銀座無双、今日も優雅に無敗です 〜花見編「場違いな男」4〜
花見編第4話:エリートと非エリート
桜の花びらが散る中、ジョージはスーツの裾を払ってベンチに腰掛けた。
一方、セシルはその隣に腰を下ろすも、何やら落ち着かない様子で足を揺らしている。
しばらく沈黙が続いた後、セシルが唐突に口を開いた。
セシルの嫉妬
「……鹿島さんって、なんか完璧すぎますよね」
ジョージは視線を桜の木に向けたまま、眉一つ動かさない。
「そうか?」
「そうですよ! あの落ち着き、品の良さ、しかも外資系のエリートですよ?
なんかもう、“勝ち組の象徴”って感じじゃないですか」
ジョージは軽く鼻で笑った。
「“勝ち組”――随分と浅はかな言葉を使うな」
セシルは少しムキになり、身を乗り出した。
「だって! ああいう人がいると、僕みたいなのが”格下”に見えるじゃないですか。
正直、アイリさんだって、鹿島さんみたいな人を選ぶんじゃないかって――」
ジョージはそこで初めて、興味を持ったようにセシルを見た。
「つまり、君は”女はエリートに憧れる”とでも言いたいのか?」
「……そうじゃないんですか?」
セシルは、どこか哀愁を帯びた表情で続けた。
「結局、女性は安定とか、地位とか、そういう”成功した男”に惹かれるんですよ。
僕みたいな、ちょっと頼りない男じゃダメなんですよ」
ジョージの冷徹な返し
ジョージは軽くため息をつき、手元のグラスを回しながら答えた。
「退屈だな――その手の話題は」
「えっ?」
セシルは拍子抜けしたように聞き返す。
「“男は成功すべきだ”、“女は安定を求める”――そんな使い古された議論に、何の価値がある?」
ジョージは冷たく言い放った。
「むしろ、君のように”できない男”が、“できる男”を羨むという構図こそ、最も凡庸でつまらない」
セシルはショックを受けたように目を見開いた。
「そ、そこまで言いますか?」
「事実だろう?」
ジョージは肩をすくめた。「嫉妬ほど、見苦しい感情はない――それに、“嫉妬する相手を選ぶセンス”も大事だ」
「どういうことです?」
「鹿島トオル――確かに優秀だ。だが、“できる男”というのは、単に”結果を出している男”のことではない」
ジョージは、ふと目を細めた。
「本当に”できる男”とは――自分の価値を他人に誇示しない男だ。
鹿島がそれに該当するかは――まだ、分からない」
セシルの不公平論
セシルは唇を噛みながら、ぼそぼそと続けた。
「でも、やっぱり不公平ですよ……
僕は、努力しても、“持っている人間”には勝てないんですから」
ジョージは一瞬目を閉じ、桜の木に目を向けた。
「――不公平、か」
「そうですよ。不公平じゃないですか?
努力しなくても、“持っている人”が勝つ世界なんて……」
ジョージはゆっくりと立ち上がり、桜の花びらを手のひらで受け止めた。
「セシル――“不公平”を言い訳にする人間は、永遠に不公平な世界に生きることになる」
「……じゃあ、どうすればいいんですか?」
セシルは、悔しそうに聞き返した。
ジョージの仄めかし
ジョージは静かに桜の花びらを落とし、ポケットからハンカチを取り出した。
「――答えは簡単だ。“不公平”を嘆く暇があるなら、自分にしかできない方法で戦え」
「え?」
ジョージは、軽く笑みを浮かべた。
「すべての勝者が、最初からエリートだったわけではない――“不公平”を”武器”に変えた者もいる」
「武器に?」
「例えば――相手が油断する瞬間を見極めたり、相手の弱点を突く。
要は――“どう勝つか”を考えろということだ」
セシルは黙り込んだ。
ジョージは再び座り、最後に一言だけ呟いた。
「――だが、“できる男”に見せかけて、何も持たない男もいる」
しばらくの沈黙の後、セシルがぽつりと口を開いた。
「……ちなみに、ジョージさんは――自分のことを”できる男”だと思いますか?」
ジョージは、ふっと笑った。
「その質問に、何の意味がある?」
「いや、単純に気になって……」
セシルは、少し恥ずかしそうに視線をそらした。「だって、ジョージさんって、なんでも完璧に見えるじゃないですか」
ジョージはゆっくりと目を細め、セシルを見た。
「――完璧、か。そんな風に見えるのなら、君の目が曇っているだけだろう」
ジョージの冷ややかな自己評価
ジョージは、桜の花びらを一枚手に取る。
「私は、自分のことを”できる男”だとも、“できない男”だとも思っていない」
「え……じゃあ、何だと思ってるんですか?」
ジョージは花びらを指で軽く弾き、淡々と答えた。
「――私はただ、『負けるのが嫌いな男』だ」
「負けるのが……嫌い?」
「そうだ。勝つことに執着はないが――負けるのは、もっと嫌だ」
ジョージは薄く笑みを浮かべた。
「だからこそ、私は『必要な瞬間にだけ動く』。“無駄な戦い”には手を出さない。
“勝てる戦い”でなければ――最初から挑まないのが、私の流儀だ」
セシルの反論
セシルは、思わず口を挟んだ。
「……でも、それって、ずるくないですか?」
ジョージは眉一つ動かさずに答えた。
「ずるい、と思うか?」
「だって、勝てそうな時にしか動かないって……それじゃ、本当に強いかどうか分からないじゃないですか」
ジョージは再び笑った。
「――君は、本当に”強さ”を証明する必要があると思っているのか?」
「……え?」
ジョージは桜の木を見上げながら続けた。
「人は、“強さ”を証明するために生きているわけではない。
“無意味な戦い”に挑んで消耗するのは――愚か者のすることだ」
「でも……それじゃ、自分の限界が分からないままじゃないですか?」
ジョージは少し黙り、再びセシルに視線を向けた。
「――限界を知りたがるのは、凡人の考えだ」
「できる男」の定義
ジョージは、花びらを再び弾き飛ばしながら、ゆっくりと話を続けた。
「本当に”できる男”というのは――“限界”など考えもしない。
ただ、“負けないように”動く。それが全てだ」
「負けないように……?」
ジョージは最後に、意味深な一言を残した。
「――“できる男”とは、『いつでも戦える男』ではなく、『戦う必要がない男』のことだよ」