二階堂進は、なぜいつまでもプロテストを受け続けるのか?
福本伸行「二階堂地獄ゴルフ」というマンガが気になって仕方がない。
二階堂進のプロテスト受験は、生活手段としては、すでに無意味になっている。
楽々とプロテストを通過して、プロになっても、勝てなくて、生活できないプロゴルファーが多いのだ。それ以下の技術レベルで、ゴルフで生活できるわけないだろう。
二階堂進がプロテスト受験を止めてしまえば、むしろ、生活は楽になる。いくぶんゴルフに詳しいゴルフ場従業員として働き、ゴルフ産業のおこぼれで生きてくことができる。
というのは理屈だが、本人の気持ちを考えたら、とても無理だ。二階堂進は、すでにゴルフに半生を費やしてしまったのだ。うまくいかなかった挫折感を抱えたまま、ゴルフで生きていくなんて、とてもできないだろう。
司法試験不合格者が、裁判所職員とか法律事務所スタッフなんてできるもんじゃない。裁判官や弁護士や検察官を間近に見ていたら、死にたくなるだろう。
二階堂進は、金銭的体力的限界が来るまで、プロテストを受け続けるだろう。プロテスト合格という妄執を振り切れないからだ。
結婚、妊娠出産、自宅購入など、どんなくだらないことでも、やらないと身動きが取れないことがある。
YouTubeでは、身の程知らずの婚活プレイヤーたちが笑い者になっているが、本人たちにしてみれば真剣な行動である。結婚しないといけないと思いこんでいるのだ。
こういうのを文化人類学では通過儀礼という。
今では価値が全くわからない、徴兵検査が、戦前の男性の間では通過儀礼だった。徴兵不合格となったら、人格を否定されたのだ。
徴兵検査不合格でこじらせた人の典型が、津山事件の都井睦雄である。