不都合はだいたい突然やってくる。

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がん患者で64歳の男性は、薬の副作用で体が痛いらしく、夜中に「痛いよ」とすすり泣いていた。あんなに悲しい男の声を聞いたことがない。
ラジオが音漏れするほどの音量で流れている。闘病生活に蓋をするラジオの聞き方だった。

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もの腰柔らかで素敵な声の男性62歳は多分職場でも好かれてそうな人だと思った。声だけで、職場のいい上司、いいお父さん、そんな彼の姿が簡単に想像できるような声だった。ある日、手術を終えてからほとんど声を発しなくなり、代わりに聞こえてくる音は、寝たきりの足をマッサージする機械の駆動音だった。どことなく呼吸のリズムに似ていた。

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退院に向けて頑張るおじいちゃん。看護師さんと会話する時は声が高くなるので、多分すごく楽しみなんだと思う。小ボケなのか本物のボケなのかわからないが、些細なことに素っ頓狂な声で驚くのがチャーミングだ。先は長いのかわからないが、いい人生の結末を迎えることを願う。

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うっ、むっ、力を入れるたびに声が漏れた。
仕事中にお腹が痛くなり、近くの病院に行く。地域病院では対処仕切れず、救急対応で総合病院へ。痛みで声が耳に入ってこないが何かに同意し、手術を経て入院した。お腹に2つ穴が空いていて、へそは激痛、尿道に管が固定された状態で落ち着いている。

屠殺される豚のようだなと思った。ベルトコンベアで運ばれる様に体は動き、自分の理解の外でことが運び、体に刃物が入る。

体を動かすたびにどこかが痛い。ここに手があって、ここに足があって、ここにへそがあってと痛みでわかる。自分の意思で動く体があるんだと実感した。人間って改めて不思議だ。
ぷにぷにしたものが外骨格に守られて、自立して動いていて、喋って考えて感情があるタンパク質の塊。

もし、病院に来た時点で意識がなくこの状態だったら、寝たきりの状態になるのは容易いなと思った。

苦痛を取り除いて欲しい一心ではいはいはいはいはいはいと言っていたので、改めて自分の意思あったのかと言われると釈然としない部分もある。

術後の意識はあったけど、もし意識がなかったら後の意思決定は家族に任せることになる。

これ以上治療を望まない決断をするのは、意識が回復するかわからなくなったら?投薬で寿命を伸ばすだけになったら?医療機器がないと生きられない体になったら?

意識がなくなって救急搬送されたら死なせる努力はではなく、医者は生かす努力に向かう。

不都合だ、不謹慎だ、そう思える様な現実にも、腹を据えて向き合って考えておくことは、大事だなと思った。

だいたい不都合は急に襲ってくる。

いただけたらすっごく嬉しいです