銀座無双、今日も優雅に無敗です　〜空港編「香港行きの出張命令」1〜

【プロローグ：香港行きの出張命令】

銀座の裏路地、古びた高級テーラーショップ「サヴィル・レーン東京支店」の奥で、ジョージは鏡の前に立っていた。上質なコートの襟を整え、鏡に映る自分の姿に満足げに頷く。

「……完璧だ。さすが、クローザーさん。」

「恐縮です、白洲様。」
デヴィッド・クローザーは、針と糸を手にしながら深々と頭を下げた。

「香港へご出張とのことでしたので、少々旅慣れた雰囲気を意識いたしました。」

「ええ、会社から無理やり命じられてね。これまでの優雅な日常が、少々乱されてしまいました。」

ジョージは、ポケットから航空券を取り出して軽く振って見せた。

「まさか私が“香港ファッションウィーク”の特別顧問になるとは、皮肉な話です。ファッションの流行を追うのは性に合いませんが、社交界で顔を売れということらしい。」

クローザーは針を置き、静かに言った。

「白洲様の知名度とご家族の影響力は、いかなる場でも重要です。香港の一流どころは、そういった“名前”を重視します。」

ジョージは軽く首を傾げた。

「まあ、確かに“白洲”という名前は便利ですね。しかし、私の仕事にしては……面倒です。」

「その面倒を、上品にこなされるのが、白洲様の真骨頂ではございませんか？」

ジョージは笑みを浮かべ、カウンターに置かれたスーツケースを手に取った。

「確かに、私の美学に反する仕事ですが……まあ、遊び半分で楽しむとしましょう。」

【空港にて：セシルの“場違い”】

成田空港のラウンジ。ジョージは、座席に優雅に腰を下ろし、手元の雑誌をめくっていた。

「……で、君はなぜここにいるのです？」

向かいのソファに座るセシル・アンダーソンは、なぜか真っ赤なパーカーにキャップをかぶり、ジーンズを履いている。

「僕ですか？ 会社から“同行しなさい”って言われたんですよ！ ジョージさんの海外出張は初めてだから、サポートが必要だって……」

「ふむ。」

ジョージは雑誌を閉じ、セシルの服装をじっと見つめた。

「ところで、君のその“服”ですが……どうして“アメリカの田舎の少年”のような格好を？」

「えっ？」

セシルは、自分の服装を見下ろして戸惑った。

「普通のカジュアルじゃないですか？」

ジョージはため息をついた。

「これが普通だと？ 空港というのは“社交の場”でもあるんですよ。君のような服装では、貴族の猟犬にでも追いかけられるんじゃないかと心配になります。」

セシルは苦笑しながらキャップを外した。

「でも、旅は楽な格好が一番だって聞きましたし……」

ジョージは淡々と言った。

「楽な格好がしたいなら、家で寝ていればよかったのでは？」

セシルは何も言えず、慌ててシャツの襟を直す。

「……そんなに悪いですか？」

「悪いというより、目障りですね。」

ジョージは立ち上がり、搭乗アナウンスに耳を傾けた。

「さて、君がそのまま香港に降り立つのは、さすがに恥ずかしいので、現地に着いたら何かまともな服を用意しなさい。旅の途中で恥をかかれると、私の美学に反します。」

【プロローグ終了の一言】

搭乗ゲートへ向かう途中、ジョージは言葉を付け足した。

「そうそう、セシル君。香港は“自由”と“カオス”の街です。君のような場違いな男には、意外と居心地が良いかもしれませんね。」

セシルは、ジョージの背中を追いながら小声で呟いた。

「それって、褒めてるんですか……？」

ジョージは振り返り、ほんの一瞬だけ微笑んだ。

「いや、ただの観察です。」