文目のついた嘘がアスファルトにはじかれた水滴のように光ってる。文目は気づいていない。自分のついたのが嘘であることさえ。夜気に漂う霧のように街を包む噂は、恋心のようにエゴイスティックに一人の男の胸をとらえ、失意に陥らせる。人の噂も何日なんて、ネットに掛かれば噂のようなものと男は嘆き、責任はとってもらうと、そっとリングを差し出した。
見上げると、時々、こんばんはって顔を出すその子は、いつも同じ場所に水をたたえ、深い青にどっぷりと浸かっている。時に白く、時に黄色く、自分では操れない光と雲を、着せ替え人形みたいに纏わされ、ため息でもついているのかもしれない。君が星の数よりも多い星座の世界を自由自在に描くから、僕が綺麗ですねって言うと、それを照らすつもりか、月が綺麗ですねって言ったんだ。
線香花火のひらひらを指先でもて遊びながら 君は細くて綺麗な指先でライター繰り 少し退屈そうに火を灯した 注意深くでも雑にでもなく ただ何気なく 火花をちらした 花火は静かにはじまり 静かに終わる トキメキがその間に座っている バチバチと動き チリチリと静まる心模様に 君の目は、先っぽをなんともなく見つめ 丸くなって落ちた先を半ば無意識に追い 視線をやがて地面に落とす。 いま、ぼんやりと正面の僕を眺めた君に聞きたいんだ。 もし僕がすかさず、火球を素
「自分独りでは上手に体温調節ができない私は、ヘビか何かなのかもしれないわね」 昼犬は口移しするかのように呟いた。 「そんな哀しいことばかり言うなよ」 昼犬が自虐的なところのある子であることは知っていたつもりだが、さすがに可哀想になる。 駅の改札で待ち合わせ、そのまま地上2階のプラットフォームから電車に乗り込んだ。地方中核都市、休日のローカル線の車内はガランとしており、すぐに椅子に座ることができた。広々とした窓から青空と駅ビルが見える。そのまま電車は河川敷に架かる橋を渡り、郊
電波の交錯する中で、正しいマッチなどありえない。しけたマッチもサンキューベリーマッチだなんて戯けながら、みんな内心、がっかりしてる。小さな頃に、小さな掌に握りしめた小遣い銭が、小さなくじ引きの露店で、いとも簡単にスカスカの玩具に変わったあの虚しい感覚。そう、そんな感じよね。 マッチ売りは夢さえも売れない出会い系女子になった自分を恥じる。 「来たる季節に売れるのはそんじょそこらのラブストーリーと一線を画すこと請け合い。さあどうぞ、お求めください。」 電波と言う名のネットの上で
冬の海を見たくなった夜犬は昼犬に手紙を託した。手紙は昼鳥ではなく夜鳥に宛てられているが、見たいのは朝の海だと夜犬はこぼしていた。ちなみに所謂「狙い目」の鳥には関心がないという夜犬。在りし日の思い出(月下美人)が昼犬に恋心を抱かせていたが、それにしても注文の多い人ね、と夜犬をなじる。昼犬はそれでもちょっぴり切ない恋心に翻弄され、私にできることは何かしらと頭を悩ませていた。 とにかく、私の存在する昼の間に海を訪れないと。秋田犬である昼犬にとって冬の海は荒々しい日本海であったが、
能ある鷹は爪を隠すと言うけれど、そんな奴に狙われた日には、ただ為すすべもなく牙を剥き続けるだけなのかもしれない。大きな翼も持たず、地をはいまわり、ただ喚き続けるだけなのかもしれない。 負け犬の遠吠えだって? なんとでも言ってくれ。 明日報いるためにあげるんじゃないか。
木目調のテーブルに僕の器を置いて水で満たした君。買ったばかりなのにそこに溜まっていた傷が見え隠れした。無色透明なはずなのにって苦情を言う人もいる中で、君はどうしたんだろうって優しく尋ねた。僕は言葉を失い、ブルーハワイのシロップを器にぶちまけて、遠い祭りの縁日の露店で買った綿菓子を浮かべた。うずらの卵を割って入れて、朧月夜にでもしてやろうなんて思っていると、君はマジックの色を足して器を綺麗に染め上げた。 傷ついていたのは、僕の器ではなくて、僕たちのテーブルだったみたい。 ね
昨日の夕方に思ったのは、つるべ落としのごとく闇へと落ちていった日が悲しいくらいの虚無へと向かい、二度と戻らないものだったらどうしようってこと。僕らが見ているものはただの思い出で、同じものは二度と訪れないのに、ただただ重ね合わせて同質化して、浪費しているだけだとしたら、それは酷く残酷なことだ。 昔の夢は本当に確かなものだったのか。 いまを抱きしめてみたらどうだろう。 時々、思うんだ。僕は本当に空に飛び立ちたいのかって。高いところで空を見続けると足がすくむくせに、大地を踏みし
熱い視線はあまり好まないけれど、暑い陽射しが差すのは好きだ。斜陽でもいいから、さして重要じゃなくてもいいから、温かいぬくもりのようなものが届けば僕は喜んでそれを受け取る。僕の心の部屋が散らかってスペースがなくなるのは、僕の世界が広がるからで、そこに視線が集まるのは、僕の秘密基地が少なくなるということだけど、時に僕は嬉しくて夢中でガラクタのような思いつきを見せてしまう。自分だけの想念が無くなるのは少し惜しいけれども、気持ちよくシェアできたときの気分は格別だ。 僕の世界が少なく
音にして初めて言葉になるものを文字というのなら、いま僕らが見ているのは言葉というよりは文字なのかもしれない。だけれど、時に文字は音のない広々とした世界を雄弁に見せてくれるから、そんな時の文字は、文字というよりは音のない言葉に見える。 気持ちを込めて胸の中で文字を鳴らすと音が出る。同じ文字でも、人によっては違う音になるし、ある人は僕の紡ぐものを見て「?」となるけど、それはきっと、僕の文字を見て、あなたがあなたの胸で僕の音を鳴らしてくれた証拠。それだけでも収穫だ。小さくガッツポ
帰り道の公園で 見上げた空がまだ碧くてさ オレンジじゃないねって 残念な気分になったのは 腰掛けた木のベンチの距離感が縮まらなかったり、握手しようとしたとき、たまたまおにぎりを食べた後で叶わなかったりするような ふたりでいたときに、いつものように綺麗に運ばない結果なのかなあって いっしょになりたいことの、 見る空に表れる怖さに、 僕は打ちのめされたのさ
夕飯の時間になると鐘がなる街 さよならはつらいけど またね、なら我慢できる どこかのキッチンできこえる 「トントン」は まな板を叩く音なのか、土を掴みくたびれた拳が戸を叩く音なのか 「もう、おかえりなさい」 それは、友が帰宅を促す声なのか、天高く、母がくれる挨拶なのか 僕は独り部屋に戻り、夕闇に紛れて目を瞑る
目が覚めると窓際の椅子に生まれたままの姿の少女が座っていた。まだ朝と呼ぶには早い未明の刻。僅かな光をたたえた月あかりの中でうっすらと水浴びでもしているかのような佇まいだ。こちらに気づくと、求めるよりもはやく自己紹介をはじめる。いや、そもそも待ち構えていたのかもしれない。 「わたしはハナと言います。わたしのことを昼犬と呼ぶ人もいます。昼犬ハナってどこかできいたことなくて?」 ぼくもつられるように自己紹介をする。 「この時間に目を覚まして、君の前で【夜と朝の交換】をできるこ
来たる冬に枯れて落ちる葉は この秋を謳歌しているのか 緑の中に紅を纏い 鳥達に無言の挨拶をしている この秋を謳歌していた葉は 夏に乱れていたのか 緑の中に小さな実を隠し 鳥たちに無言で与えていた あの夏に乱れていた葉は 春に恋をしていたのか 新緑の中に想いを忍ばせ 鳥たちを呼んでいた 春に生まれた恋は 潰える運命にあるのか 長い冬を越えて 鳥たちを呼びながら また枯れる日に怯えているのか されば僕らは 身勝手な鳥たちに 軽く会釈をして 自ら地に落ちよう 空の狭い時代
自分で はいどうぞって 器を用意してさ ゆっくり水を満たしてみせたってさ たまるもんはたかが知れてる そんならいっそさ そんなんぶちまけて 後悔に胸を濡らすんだよ 目頭に熱いものがたまれば 落ちるがままにしていいよ そんなん 見えるとこに ためる必要はないんだから たまらなくつらいって 結局、そういうことでしょう