー以外を待ち続けるっていう感じの世界です。


 うっかり歌詞の話に入り込んでしまいそうなのでやめますけども、さっき言った『Lateralus』の1曲目に入ってる『The Grudge』って曲は大変素晴らしいし、私もヴォーカル練習の時に毎回唄うんですけど。あの、ちょっとね、好ましくないなと思ってることがあって、トゥールに関して。物凄いスキルに満ち溢れすぎたバンドですよ勿論、特にヴォーカルとドラムスはすごいんだけど。ドラムスは手数が多すぎてすごいしメイナードは歌がうますぎてすごいっていう評価の仕方あるんだけど、『The Grudge』に関してあの長いシャウトがあるでしょう。あれに持ってかれること自体はいいんですけど、あのシャウトのところで本当に凄いところっていうのは、私最近気づいたんだけど。トゥールの曲がほとんどそうであるようにあれDマイナーキーなんですけど、その中であのシャウトのところ、音程乗ってるんですよ。絶叫みたいなシャウトではなく音程ちゃんと乗せてるんですよね、あの長いシャウトの中で。それで、あの声でどの音符行ってると思いますか? 音源聴きながら鍵盤叩いて解ったんですけど、A♭なんですよ。Dのキーに対するA♭の音をメイナードはずっとシャウトで繋いでるんだけど。これ解りますよね、ルートDに対するA♭っていうのは減5度ですよね。極端なブルーノートであり不協和音ですね。その中でドロップDチューニングの仕組みを活かした音をベースとギターがやってるわけで、そこでA♭の音を声でやってるってことに私、最近気づいたのね。だからそこなんですよね、あの曲のシャウト部分の凄さは。ずっと不協和してるってことです。ずっと減5度の音がヴォーカルの喉を借りて鳴り続けるので、ずっと解決しない状態になり続けてるんですが、皆はメイナードの肺活量だとか声量がすごいんだと思ってるのかもしれないけど、それは当たり前のことで。そのもっと向こう側があって、それは減5度の音をあえて選んでるっていう、この作曲技法上の妙味があります。そこが本当に凄いんですね。

 だからさっきも言いましたが、ドラムの手数が多くてすごいとかヴォーカルの声がすごいとかいう、マッチョイズムに基づいた評価をトゥールに下すのはやめましょう。ってことを厚かましくも私は言おうと思って、それが今回のサブトピックの中のひとつなんですけど。実際ね、私も自分の練習曲に『The Grudge』選び始めてから解ったけど、あの長いシャウトは1ヶ月半練習すれば誰でもできるようになるよ、ほんとに。まず1ヶ月半試してみなっていう。私も最初「うわぁ1/3も続かない、こんなのできるわけないや」って思ったけど、1ヶ月半練習し続けたらもう簡単にできるようになりました。私が普段風呂場で唄っているときの映像を、この Patreon 有料会員様限定で(radioGA の前菜として)動画公開してるので、『The Grudge』は2パターン撮ってるので。その中でもあのロングトーンのシャウトのところは、失敗しようがないなっていうくらいできるようになりましたので。皆さんね是非、「メイナードすごい」だけじゃなくて、皆さん自身も是非ね、唄ってみてください。唄うようになるとね、生きるの面白いですよ。だっていろんなことやれますよ、この曲うまくできないなぁって思ったら、それを練習し続ければいいわけですからね。『The Grudge』に関しては、5拍子の取り方と、裏声じゃないトーンコントロールさえ手中に収めれば、特に難しくはない曲です。ぜひ試してみてください。

 しかしこの『The Patient』は歌が難しいんですね。なぜでしょう? トートロジーに聞こえるかもしれないけど、唄わなきゃいけないからですね。私はラップから始めたから、自分のヴォーカル技法は。ラップから入った人にとってはむしろ『The Grudge』は簡単なんですよ。でもこの『The Patient』はねぇ、やっぱり難しい。唄い始めて1年くらい経ちますけど……一番難しい所どこだと思いますか? サビ終わりの場合、1回目のサビ終わりの “by now” をロングトーンで伸ばして、その後の “wait it out” も勿論ちゃんと上のミックスヴォイスでやんないといけないですけど、そこは難しくないの。 2回目のサビの終わり、 “I suddenly would’ve walked away / By now” の下がるとこが一番難しいです。なぜかっていう話は、マイナーとメジャーが混ざり合っているからだっていう……よし、じゃあもう分析に入りましょうね。

〔註:ここで言及されている「下がるほうの “by now”」は実際にはDメジャーキーのみで構成されたフレーズであり、評者が言及しようとした「(Dのメジャーとマイナーが混在していて)一番難しいパート」はアウトロ近くの “still may” の箇所である。〕


 さて今回この特集では、元のアルバムの音源は使わないっていう制限を入れてるので。Ultimate Guitar っていうサイトにアップロードされてる、個人が作った、タブ譜の全部のパートが入ってるファイルを、私が普段から作曲のために使ってる Guitar Pro 7 というやつで読み込んで再生しながら解説します。特に間違ってる様子もなかったのでですね。

 さて、イントロのギターのアルペジオから早速始めましょうか。この曲、もう最初に言った時点でヒントが与えられてるんだけど。調性音楽の中には在るけど和声的な作られ方ではない曲です。転調だとかコード進行だとかそういった用語で解釈するよりも、手っ取り早いのはモードによる解釈です。

 聴きましょうか、とりあえず。


◎イントロからヴァースまで(AmもしくはDmキーの内部でE音が繋留される) [00:23:50]

 このイントロですが、構成音からすると、他のトゥール楽曲のほぼ全てがそうであるように、Dマイナーキーだとまず解釈しましょう。しかし、トゥールの曲ある程度聴いてきた人にとっては衝撃的よね、最初のこれ。Fから始まりますが、構成音言いましょうか。Fをルートだとしましょう、Fの次がD、F基準で言えば長6度ですね、で一番高い音がEだっていう。

 つまりこれヴォイシングで解釈すると、この一番最後のE音がメジャーセブンス(長7度)だから、コード名をあえて当てるならば F△7 add6 ってことになります。私あえて今回、『The Patient』のイントロのギターのアルペジオを元にして、トライアドの内容まで補って、ピアノのコード進行に直してみたんですけど。ちょっと聴いてみてくださいね。


(↑アップロードし終えてから気付いたが、Fが長6度ではなく単なる完全5度になってしまっている。)

 ってなってるんですよ、説明しましょうね。一番最初のコードが、さっき言った F△7 add6 で、ふたつめが Dm9 で、その後普通に C と Am ですね。あえてこのギターのアルペジオの内では省略されている音も補いましたが、これで何が解ってくるかっていうと……もっかい聴きましょうか。

 ずっと鳴り続けている音がありますね。なんでしょう、それはEですね。トゥールの元の楽曲の時点でもそうで。

 いま私が小さく手を叩いてたところには、同じE音が当てはめられています。

 このE音がずっと繋留されているわけですね。それを一番わかりやすくするために私、このピアノのコード進行も作りましたが、Eの音がずっと保持されている。これペダルとか言いますが、ずっと保持されている音ですね。それがEであると。この楽曲のイントロのアルペジオの時点では、Eが保たれ続けていると。おやおや……ってことになりますね。さっきDマイナーキーの曲だって解釈しましたよね。マイナーキー基準で言えばEは長2度なので、ペンタトニックの中からは外れてますし、Dマイナーのトライアドからも当然外れてますよね。Dマイナーのトライアド、 D-F-A ですから。Eっていうのは非常にオプショナルな音で、こういうヘヴィメタルバンドが作る曲のベースラインには入ってないっていうのがポイントですね。上の音ですもんね、このアルペジオの上のほう(長7度)に入ってるっていうのがポイントで。それがずっと保たれ続けているのを踏まえると、この曲ほんとにDのマイナーキーなのか? っていう疑いが兆します。それは当然のことです、だってテンションコードだからね。これ近親調のAマイナーキーであったとしたら、解釈変わってくるんですねまた。

 いま流したアルペジオの構成音は、すべて♭も#もついていない・まっさらな音で、Aマイナーキーの構成音にそっくり当てはまります。Aマイナーキーは言うまでもなく A-B-C-D-E-F-G ですね。すべての音が一番プレーンな短調ですから、それの中に当てはまるんですよ。で、このEがずっとテンションノートとして繋留されているんだけど、もしかしたらAマイナーキーだと考えたほうがいいかも? ってちょっとソワソワし出しますよね、楽曲分析とか作曲とか慣れた方。だってAマイナーキーにとってEは完全5度で、トライアドの中のひとつだから、ずっとホワホワ鳴り続けても特に不思議はない、ふさわしい音だよなっていう。このイントロの時点で、「果たしてこの楽曲、Aマイナーキーか/Dマイナーキーか、どっちで考えたらいいのだろうか?」って思わせる仕掛けが、結果的にアルペジオの中に配置されてるんですね、時限爆弾のようにして。

 実はバイセクシュアルだと言ったほうがいいのかもしれないが、ヤヌスみたいに2つの顔を持ってて、どちらが本当の顔か解らないっていうのが、このすごく単純な音の選び方のアルペジオによって成り立っている、その効果が生まれているわけですね。やっぱねこれ弾いてみて解るけど、音を省略することが一番大事だよねっていう。引き算が一番大事なんだよな作曲の過程では、って思い知らされますね。だってここなんかさぁ、D弾いたあとオクターヴ上のDで、Eですよ。だからルートと・オクターヴ上のルートと・長9度しか鳴ってないじゃないかって思わされますよね。それを無理矢理コードっぽくしたのがこれ(ピアノ版)です。 Dm9 だと考えうるんですが、引き算の方法論が非常に大事だってことがトゥールの楽曲聴いてると気付かされますね。

 さて、この後に続くベースラインありましたね。これはまたしてもEから始まってるわけですからね。Eから始まってF、Eに戻る、そのあとD……もろE音強調なわけですよ。さっき言ったようにEっていうのは、Dマイナーキー基準で解釈したら長9度のテンションノートであり、Aマイナーのトライアドだと解釈した方が自然なのでは? ってソワソワしましたよね、さっき。その後このベースラインが来るわけですよ。ベースラインが唄ってるっていうのがとても大事ですね。さっきの無味乾燥なアルペジオとは違って、ベースが唄い始めてるわけですね、小節こぶしをつけてるわけですよ。ベースギターがエレクトリックギターより高い音域を弾いているのはトゥールの基本マナーで、驚くべきことではないんですが、これによってまたハッとさせられますよね。Eの音を踏みすぎだろって思うわけですね。これによってやっぱりテンションノートが強調されてるんだよなぁって思いつつ、不思議なまんま歌メロに入りますね。


◎ヴァース部の変奏(相変わらずAmとDmキーの混成) [00:32:27]

 ポイントですが、 “a groan” のとこはDマイナーキー基準で言えば完全4度・5度ですが。音源聴いていただければわかりますけどね、メイナードはここで、ジャストの拍で入ることを避けてます。ぜひ聴いてみてください、さっき『The Grudge』唄うには5拍の取り方を覚えれば簡単だよって言ったけど、『The Patient』もある程度同じで。(5拍子の休符を取って) “a groan…” って入ればいいんですよ。私もずっとそうやってたんですよこの曲に関しては、拍の取り方も含めて。やってたんですが、こないだね、いつも私が風呂場で唄う時は iPhone から音源流してますから、特に注意深く聴いてもいないんですが。この前、片耳にイヤフォンつけながら改めてこの曲唄ってたら、ジャストで入るんじゃなくて、若干ぼかした・前後に揺らしたタイミングで入ってますメイナードは。これは明らかに、彼がミスしたとかフワっとしたテイクをOKにしたとかじゃなくて、狙ってやってると思いますね。一番最初のとこでヴォーカルだけ緩くしてるっていう、これ地味なとこですが凄く良いですよ。このパキパキに打ち込まれたファイルの情報からは逃れてしまうニュアンスがあるので、是非ね大事にしていただきたいんですが。

 まぁこのメロね、Dマイナーキーから寸分も出てないんですが。 “otherwise I can’t go on” のとこもEで止まってますからね、強調しますねぇテンションノートを、って言いたいわけですが。

 ここ(B♭-A)ね、A止まりですからDマイナーキーの中だと解釈できるでしょうね。なぜなら、Dナチュラルマイナーの短6度と完全5度を行き来してるフレーズが強調されるからですね。B♭とAだけですよ、ここ。やっぱりDマイナーキーだと考えていいんだよなって気にさせます、歌メロが一旦終わるまでは。

 その後(“But I’m still right here”)……これ私も特に好きなところですね、歌詞も含め。でも3音しか使ってないことになるか、 E-D-C だけ使ってるか、この “But I’m still right here” は。やっぱりねEが繋留されるから……繋留されてはいないか、長くは伸ばされないけど、 C-D-E だからやはりAマイナーキーだとも言えるし、Dマイナーキーだとも言える。しかしEをテンションノートだと考えると若干の不可思議さがあり、ここはむしろAマイナーキーだと解釈したくなるような雰囲気がありますよね。

(歌メロの後ろで弾いてる)ギターは変わんないよな……あっそうか、ここ(クリーントーンの)ミュートになってるのか。

 ここ、まんま開放弦も含めてAマイナーだと思ったほうがいいな。 “But I’m still right here” のところからは、Aマイナーだと思わせるふうにスイッチしてると思ったほうがいいですね。これさっきも言ったけど転調じゃないですよ。音の選び方の傾向をちょっとずつズラしてるってことです。Dマイナーキーから始まって、今この “But I’m still right here” のところからはAマイナー的な響かせ方になってるのね。

 で、最初に言わなきゃいけなかったね。Dマイナー基準でEは長9度のテンションノートだって話しましたが、この時点で驚いとくべきなんですよ我々は。誰? トゥールファンは。なぜなら、アダム・ジョーンズが……1本指で押さえられるドロップDチューニングのパワーコードばっか弾いてきたし、これからもそんなことばっかやるんでしょ? って思われてたアダム・ジョーンズが、なんと9thのみならず、冒頭からもうメジャーセブンスってお前おかしいだろっていう。Dマイナー基準で言ってメジャーセブンスはFが一番弾きやすいでしょ。それが最初に入ってて、次の和音が Dm9 の音だと解釈しうるってことさっき言いましたね。この時点で驚かなきゃいけないんだけど、アダム・ジョーンズが2000-2001年の間に作ったはずの曲なんですね、この『The Patient』は。インタビューがあって、

〔冗長な訴訟絡みのディテールは省略〕

訴訟が長引くことになったんですね、このトゥールというバンドは。それで2000年頃にメイナード・ジェームズ・キーナンは、ビリー・ハワーデルという、かねてより友達で、実際にトゥールのアダム・ジョーンズのギターテックとして働いていた人の曲を聴かせてもらって「唄ってみたい」って言って A Perfect Circle というプロジェクトが始まったわけですね。で、そのAPCのギタリストおよび作曲家であるビリー・ハワーデルはどんな人かというと、エレクトリックギターでの9thノートの遣い方を、もう明らかにザ・ポリスのアンディ・サマーズの次のレベルにまで持っていった、9thの申し子とでも言いたくなる作曲家なんです、実は。とりあえずAPCの1stから聴いてみましょうか、『The Hollow』って曲の歌入りのところを聴いてみましょう。


◎「まさかアダム・ジョーンズが9thを弾くとは」の件(についての推理) [00:40:15]


 ギター、裏でこんなフレーズ弾いてます。これ、どう解釈しますか皆さん?

 この曲はB♭マイナーと解釈していいんですが、この最初の3音ね、B♭mの「アンディ・サマーズ式押さえ」の9thです。「アンディ・サマーズ式押さえ」とはなんぞや? まずルート=B♭、の完全5度=F、で長9度=C、これです。これがアンディ・サマーズ式の9thの押さえ方で、ルート+完全5度+長9度。この3音を実際にギターで押さえてみれば解りやすいんですが、人差指と中指と小指をちょうど使う。アンディ・サマーズはもう『Message in a Bottle』もそうだし、『Every Breath You Take』も。9thの王様って感じで、ロックミュージックの中でジャズ的なテンションノートを入れるのを一番最初に広めて、商業的成功まで持っていったのがザ・ポリスのアンディ・サマーズって人です。実際の演奏よりも作曲家としての技法が凄いし、学ぶべきことが多くあります。

 で、 A Perfect Circle のビリー・ハワーデルも同じように B♭m9 を弾いてるんですが……ちなみに3度が省略されてるっていうのがポイントです。3度省略型ですね。で、それの上に、 B♭m9 のアンディ・サマーズ式押さえの上に、これね……さらに D♭9 も重なってるんですよ。度数言いますよ、ルート=D♭の上に・完全5度=A♭があって・その長9度であるE♭が重なってるの。結果、こういう音の運びになります。

 はい、もうお解りですね。B♭マイナー基準で言えば、D♭は平行調でメジャーの関係にありますよね。この B♭m9 のアンディ・サマーズ式押さえ(3音)を鳴らした後で、さらにこのビリー・ハワーデルって人は、その平行調関係にあたる D♭9 もさらに入れてるわけ。9thのダブル遣いってことでダブルナインスとか言っていいわけがないので、私このアルペジオのパターンに付ける名前探してるんですが、まぁ探しようがないね、これはちょっと特殊すぎるから。凄いわぁ……これ私、初めてコピーした時もびっくりしたけど凄いことやってるわ。9thふたつ遣いってことですなぁ。

 これが代表的なビリー・ハワーデルの9thの遣い方で。同じAPCの1stアルバムにもこういうものが入っています。

『Orestes』という曲のイントロのアルペジオですが、この2小節目でDの……ジャズ押さえと言っていいのかなぁ、Dのメジャーセブンスまんまですなぁ。ルート・長3度・長7度・そして長9度、DにとってのE。この2つの、ルートと長9度を鳴らした後で内声を弾くっていうね。聴いてるだけでちょっとメランコリックになってくるでしょう。これも9thの遣い方が巧いわけ、ビリー・ハワーデルの。『Orestes』について言えば、イントロの単なるC#m7は、半音3つぶん下げチューニングってことになってるので、2弦の開放がG#になってるんで、これG#を繋留させてるわけですね。G#の音はC#基準で言えば完全5度ってことになりますね。開放弦の使い方がまぁ巧いわけですよビリー・ハワーデルは。

 というふうに、いま確認しましたが、APCのギタリストであるビリー・ハワーデルって人は、2000年に出した最初のアルバムからして既に、エレクトリックギターを利用した9thノートの遣い方が物凄く巧い人だっていう事は、もうギタリストなら解るんですね、聴けば。アダム・ジョーンズも絶対に解ってたはずです。なぜならビリー・ハワーデルはもともとアダム・ジョーンズのギターテックであり、同じバンドメイトのヴォーカリストとキャッキャやりつつ「新しいバンドやってみようかな」ってなった人なので、立場上、アダム・ジョーンズはこのアルバムが出るよりも早く、『Orestes』や『The Hollow』になる曲のデモを聴かされてた可能性は非常に高いです。なので、それを聴きながら思ったはずです。訴訟に巻き込まれてトゥールの活動が滞っている状態のジョーンズは、APCの1stアルバムが出たのを聴いて、「いやいやこのビリーってやつは9thの遣い方が巧いなぁ。俺が今までやってこなかったタイプのヴォイシングだ。これはなかなか美事なものだ、さて……俺はトゥールの新しい曲を作るときどうしよう」って思ってたはずなんですよ、アダム・ジョーンズは絶対。それで自分の相方であるヴォーカリストが戻ってきて、2001年に『Lateralus』を完成させるときに『The Patient』みたいな曲が用意されてたのは当然なんですよ。アダム・ジョーンズは絶対にビリー・ハワーデルの作曲技法を真似て・学んで・部分的にパクったと思うんです。これ私の推理です、当たってます、絶対に。なぜなら……ギタリストとしての勘としか言いようがないんですが。しかし明らかにおかしいもん、アダムがいきなりこんな、9thおよびメジャーセブンスのアルペジオなんか始めてるっていうのはね。心中穏やかではいられないですよ、普通のトゥールファンだとしたら。なんか変わってるぞこいつ、っていう。


 で、このイントロのアルペジオの時点で孕まれているDマイナー基準でのテンションノート、Eですね。これがただのフリや思いつきではなく、実際にこの曲の一番の盛り上がりどころであるサビに満遍なく活かされている、ってことを解説したら終われるので、もう急ぎ足でいきましょう。



〔後略〕


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