アイカツスターズ!『Dreaming bird』の変拍子を読む 2016/09/02 (Fri)
以前ひとつ書きましたが、『アイカツスターズ!』に入ってからの楽曲は「良い」「すごい」「かっこいい」を超えて「怖い」という領域に達してきています。本稿は『Dreaming bird』に関する記事ですが、上からものを見た「考察」や「分析」などでは断じてありません。ただ怖ろしい作品を前にして多少なりとも誠実に怯えるためのノートとして読んでいただければと思います。
作詞:ヒカリツカサ 作曲・編曲:南田健吾 歌唱:ななせ
まずこちらの公式動画で楽曲をお聴きください。
本稿では歌入りからサビ入りまでのボーカル譜を適宜参照しながら進めますので、ぜひ拍をとったり歌ったりしてみてください。
1)イントロ:6という数字
本稿ではイントロを6/4拍子として解釈しています。
6という数字は、3(奇数)と2(偶数)の約数をもっているので、6拍子は奇数で割るパターン(ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー)と偶数で割るパターン(ワン・ツー、ワン・ツー、ワン・ツー)の両方のリズムを孕むことができます。
前者(ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー)はワルツ調で使われることが多く、たとえばOpethの名曲にはこの拍子が多いですね。
The Drapery Falls - Opeth
(蛇足ながら、この曲では拍子記号はそのままにビートを(ワン・ツー、ワン・ツー、ワン・ツー)に変える(7:19-7:47)、または一拍削って5拍子を混ぜる(5:51-6:48)などのトリックも使われています。このように工夫ひとつで色々なバリエーションを見せられるのも6拍子の魅力です)
『Dreaming bird』のイントロは後者(ワン・ツー、ワン・ツー、ワン・ツー)のビートです。このパターンを採用した曲はそんなに目立って多くはないのですが、メタリカの『Blackened』やポリスの『Synchronicity I』でこのビートを聴くことができます。
Blackened - Metallica (1:14-1:37)
Synchronicity I - The Police
2)歌入り・Aメロ:3拍子から4拍子のトリック
ドラムインしてからのイントロ部は7小節続き、2小節ぶんの4/4[譜面小節数1~2]を挟んでボーカルが入ります。ここでなぜ4拍子が入るかということについては、おそらくレコーディングやライブでボーカリストが入りやすいようにタイミングを示すために挿入されたものと思われます(この2小節だけわかりやすいスネアの連打になっていることに注目)。
ところが、ここでまたひとつギミックが加わります。今まで6、4拍子という偶数のビートを聴かされていたところに、唐突に3拍子(ワルツ)で歌われるボーカルが入るのです[譜面小節数3~10]。イントロからの流れで聴いていたリスナーはまずここで「えっ」とつんのめることになるわけですが、ギミックはまだあります。歌入りで3拍子が8小節ぶん歌われた直後、拍子は4/4に戻ります。そしてもう一度歌入りのときと同じメロディが歌われるのですが、とうぜん拍子記号が変わっているので、あのワルツ調の譜割から4/4に沿ったものに変わっています。
このように、「どのようにして歌が始まるんだ」という期待をまさかの歌入りでの変拍子というトリックで一旦欺き、その後ですかさず4/4に戻ることで楽曲を展開していく。つまり、Aメロという一つのパートが二層のリズムで成り立っているのです。この時点でもうリスナーはイントロからの流れの様々なリズムに翻弄されてしまっているわけですが、この曲はその手を緩めるどころか、Bメロでさらに追い撃ちにかかるのです。見ていきましょう。
3)Bメロからサビ:7拍子
ようやく4/4で落ち着けると思っていたリスナーを奇襲するかのような7拍子。歌入りのワルツに引き続き、またしても奇数拍子です。
しかし、じつは、ここで7拍子が登場すること自体はさほど重要ではありません。「変拍子を作るためにはすごく頭を使うのだろう」と思われがちかもしれませんが、パターンさえ覚えてしまえば曲の中に変拍子を入れることは簡単なのです。それより難しいのは、変拍子からさらに別の拍子に移ること。広げた風呂敷をたたむこと、高く跳んだあとにちゃんと着地することです。さらなるリズムへの移りゆきのことを考えていない人間が単なる思い付きで変拍子を使うと、聴くに堪えないほどダサいものができてしまうというわけです。
では、Bメロで7拍子を投入した『Dreaming bird』は次にどう出るのか。どのようにしてサビで別の拍子に移るのか。
拍子記号が変わるのは、7拍子パートが6小節続いた直後。この7拍子パートでのメロディは非常にメカニカルなもの(すべての譜割りが同じであることに注目)ですが、その繰り返しのあとで突如に3連符が入るのです。[小節番号30]
4/4拍子の小節にみっちり三連符が詰め込まれているため、7拍子パートの倍以上の音数が詰め込まれています(7/4の5音に対し、こちらは4/4で11音)。とうぜんボーカルも早口で粒立った音を歌うことになるので、それを唐突に耳に叩き込まれた瞬間のインパクトは尋常じゃありません。
つまり『Dreaming bird』は、メカニカルに歌わせた7拍子パートから3連符でたたみかけることで聴覚的に撹乱し、そのインパクトで4/4に変わる瞬間の違和感を感じさせなくする策に打って出ている。そして4/4に戻った地点から逃げ抜けるようにサビの解放的なメロディに達するわけです。
一体なんなのでしょうかこれは。力技とはとても言えません。ここまで各リズムの特性を理解した上での移行が行われているわけですから。しかし同時に、明らかに異様な飛躍をしなければ到達できない構成になっていることも確かなのです。なんという綱渡りでしょうか。
もちろん、世の中には複雑な変拍子を使用した曲はたくさんありますし、私もそういう楽曲たちを愛好して聴いてきました。しかし『Dreaming bird』の異常さは、ここまで入り組んだ構造を持ちながらあくまで歌が尊重されているということに尽きます。この曲は歌組の俊傑である白銀リリィのために用意されたものなので当然なのですが、彼女の格の違う存在感を補強するためにここまでの練り込みが必要とされたとすれば、作編曲家:南田健吾さんがこの曲で発揮した手腕の凄まじさはもはや絶句すべき地点にまで到達しています。もちろん、新しいキャラクターの声色に合わせた上で見事に歌いこなした松岡ななせさん(歌唱担当)の存在も見逃すわけにはいきません。そして、ここまでの怪物的名曲をなんの先入観もなしに聴くことになるたくさんの子どもたちが控えているわけです。一体どうなってしまうんでしょうか。
4)歌詞
ところで、本稿で「追い撃ち」「奇襲」「撹乱」など、楽曲について書くにはおよそ似つかわしくない語が多く登場したことを訝しまれた方もいると思います。私も書き終わって初めて気付きました。しかし『Dreaming bird』の歌詞がひとつの「闘争」を描いている以上、それは避けがたいことだったのだと思います。
同じ南田健吾楽曲の『永遠の灯』と比較すると明白ですが、『Dreaming bird』は『永遠の灯』で歌われていた「閉じ込められていたところに半身が助けに来てくれて、その状況から脱出する」という類の歓迎しやすい物語がもはや存在していません。その代わりにあるのは、閉じ込められて打ちひしがれた状況で初めて始まる歌、「怖がって」「泣いてばかりいた」声が止むに止まれず歌になってしまう人間の姿です。
以前書きましたが、これはおそらく、『アイカツ!』のスターライト学園(生存可能な空間)と『スターズ!』の四ツ星学園(学校)というそれぞれの舞台設定の特性と無縁ではないと思います。白銀リリィは19話で既に学校の外で療養中であるという設定が示されてるわけですから、そんな一度折れた人がもう一度学校に帰ってくるということは、それはもう一度閉じ込められに来た場所から始まる闘争、人間を閉じ込めて責め苛む場所(学校でも監獄でも精神病院でもいいですが)に存在すること自体が抵抗であるかのような闘争です。しかもその手段が歌だという。絶唱です。絶唱と呼ばずして何でしょうか。この曲で変拍子が多用されることによって、実に巧妙に「撓められ、責め苛まれた」状態の演出がなされているとは言えないでしょうか。そこに閉じ込められた人間が、一度翼を折られたところから始まる、限られた空間における単体でのゲリラ戦のような楽曲、になっていることはお聴きいただければわかると思います。歌う方も聴く方も一種の闘争に巻き込まれることを強いられるかのような、なんと怖ろしい圧を持った曲でしょうか。
強調しておきますが、この記事で取り扱った『Dreaming bird』はショートバージョン、たった120秒弱の尺です。その尺でさえこの情報量なのだからフルバージョンでは一体何が起こっているのでしょうか。
『Dreaming bird』は11月23日発売のCD『アキコレ』にフルバージョンが収録の予定です。わたしの文章とか全部どうでもいいので、ぜひ今すぐ各種通販サイト等で『アキコレ』を予約してください。アイカツスターズ!が『Dreaming bird』という楽曲で何を仕掛けにきているのか、そのことにぜひともぶっとばされなくてはなりません。
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