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AIブーム以前、Excelマクロでゼロからニューラルネットワークを組んだ男に独占インタビュー 【前編】

「単なる効率化にとどまらず、新たな価値を創造できる――それがAIの本当の魅力だ」

こんにちは!
名古屋大学修士2年(2024年12月現在)の塚上賢太です。私は2024年1月から8月まで「株式会社インサイトリード」で機械学習・データサイエンスのインターンシップに参加しました。

今回インタビューしたのは、その会社の社長の梶田典宏(かじた のりひろ)さん。
なんと梶田社長はAIブーム以前、Excelマクロでニューラルネットワーク(RNN)をゼロから構築し、需要予測を実現した経験があります。

PythonやPyTorchが当たり前の今では考えられないような開発環境で、どのようにRNNを組み上げ、現場と連携しながら新しい価値を生み出したのか。その背景や当時の感情、今後の展望まで詳しくうかがいました。


1. AIを学んだきっかけと経歴

——まず、梶田社長がAIを学び始めたきっかけを教えてください。

梶田社長 :
 実は、当時はAIが今ほど注目されておらず、特にAIそのものを学びたいとは考えていませんでした。もともと数学に興味があり、数学とプログラミングを学びたくて南山大学の数理情報学部に進学し(2003年~2007年)、その後、名古屋大学大学院多元数理科学研究科に進みました(2007年~2009年)。当時は統計や解析学よりも、代数や数論に強い興味があり、主にその分野を学んでいました。

そんな中、海外の学会に参加したことをきっかけに、実用的な数学に興味を持つようになりました。数学を応用した実用的な分野を探しはじめて、アクチュアリー(保険数理)と出会い、最終的にアクチュアリーの本場であるイギリスに留学することを決意しました。そこで初めて、本格的に統計学やデータ解析に触れたんです(2009年~2011年)。

——なるほど。その後、統計学(AI)を業務に活用する転機が訪れたのですね?

梶田社長 : そうですね。2011年に帰国した後、半年ほど空いた時間がありました。その時、当時マルト水谷(※)の社長だった父から「工場出荷から3日以内に新鮮な生ビールを飲食店へ届けるために需要予測AIを作ってみないか?」と声をかけられたんです。これがAIを業務に活用する最初のプロジェクトとなりました。

※当時はマルト水谷という会社だったが、現在は株式会社MMGホールディングスとしてホールディングス化され、その子会社の一つとしてインサイトリードが設立されている。また、マルト水谷もホールディングス傘下の事業会社として、現在は株式会社MMGホールディングスの子会社となっている。

2. AIが下火だった当時の開発環境

——その頃のAI業界の状況はどのようなものでしたか?

梶田社長 : 当時は今のようなAIブームではなく、AIへの注目度が低い時代でしたね。2000年代後半から2010年代前半は、ディープラーニングのブレイクスルーがまだ起きていない時期でした。Pythonも今ほど普及しておらず、言語人気ランキングでも上位に入っていなかったと記憶しています。

実装のためのライブラリやサンプルコードはほとんどなく、AI開発者たちは数学的な理論をもとに、ゼロからコードを書き上げる必要がありました。たとえば、誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)のアルゴリズムは論文で見つかるものの、その実装例や詳細な解説は存在しませんでした。そのため、数学的な内容をプログラムに落とし込む作業が非常に大変でした。

また、今のように高性能なGPUを使ったサーバーも整っておらず、データセットの量も限られていました。当時のAI開発は、「地道な手作業」の連続でしたね。それでも、この頃の技術は後に訪れるAIブームの土台となる重要な役割を果たしていたと思います。

3. プロジェクトの発足背景

——速達生(生ビールの需要予測)というプロジェクトはどのように発足したのですか?

梶田社長 : 当時、父が経営していたマルト水谷で、「工場出荷から3日以内に新鮮な生ビールを飲食店やそのお客様に届けたい」という想いから新事業が立ち上がりました。生ビールは何より鮮度が大切です。できるだけ早く、工場でできたてのビールを届けることで、飲食店やその先の消費者に新しい価値を提供できると考えたんです。

ただ、そのためには正確な需要予測が欠かせませんでした。当時、外部に予測をしてみてもらったのですが、精度が良くありませんでした。欠品が発生すると飲食店の方々にご迷惑をかけてしまいますし、逆に在庫が余れば新鮮さが損なわれてしまいます。その課題を解決するために、もっと精度の高い予測が必要だと父から声をかけられたんです。

このプロジェクトは「新鮮な生ビールを、最高の状態で届ける」という新しい価値を実現するための挑戦となりました。(ちなみに、現在ではさらに配送時間が短縮され、2日以内の提供が可能になっています。)

4. ExcelマクロでRNNを組んだ理由と苦労

——ExcelマクロでRNNを組まれたとのことですが、なぜExcelだったのですか?

梶田社長 : 最初はRを使ってデータ分析をしていました。ただ、現場の業務にRを組み込んで運用するのは現実的に難しいと感じました。現場のスタッフは日常的にExcelを使っていて、Excelに対する理解や慣れがあったんです。

AIを現場で本当に活用するためには、開発者側の視点だけではなく、使う人たちの視点に立つことが重要だと思います。だからこそ、現場の方々に日常的に使い続けてもらえる形で提供する必要があり、Excelマクロを選びました。

Excelを使うことで、現場との連携がスムーズになり、AIの導入や運用がうまく進んだと思います。

——RNNを採用した経緯についても教えてください。

梶田社長 : 最初はシンプルに重回帰分析を実装して需要予測を行いました。ただ、精度が思うように上がらず、何か別の方法がないかと模索していました。

そんな中、「需要予測」というキーワードで調べていると、ある電力会社の論文に出会ったんです。その論文ではニューラルネットワークを使って予測精度を向上させたという内容が書かれていました。その時が私にとってニューラルネットワークと初めて出会った瞬間でしたね。

「これならいけるかもしれない」と思い、ニューラルネットワークについてゼロから知識をキャッチアップし、自分で実装しました。実際に精度は向上したのですが、出荷数が少ない商品については予測がうまくいかないことがありました。

その原因を追究したところ、単純なニューラルネットワークでは時系列の特徴を十分に捉えられていないことに気づきました。需要予測では「時間の流れ」が重要な要素になりますから、時系列データをうまく扱えるRNN(リカレントニューラルネットワーク)を実装することにしたんです。

RNNの導入によって、過去のデータから時間的な関係性を学習させることで、予測精度がさらに改善されました。AIの導入は、こうして段階的に改善と工夫を重ねながら進んでいったんです。

——どんな点で苦労されましたか?

梶田社長 : 本当に色々と大変でしたね。当時のAIはまだ下火で、今のように便利なライブラリやサンプルコードがなかったんです。論文には理論や計算方法が書いてあっても、それを実際に動くコードに落とし込む手段は自分で考えるしかありませんでした。特に、誤差逆伝播法偏微分の計算をExcelマクロでどう実装するかには頭を悩ませました。

さらに、計算時間の問題も大きかったです。当時のコンピュータは現在のように高性能ではなかったので、Excelマクロで学習を行うと、1商品を2000回学習するのに5時間ほどかかってしまいました。それでもAIがうまく学習するためには十分な学習回数が必要です。ですが、当時の環境では回数を増やすのも限界がありました。

そこで、少ない学習回数でも効率よく精度を上げるために学習率を高める工夫をしました。ただし学習率を高くすると不安定になるリスクもあるので、そのバランスを試行錯誤しながら調整していましたね。

今振り返ると、「理論」と「実装」の間にあるギャップを埋めるのが一番大変だったと思います。でも、その過程があったからこそ、自分の中でAIや数学に対する理解が深まった気がします。

前編まとめ

数学への興味から始まり、海外での学びを経てAIと出会った梶田社長。AIがまだ黎明期だった当時、需要予測の精度を高める取り組みは、ゼロから実装を行う地道な作業や多くの試行錯誤が求められるものでした。

こうした困難を乗り越える中で得られた経験は、現在のインサイトリードが行うAI事業の核を形作っているのではないでしょうか。次に、AI導入に向けて現場の方々とどのように連携し、このプロジェクトからどのような学びを得たのか、さらに、社長になられた今、AIを通じてどのような未来を実現したいと考えていらっしゃるのかを伺っていきたいと思います。

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