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銀座無双エクリプス編2「美しき無責任」
黒塗りの高級車が、銀座の街を静かに走っていた。
後部座席に座るジョージは、窓越しに流れる街並みを一瞥し、軽くため息をついた。
運転席の男が、低く抑えた声で話しかける。
「白洲ジョージ様、先ほどは突然のご案内、失礼いたしました。」
ジョージはクラヴァットを整えながら、冷淡な口調で返す。
「突然ではなく、無礼だ。だが――少しは言い訳があるのだろう?」
助手席の男が振り返り、丁寧に頭を下げた。
「おっしゃる通りです。
『エクリプス』第一段階のゲームをクリアされたにもかかわらず、次のエントリーを保留されていましたね。
実は、第二段階への参加登録が本日で締め切りなのです。」
ジョージは眉をわずかに上げた。
「それがどうした?」
男は一瞬戸惑ったが、淡々と続けた。
「通常、プレイヤーはオンライン上で全てを処理するのですが……あなたの推薦人であるサイード様が、ジョージ様に特別なおもてなしを用意されたため、急遽このような形式を取らせていただきました。」
ジョージは鼻で軽く笑った。
「サイードか――あの男のセンスは時に仰々しい。
だが、礼は言っておこう。」
助手席の男は、少し緊張を和らげた表情で続けた。
「第二段階のゲームは、オンライン上で他の参加者と競われるものです。
その説明を、洋館での食事を兼ねて行わせていただきます。」
ジョージは興味なさげに窓の外を眺めた。
「食事は退屈だが、まあ、付き合ってやるとしよう。」
助手席の男が再び振り返り、ジョージに問いかけた。
「ちなみに――お一人でのご参加ですか?」
ジョージは、窓の外を指差して微笑んだ。
「どうやら、そうでもないらしい。」
黒塗りの車の後方から、タクシーが必死に追いかけてくるのが見えた。
ジョージ
「尾行だな。」
助手席に座るレイモンド・ヴィンセントは、一瞬だけミラー越しにジョージと目を合わせた。
レイモンド
「お気づきでしたか。」
車はスピードを緩め、やがて道路脇に静かに停車した。
後方から近づいてくる一台のタクシー――車内の人物が、急いで降りてくる。
セシル・アンダーソンだ。
レイモンドは無言のまま、ジャケットの内ポケットに手を入れた。
手元から覗くのは、サプレッサー付きの銃だ。
ジョージは軽くため息をついた。
ジョージ
「過剰だな。抹殺するには、少々趣が足りないぞ。」
レイモンドは、冷静に銃を取り出しつつ答える。
レイモンド
「尾行者は、徹底的に排除するのが我々の方針です。
……早めに処理したほうが、無用な問題を避けられます。」
ジョージは、車外に向かって駆けてくるセシルを一瞥した。
ジョージ
「彼を排除するのは難しいだろう。」
レイモンドが銃を構えたまま、ジョージを見た。
レイモンド
「なぜです?」
ジョージは、クラヴァットの端を丁寧に引き、淡々と語った。
ジョージ
「彼は私の助手だからだ。」
その一言で、レイモンドの手が止まった。
レイモンド
「……助手、ですか?」
セシルが車に駆け寄り、窓をノックした。
セシル
「ジョージさん! 置いていかないでくださいよ!」
レイモンドは、視線をセシルに向け、不快そうに眉をひそめた。
レイモンド
「助手とは思えない身なりですが。」
ジョージは、セシルをじっくり観察し、辛辣にこき下ろし始めた。
ジョージ
「確かに見窄らしいな。
……まず、そのネクタイ。君、戦後の配給物資から拾ってきたような代物をよく首に巻けるものだ。」
セシルは、思わずネクタイに触れる。
セシル
「え、これは普通の……」
ジョージは一切聞く耳を持たず、容赦なく続けた。
ジョージ
「ジャケットは……なるほど、サイズが合っていない。
まるで兄からおさがりをもらった中学生のようだ。
そして、その靴だ――手入れを一切していない。
革靴が可哀想だと思わんのか?」
セシルの顔がますます引きつる。
セシル
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」
ジョージは、悠然とクラヴァットを整えながら、淡々と嘘に彩りを加えていった。
ジョージ
「だが、この無様さこそ、彼の特殊な才能だ。
労働者階級のコスプレをして、潜入調査を行うのが本職だからな。」
レイモンドが、眉をひそめる。
レイモンド
「潜入調査……?」
ジョージは、セシルに向かって指をさし、言葉を重ねた。
ジョージ
「例えば――ストライキ現場に潜り込んだり、工場労働者に扮して不正を暴いたりといったことだ。」
セシルは、目を丸くして慌てる。
セシル
「え、ええ!? そんなこと僕――」
ジョージが、冷静に手を挙げてセシルの言葉を遮った。
ジョージ
「黙れ、セシル。潜入中の身だということを忘れたのか?」
セシルは、動揺しながらも、必死に話を合わせた。
セシル
「え、あ……そ、そうですね! 潜入中です!」
ジョージは、レイモンドに向かって淡々と告げた。
ジョージ
「彼のような者を使うのは、庶民の心理を探るのに最適だからだ。」
レイモンドは、しばらくジョージとセシルを見比べたあと、銃をしまった。
レイモンド
「……承知しました。
特殊な調査官ということで理解しておきます。」
ジョージは、クラヴァットを整え、淡々と呟いた。
ジョージ
「彼を排除する必要はない。
むしろ、彼のような無様な者が近くにいれば、敵は油断するだろうからな。」
セシルが車に乗り込み、息を切らしながら座席に沈んだ。
セシル
「……ジョージさん、あの嘘は何なんですか?」
ジョージは窓の外を見つめたまま、軽く笑った。
ジョージ
「嘘ではない。即興の美学だ。」
セシルは呆れたようにため息をついた。
セシル
「嘘ですよ、完全に……」
ジョージは、ふとセシルのネクタイに目を向けた。
ジョージ
「だが――君のそのネクタイを見る限り、完全な嘘とも言い切れない。」
セシルは、ネクタイを直しながら苦笑いした。
セシル
「もう、その話はやめてくださいよ……」
車は、再び静かに走り出し、目的地へと向かっていった。
【カールトン・ハウス到着】
黒塗りの車が、重厚な鉄門の前で静かに停車した。
門柱には「Carlton House」の文字が刻まれ、品の良い金属光沢が夜の光を受けて鈍く輝いている。
門が音もなく開き、車はゆっくりと広い敷地内へと滑り込んでいく。
舗装されたアプローチを進む車の窓越しに、ジョージの視界に緑の手入れが行き届いた庭園が映り込んだ。
古いヨーロッパ式のデザインだが、敷石には隙間一つなく苔が生え、無駄なものが一切排除されている。
やがて、建物が姿を現した。
白亜の洋館は、クラシカルな柱とアーチが織りなす完璧な均衡を保っている。
建物そのものが、訪れる者の美意識を試す試練のようだった。
車が玄関前で停車し、レイモンドが静かに降りてドアを開けた。
レイモンド
「こちらが、カールトン・ハウスでございます。」
ジョージは、ゆったりとした動作で車を降り、洋館を見上げた。
その隣では、セシルが緊張した面持ちで肩をすぼめている。
セシル
「……すごいですね、ここ。映画のセットみたいです。」
ジョージは言葉を発することなく、洋館を見つめ続けた。
レイモンドが軽く一礼し、扉の前へと案内する。
扉が開かれると、柔らかな光が室内から漏れ出した。
ジョージとセシルは、その光の中へと静かに足を踏み入れた。
カールトン・ハウスの内部は、過剰な装飾を排したシンプルな美が貫かれていた。
壁には控えめな色調の絵画が並び、調度品はアンティークながらどれも実用的で洗練されている。
廊下には絨毯が敷かれ、足音は吸い込まれるように消える。
その静寂の中で、時計の秒針の音だけが淡々と空間を刻んでいた。
レイモンドが案内するまま、ジョージとセシルは奥の部屋へと進む。
やがて、重厚なダイニングルームに到着した。
テーブルには、光沢を放つ銀の食器とクリスタルのグラスが並んでいる。
上には、小さなキャンドルが点され、仄かな明かりが室内を照らしている。
壁にかけられた時計が19世紀製のフランス製アンティークであることに、ジョージは一瞬だけ視線を留めた。
椅子に腰を下ろすと、すぐに静かな音楽が流れ始めた。
フランスの室内楽で、過剰な主張がなく、背景に溶け込むような音色だ。
給仕が、静かに一礼してワインを注ぎ始めた。
その動作は、まるで舞台の上の演技のように完璧で、空間に溶け込んでいた。
給仕
「シャトー・オーブリオン、1998年ものでございます。」
ジョージは、軽くワインを口に含んだ。
柔らかく、深い香りが鼻腔をくすぐる。
前菜は、オマール海老のムースをフィンガーライムで仕上げた一品。
淡いピンク色のソースが美しく盛り付けられ、フィンガーライムの爽やかな酸味がアクセントになっている。
次に、白アスパラガスとキャビアのタルタルが供された。
白い陶器の皿に、緑のソースが鮮やかなコントラストを描いている。
セシルは、緊張しながらナプキンを手に取り、前菜に手をつけた。
ジョージは、変わらず淡々とナイフとフォークを動かしている。
食事が一通り進み、テーブル上の皿が片付けられた頃、レイモンドが再び静かに近づいた。
彼はジョージに向かって一礼し、落ち着いた声で告げた。
レイモンド
「ただいまより、特別なメッセージをお届けいたします。
どうぞ、ごゆっくりご覧ください。」
ジョージが表情を変えずに頷くと、部屋の照明が少し暗くなり、壁際に設置されたスクリーンが音もなく降りてきた。
その動きは、舞台の幕が下りるように優雅だった。
数秒後、スクリーンに映像が映し出される。
そこには、中東の豪奢なインテリアを背景に、サイード・アル=ラシードが立っていた。
【サイードのビデオレター】
スクリーンが暗転し、アラブの石油王・サイード・アル=ラシードの姿が映し出される。
白いターバンを巻き、上質な絹の衣装に身を包んだ彼は、穏やかだが威厳に満ちた微笑を浮かべていた。
サイード
「ジョージ、これを見ているということは、君が第一段階を突破したということだね。
その成果を、まずは心から祝おう。」
画面越しのサイードは、一瞬視線を落とし、穏やかに言葉を紡ぐ。
「このゲーム――エクリプス――は、ただの娯楽ではない。
君はすでに、何かを感じ取っているかもしれないが……
この場に招かれるのは、世界の頂点に立つ者たちだけだ。」
サイードの表情がやや真剣なものに変わる。
「エネルギー、金融、テクノロジー、流通、エンターテイメント、軍事、科学――
各分野の権力者が、このゲームの結果を元に、次の時代を形作る決定を下す。」
「そして、このゲームでのプレイヤーたちの成績が、次の時代にどれだけのリソースを割り当てられるかを決める。
勝者には、富と権力が集中し……敗者の地は、衰退を余儀なくされる。」
サイードは軽く息をついた。
「ジョージ――君がこの場にいるのは、私が日本を代表するプレイヤーとして、君を推薦したからだ。」
「近年、日本はこのゲームの予選すら突破できていなかった。
そのため、他国の影響力に押され、次の時代のリソースを十分に得ることができていなかったのだ。」
「だが私は、日本はそのような立場で終わるべき国ではないと信じている。
それが、私の友情の証だ。」
サイードは微笑を浮かべ、少し表情を柔らかくした。
「だが、それだけではない。
ジョージ――私は、君のプレイをこの目で見てみたいと思ったのだ。」
「君が、どんな閃きを見せ、どのようにして“勝ち”を手繰り寄せるのか――
その過程こそが、私にとっては興味深い。」
彼の目が真っ直ぐにジョージを見つめる。
「ジョージ、私を楽しませてくれたまえ。」
スクリーンが暗転し、静寂が部屋を包んだ。
サイードのビデオメッセージが終わり、カールトンハウスの広間には静寂が戻った。
壁のスクリーンが静かに引き上げられると同時に、レイモンド・ブラックが立ち上がり、穏やかな声で説明を始める。
レイモンド
「これで、あなた方がこのゲーム――エクリプス――において、どれほど重要な立場にいるかをご理解いただけたでしょう。」
彼はワイングラスを手に取り、ゆっくりと一口含んだ。
「では、続けて、次の段階のルールについて説明させていただきます。」
レイモンドはテーブルの端を軽く叩き、広間の奥に設置された小さなスクリーンに、ゲームの概要が表示された。
「エクリプスの第二段階は、第一段階と同様、現実を模した仮想空間で行われます。」
「その空間は、私たちが住むこの世界とほぼ同じように再現されたものですが、そこには特定のシナリオが設定されています。」
レイモンドはスクリーンに映し出された都市の映像に目をやった。
「今回、シナリオを作成するのは、プロの虚構作家たちです。」
「小説家、映画監督、脚本家、漫画家――虚構を生み出すプロフェッショナルの中から、選ばれた一人がこの段階のシナリオライターです。」
「さらに、単なるシナリオ作成に留まらず……」
レイモンドは一拍置いて、言葉に重みを持たせた。
「ゲーム内のイベントを、リアルタイムでディレクションする役割も担います。」
「つまり、ゲームが進行する中で、プレイヤーたちの動きを観察し、シナリオに変化を加えたり、新たなイベントを仕掛けることができるのです。」
「シナリオライターは、プレイヤーたちの行動を見ながら、“物語の主役”を誰にするかを見極める立場にもあります。」
「そして、何よりも重要なのは――主催者側の権力者たちが、このゲームをリアルタイムで見ているという点です。」
「彼らは、プレイヤーの行動や判断を観察し、次の世界で誰にリソースを与えるべきかを決める基準にします。」
レイモンドは、ジョージを含む全員を見回した。
「つまり――あなた方の行動が、世界の未来を形作る要素になるのです。」
「これが、第二段階のゲームの概要です。」
レイモンドはグラスをテーブルに置き、再び穏やかな笑みを浮かべた。
「今後の展開は、あなた方の手にかかっています。」
広間は、静かな緊張感に包まれていた。
レイモンドの説明が一通り終わると、広間に一瞬の静寂が訪れた。
豪奢なシャンデリアの下、蝋燭の炎が揺れ、古い家具が光を吸い込んでいる。
だが、空気には確かな緊張が漂っていた。
セシルが、堪えきれずに口を開いた。
「……ジョージさん、これ、本当にやばいんじゃないですか?」
その声は、かすかに震えていた。
「世界の未来を決めるゲーム」――その響きの重さが、ようやくセシルの中に落ちたのだ。
ジョージは、グラスに口をつけ、ゆっくりとワインを口に含んだ。
何の反応も見せず、ただ静かに味を確かめるように。
セシルは、焦りながら続けた。
「だって、これ、権力者たちが全員見てるって……。ゲームの結果で、国や世界のリソースが変わるんですよ?
僕たちが何をするかで、未来が決まるかもしれないんです!」
ようやく、ジョージがグラスを置いた。
軽くため息をつき、視線をレイモンドに向ける。
「セシル、まずは落ち着きたまえ。君のような人間が世界を動かすなど、想像するだけで恐ろしい。」
セシルの顔が引きつった。
「そんなこと言わないでくださいよ!これ、冗談じゃないんですって!」
ジョージは、セシルを一瞥し、軽く肩をすくめた。
「冗談――それが問題だ。」
彼の声は低く、だが広間の隅々まで響いた。
「君たちは、これをゲームと呼ぶ。しかし、その中でやっていることは、すでにゲームの域を超えている。」
ジョージは、指先でテーブルを軽く叩きながら続けた。
「ゲームとは、無駄だからこそ美しい。何の生産性も、何の効率性もないからこそ、貴族の遊び足り得るのだ。
だが――現実に影響を及ぼす瞬間、それはもうゲームではない。ただの、無粋な労働だ。」
セシルは、言葉に詰まった。
「……無粋、ですか?」
ジョージは、ゆっくりと立ち上がり、広間の大きな窓の前に歩み寄った。
夜の闇に溶け込むような濃紺のスーツが、窓ガラスに映り込む。
「そうだ。世界を牛耳る、未来を決める――そうした言葉には、一切の優雅さがない。」
ジョージは、ふと窓の外を眺める。
「考えてみたまえ、セシル。
もし君が優れた詩人で、素晴らしい作品を書いたとしよう。
その詩が人々に愛され、語り継がれ、やがて一つの文化となる――これが、本来の美しい世界の変化だ。」
セシルは、真剣な表情で聞き入っていた。
「だが、今君たちが話しているのは違う。
権力を持つ者が、数字やルールの上で世界を動かそうとする。
まるで市場価格をいじるように、世界の価値を操作する――これほど無粋なものはない。」
ジョージは振り返り、セシルを見つめた。
「君たちがやろうとしているのは、芸術ではなく、下手な工芸品だ。
魂のない形だけの彫刻を、世界の隅々に押し付けようとしているに過ぎない。」
広間に再び静寂が訪れた。
レイモンドが、慎重に口を開いた。
「しかし、ジョージ様……このゲームは、これまでにないスケールで世界に影響を――」
ジョージは、手を軽く上げて制した。
「それこそが無粋だと言っているのだ、レイモンド。」
ジョージの声には、冷たさの中に、どこか愉悦の響きが混じっていた。
「何をするにも、人間には手順というものがある。
まずは一礼して、扉を開け、上着を脱ぐ――それが美しい所作だ。」
彼は、窓から視線を戻し、レイモンドを見据えた。
「だが、このゲームの連中は違う。
彼らは扉もノックせず、上着も着たまま、いきなり部屋の中央に腰を下ろし、
『さあ、世界を動かそう』などと言い出す――これが無粋でなくて、何だ?」
セシルは、呆然としたまま言葉を失っていた。
ジョージは、彼の方に歩み寄り、肩に軽く手を置いた。
「覚えておくといい、セシル。
優雅さとは、無駄なことを、過剰なまでに美しく行うことだ。
それがゲームというものの本質だ。」
彼は、再びグラスに手を伸ばし、軽くワインを口に含んだ。
「だが、このゲームは――すでに無駄ではなくなっている。無駄ではないことを人は『仕事』と呼ぶ。
君は、仕事をゲームと言われて喜ぶタイプかね?」
セシルは、ようやく我に返り、しどろもどろに答えた。
「……いや、それは……」
ジョージは、ワインを飲み干し、グラスを置いた。
「実にくだらん。」
その一言が、重々しい広間の空気を、まるで氷のように切り裂いた。
セシル
(ぎょっとして)
「く、くだらんって……ジョージさん、冗談ですよね?
この国の未来が――」
ジョージ
(無言でセシルを見つめ、間を取る。しばらくして、軽く肩をすくめる)
「君が言う”この国の未来”とやらに、私は何の興味もない。
遊びに必要なのは、無意味な優雅さだ。
だが、これは違う――現実を弄ぶなど、無粋にも程がある。」
ジョージ
(ゆっくりと立ち上がり、セシルに歩み寄る)
「だが――そこまで君が言うなら、考えを改めよう。
ただし――私ではなく、君が出るという前提でな。」
セシル
(パニック状態で)
「は、はぁ!?
無理ですよ! 何で僕なんですか!」
ジョージ
(腕を組み、饒舌に語り始める。まるで演説でもしているかのように、朗々と)
「なぜ君か、だって?
理由は三つだ、よく聞きたまえ――」
(人差し指を立て)
「まず第一に、君の見た目だ。
その服装――無意識のうちに、この国の現状を完璧に象徴している。
皺だらけのシャツに、クタクタのジャケット、靴紐も緩み、ベルトは色褪せている。
見事だよ、セシル――その”全身で語る社会風刺”を、世界に届けるべきだ。」
セシル
「ただの外回り帰りですよ!」
ジョージ
(無視して、続ける)
「第二に――君の誠実さだ。
このゲームには、ありきたりの野心家など不要だ。
代わりに、君のような”純粋に無防備な人物”が放り込まれたらどうだろう?」
(小さく笑いながら)
「権力者たちは君を見て思うだろう――“なぜこんな奴がここにいるのか”と。
だが、そういう滑稽さこそが、真に優雅な演出というものだ。」
セシル
「滑稽って……!」
ジョージ
(最後に、指を三本立てる)
「そして第三――
この国に必要なのは”ありふれた希望の象徴”だ。」
(少し間を置き、低く語りかける)
「君が勝てば、皆が思う――“あの凡庸な男が、世界を変えた”と。
これほど美しく、ドラマチックな構図があるだろうか?」
セシル
(動揺しながら首を振る)
「無理です、無理ですって……!
僕なんかじゃ――!」
ジョージ
(ため息をつき、ふいに冷たい口調で)
「そうか――
それは実に、残念だ。」
(少し間を置いてから、静かに呟く)
「……今の君の姿を、アイリが見たら――どう思うだろうな?」
アイリの声(妄想)
「セシル――あなた、結局逃げたのね。」
(冷たい視線を向け、手を離す)
セシル(妄想)
「ち、違います! 僕は――!」
アイリ
「言い訳は聞きたくない。
チャンスがあったのに――あなた、怖くて逃げたのね。さよなら。」
セシル
(現実に戻り、ガクガク震える)
「く、くそ……」
ジョージ
(小さく笑い、さらりと)
「もし――君が勝ったら?」
アイリの声(妄想)
「セシル! あなた、本当に”この国”を救ったのね!」
(アイリが駆け寄り、涙ぐみながら手を握る)
セシル(妄想)
「は、はい! 僕、頑張りました!」
アイリ
「すごいわ……
あなたって、頼りになる人だったのね。好き。」
セシルの心臓が高鳴る。
アイリの目が希望に潤んで自分を見ている。
「アイリさん、僕、この国を救ったよ…」
妄想の中のセリフが、思わず口をついて出ていた。
セシルの目に再び輝きが蘇ってきた、まさにその瞬間を逃さず、ジョージが追い討ちをかけた。
「ああ、実に残念だ。君の勇姿が見れないとはね。いや、いいんだ。忘れてくれ。そして共に沈みゆくこの国の黄昏を味わい尽くそうじゃないか。」
ジョージはそう言って目を伏せた。彼はこの上なく雄弁で表情豊かな悲劇役者だった。
ジョージは知っていた。セシルにはもう、ジョージの声が半分聞こえていないことを。
「僕――やります!
僕が、この国を救います!」
ジョージ
(ニンマリと笑いながら、静かにグラスを掲げる)
「よろしい。
では――存分に楽しませてもらおう。」
顔を上げた時、彼はすでに役者ではなく、優雅にして残忍な皇帝だった。