【1分読書】『さがしもの』
『さがしもの』
目が覚めると妻が引き出しをひっくり返し中を漁っている。時計を見るとまだ朝方だった。
「無い。どこにも無い」
認知症を患って暫くの妻はこうして毎日探している。
「何がないんだ」
「無い。私の名前がないの」
妻は自分の名前をこれからも思い出せないままだろう。
「清」
そう呼んでも妻は振り返ることはない。最後に名前に反応したのがいつか遠い記憶のような気がする。自分の名すら忘れた妻だが何もかも忘れたわけではないようだ。
「勇喜。私の名前がない」
妻は泣きそうな顔をする。
「清。安心して」
名前を呼ぶと妻は不思議そうにして探しものを続ける。
「勇喜」
僕は妻の中で、勇喜でいられることに温かさを感じている。君は清。