見出し画像

銀座無双、今日も優雅に無敗です 〜空港編「香港行きの出張命令」2〜

【シーン:ラウンジにて「ビジネスクラスへのアップグレード」】

成田空港のラウンジ。
ジョージは紅茶を片手に、ガラス越しの滑走路をぼんやりと眺めていた。

隣では、セシルがソファに腰掛けながら、手元のチケットを何度も見返している。

「……エコノミーですか。」

セシルが小さな声で呟いた。

「それが何か?」
ジョージは目を離さずに答える。

「ジョージさん、エコノミーですよ? そんなの、白洲家の名が泣きます!」

ジョージは一瞬だけ視線をセシルに向け、薄く笑った。

「なるほど、確かに窮屈な座席で足を組むのは美しくありませんね。しかし……」

紅茶を一口飲み、言葉を続ける。

「エコノミーかビジネスかは、座る人間次第です。どこに座っていようと、私の優雅さが損なわれることはありませんよ。」

「いやいや、そんなわけにはいきません! ビジネスクラスにアップグレードしましょう! 僕、行ってきます!」

セシルは勢いよく立ち上がり、意気揚々とカウンターの方へ歩き出そうとした。

ジョージはため息をつき、軽く手を挙げて彼を止める。

「待ちなさい、セシル君。」

「……え?」

「そもそも、君が交渉なんてできるんですか? 下手に出て笑われるのがオチでしょう。」

「任せてくださいって! こういうのは、情熱です! 熱意を見せれば、必ず何とかなるんですよ!」

ジョージは紅茶を置き、じっとセシルを見据えた。

「“情熱”は時に愚行に繋がります。だが、君がどうしてもやりたいと言うなら、忠告しておきましょう。」

「忠告?」

ジョージは立ち上がり、ポケットからポケットチーフを取り出して軽く整えた。

「交渉というのは、席を奪うことではありません。相手に“譲らせる”ことです。」

セシルはキョトンとしながらも、頷いた。

「わ、わかりました! それ、頭に入れて行きます!」

「いいでしょう。では、君の“熱意”とやらで、ビジネスクラスを確保してきなさい。」

「よっしゃ! 任せてください!」

セシルは拳を握り、意気揚々とカウンターへ向かって歩き出した。

【ジョージの一言】

セシルの背中を見送りながら、ジョージは薄く笑い、誰にともなく呟いた。

「……あの熱意が、何かを得るより先に、何かを失わなければいいんですがね。」

【シーン:ハイジャック犯との出会い】

成田空港の搭乗ゲート前。
ジョージは、スマートフォンの時計を見て時間を確認した。搭乗開始まであと20分。セシルがカウンターでアップグレードの交渉をしている間、彼は一人静かに座っていた。

その時、視界の端に、一人の男が映った。

30代半ば。痩せ型の香港人男性。
ベージュのジャケットに、胸元にはどこか古びたブローチ。鞄はブランド物だが、持ち手の革が擦り切れている。服装のバランスは悪くないが、**“少し古臭い”**印象がある。

しかし、ジョージが目を留めたのは、彼の目だった。

—何かを“決意した人間の目”だ。

「……面白い。」

ジョージは立ち上がり、男の隣に座った。

【ジョージ、ハイジャック犯に話しかける】

ジョージは、さりげなく話しかけた。

「香港にお戻りですか?」

男は、一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐに無表情に戻った。

「ええ。……仕事で少し日本に来ていました。」

「なるほど。」

ジョージは、彼の胸元のブローチに目を向けた。

「そのブローチ……ユニークですね。香港の民主化運動の象徴でしょう?」

男の表情が硬くなった。

「……ご存知なんですか?」

「もちろん。私はファッションの仕事をしていますから、装飾品には目が利くのです。」

ジョージは微笑みながら、さらりと言葉を続けた。

「とはいえ、珍しいですね。そういった政治的な象徴を身に着けて旅をするのは。」

男は、警戒心を露わにした。

「どういう意味です?」

ジョージは紅茶を啜るような仕草で、軽く肩をすくめた。

「ただの観察ですよ。しかし……あなたは“ただの旅人”には見えない。」

男は視線を逸らした。

「どうして、そんなことを?」

ジョージは、柔らかく微笑んだまま、彼の古びた鞄を指した。

「鞄です。上質なものですが、使い込まれている。その革の擦れ具合から見て、あなたは長い間“旅”をしていた。」

そして、胸元のブローチを再び指す。

「さらに、このブローチ。それを公然と身に着けるのは、香港に何らかの強い意志を持つ人間です。そして、香港行きの便に乗るということは……」

ジョージは、男の顔をじっと見つめた。

「……あなたは、何かを企てている。」

【男、言葉に詰まる】

男は口を開きかけたが、何も言えなかった。

ジョージは続けた。

「香港の現状は、存じ上げています。中国政府の圧力、言論の抑圧……。香港人にとって、今の状況は耐え難いでしょう。」

男は、声を震わせながら言った。

「……だから、何かしなければならないんです。」

ジョージは頷いた。

「その“何か”が、ハイジャックというわけですか?」

男は目を見開いた。

「どうして、そこまで……?」

ジョージは、何でもないことのように答えた。

「簡単なことです。あなたの目を見れば分かります。あなたは、命を捨てる覚悟ができている人間の目をしている。」

いいなと思ったら応援しよう!