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東京地判令和6年8月1日 のりこえねっと対暇空茜事件

令和5年(ワ)第70422号
引用は判決文から。強調は筆者による付加。

主文

1 被告は、別紙1の写真を使用し、公開し、又は公衆送信してはならない。
2 被告は、原告社団に対し、77万円及びこれに対する令和4年12月17日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告Aに対し、33万円及びこれに対する令和4年12月20日から支払済みまで年3%の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを3分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。

法律

著作権法

19条(氏名表示権)
1 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。

20条(同一性保持権)
1 著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。

113条(侵害とみなす行為)
11 著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。

概要

  • 令和2年2月、原告A(カメラマン)がColabo代表の肖像を撮影した写真(「本件写真」)を撮影。

  • 原告社団は、令和2年3月~令和4年5月、「シリーズ キモいおじさん」と題する全4回の動画のサムネイルに本件写真を使用。

  • 被告は、令和4年8月~12月、本件写真を利用して作成した動画(「本件各動画」)を自身が運営する「暇な空白チャンネル」(「被告チャンネル」)に投稿。その際、著作者である原告Aの氏名を表示していない。

  • 原告A及び(原告Aから本件写真の著作権の譲渡を受けたと主張する)原告社団(のりこえねっと)が、被告に対し、著作者人格権及び著作権に基づき、本件写真の使用等の差止め及び損害賠償を求めて提訴。

裁判所の判断

争点1:本件写真の著作権の帰属

→ 原告Aによる本件写真の納品及び原告社団による対価の支払をもって、原告Aから原告社団に対して本件写真に係る著作権が譲渡され、原告社団にその著作権が帰属

・・・原告Aは、前訴において、本件写真につき、原告社団に対して「写真の使用権」を譲渡したとの認識である旨や、被告の本件写真の利用をもって「私や「のりこえねっと」の著作権を侵害していることになる」旨陳述したところ、これらの陳述は、原告Aが本件写真の著作権を有することを前提とする趣旨と理解し得ないものではなく、少なくとも、著作権の帰属につき判然としない内容のものであるとはいえる。原告社団が原告Aに支払った対価の額も、Eを含む3名の写真撮影に関するものであることや交通費を含むことを考えると、原告A及び原告社団代表者も陳述するとおり、著作権譲渡の対価としては相当に低廉であると評価し得る。
 しかし、契約書その他直接的に著作権譲渡を裏付ける客観的な資料がないことは、もとより直ちに著作権譲渡がなかったことを意味するものではない。原告社団と原告Aとの関係性に鑑みれば、そのような資料の不存在は必ずしも不自然ないし不合理とはいえない。同様の理由から、支払われた対価が著作権譲渡の対価としては相当に低廉であるとしても、これをもって著作権譲渡がなかったことをうかがわせる事情とは必ずしもいえない。前訴における原告Aの陳述も、趣旨は判然としない部分はあるものの、「譲渡」や「原告社団の著作権の侵害」という表現を含むものである。そもそも、上記陳述は、原告社団が本件動画33及び34の著作権を主張する前訴において原告社団により提出されたものであることや、原告社団と原告Aとの関係性に加え、原告Aは法律の専門家ではなく、法的事項につき不正確な表現をすることも十分にあり得ることをも考慮すると、前提として原告社団に対する著作権譲渡を含意するものと理解するのが相当である。

争点2:原告社団の著作権侵害の成否

→ 被告による本件写真の利用は、本件写真に係る原告社団の著作権(複製権、公衆送信権)の侵害に該当

 (1) 複製権及び公衆送信権侵害の有無(争点2-1)
→ 肯定(侵害有り)

 ・・・本件写真においては、少なくともE肖像部分がその表現上の本質的特徴部分を構成するものといえるところ、まず、本件写真に文字等を付加したにとどまる画像をサムネイルとするもの(本件動画4~8)については、本件写真を「印刷、写真、…その他の方法により有形的に再製」(法2条1項15号)したものを「公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信」(法2条1項7号の2)したものといえる。したがって、これらの動画に係る被告の行為は、本件社団の著作権(複製権、公衆送信権)を侵害するものといえる。本件各動画のうち、動画内で本件写真を利用したもの(本件動画4~17、19、21~23、28~31、34、35)についても同様である。
 また、本件各動画のうち、本件写真のE肖像部分につきモザイク処理や本件イラストを重ねる処理等を施したものをサムネイル画像とするもの(本件動画1~3、9~12、14~30、32~35)についても、そのシルエットやイラストが重ねられていない部分からなお本件写真の内容及び形式を覚知させるに足るものといえる。したがって、これらの動画に係る被告の行為についても、原告社団の著作権を侵害するものといえる。

 (2) 引用の成否(争点2-2)について
→ 否定

 本件各動画は、そのサムネイルの表示及び動画の内容(甲7、8、10。別紙3サムネイル目録及び別紙4動画使用部分目録参照)によれば、EないしColaboの活動に対する批判的な立場から作成されたものと理解し得るところ、本件写真を利用する必要性は必ずしも高くはないとみられる上に、通常の報道ないし批評の域を超えて、EないしColaboを揶揄する文脈において本件写真を利用していることがうかがわれる。また、本件各動画において、本件写真の撮影者、権利者ないし引用元を示す記載等も置かれていない。これらの事情を総合的に考慮すると、本件各動画における本件写真の利用は、「公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評…その他の引用の目的上正当な範囲内で行われ」(法32条1項)たものとはいえないから、適法な「引用」(法32条)に当たらない。これに反する被告の主張は採用できない。

争点3:原告Aの著作者人格権侵害の成否


 (1) 氏名表示権侵害の有無(争点3-1)
→ 肯定

 被告は、本件写真を利用した本件各動画をYouTubeに投稿に際し、原告Aの氏名等を著作者名として表示しなかった。このような被告の行為は、原告Aの氏名表示権(法19条1項)を侵害するものといえる。
 これに対し、被告は、本件写真は様々な媒体で著作者名の表示のないままに利用されていたことをもって、原告Aがこのような利用を広く容認していたというべきである旨などを主張する。しかし、本件写真の利用にあたり著作者名の表示を要しない旨を原告Aが一般的・包括的に意思表示したなどの事情の存在はうかがわれない。また、著作者は、氏名表示権として、その実名等を著作者名として表示し、又は表示しないこととする権利を有するのであって、原告Aが被告以外の者による本件写真の利用に対し著作者名の表示を求めなかったことをもって、被告との関係においても不表示を容認していたものとみることは必ずしもできない。法19条2項に係る主張についても、少なくとも侵害者である被告がこれを主張することは相当でない。

 (2) 同一性保持権侵害の有無(争点3-2)
→ 肯定

 前提事実(3)によれば、被告は、本件動画1~3につき、本件写真にモザイク処理を施したものをサムネイルとして利用したこと、本件動画9~35(ただし、本件動画13及び31を除く。)については、サムネイルとして、本件写真の背景部分を切除すると共にE肖像部分もトリミングして利用したことが認められる。
 また、被告は、本件動画1~32(ただし、本件動画13及び31を除く。)及び35の動画(計31本)につき、本件写真の背景部分に文字列を付す、E肖像部分に吹き出しや文字列を付すなどの処理を施し、その後、このうちE肖像部分の顔部分に本件イラストを重ねる処理をしたことがそれぞれ認められる。
 さらに、これらの改変が原告Aの意に反しないことをうかがわせる具体的な事情はない。
 したがって、被告のこれらの行為は、いずれも原告Aの著作物である本件写真の構図やその内容を同人の意に反して改変したものであり、原告Aの同一性保持権(法20条)を侵害するものといえる。
 これに対し、被告は、本件各動画において、本件写真は、被告によるモザイク処理や本件イラストを重ねる処理により、いずれもその表現上の本質的特徴を感得することができないものになっており、同一性保持権侵害は成立しない旨主張する。しかし、被告による上記処理によっても、なお本件写真の表現上の本質的特徴部分であるE肖像部分の形式及び内容を覚知し得ることは前記(2(1))のとおりである。したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

 (3) 名誉又は声望を害する方法による利用行為該当性
→ 否定

 原告Aは、被告による本件各動画における本件写真の利用につき、原告Aの名誉又は声望を害する方法による著作物の利用である旨を主張する。
 しかし、著作権法113条11項が著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為を著作権人格権の侵害とみなす旨定めているのは、著作者の民法上の名誉権の保護とは別に、その著作物の利用行為という側面から、著作者の名誉又は声望を保つ権利を実質的に保護する趣旨による。このような趣旨に鑑みると、同項所定の著作者人格権侵害の成否は、他人の著作物の利用態様に着目して、当該著作物利用行為が、社会的に見て著作者の名誉又は声望を害するおそれがあると認められるような行為であるか否かによって決せられるべきである。
 本件各動画における本件写真の利用に際し、本件写真の著作者が原告Aである旨の表示はされていない。また、原告社団やEないしColaboも、本件写真の利用に際しその著作者が原告Aであることは表示しておらず、本件写真の著作者が原告Aであることが一般に広く知られていることをうかがわせる具体的な事情も見当たらない。そうすると、たとえ被告による本件各動画での本件写真の利用態様等が原告Aの本件写真の創作意図に反するものであったとしても、当該利用行為は、社会的に見て、原告Aの本件写真に係る著作者としての名誉又は声望を害するおそれがあるものとは必ずしもいえない
 したがって、被告の行為は、著作者である原告Aの名誉又は声望を害する方法によりその著作物である本件写真を利用する行為とはいえず、これをもって原告Aの著作者人格権を侵害する行為とみなすことはできない。

争点4:差止めの必要性の有無

→ 肯定

 本件各動画については、遅くとも令和6年3月20日までに、サムネイルにおいては本件イラストで覆うことにより、映像中で利用されていた本件写真についてはぼかしを掛けることにより、それぞれ本件写真の表現上の本質的特徴を感得し得ないようにした処理が施されたことが認められる(甲16)。
 しかし、被告がなお本件写真のデータを保有しているとみられることを踏まえると、ぼかしを外すなどして被告が本件写真を利用するおそれは依然としてあるとみるのが相当である。
 したがって、原告らの著作権及び著作者人格権に基づく使用差止めの必要性は認められる。この点に関する被告の主張は採用できない。

争点5:原告らの損害の有無及び額

 (1) 原告社団の損害 → 77万円
 ア 著作権侵害による損害 70万円 

 被告は、本件各動画合計35本において本件写真を利用している。その利用期間は、前提事実(3)及び(4)によれば、最短でも1年を超える。また、「出版・報道・教育写真」のウェブサイトでの商用利用につき、「1社・1種・1号・1版・1回・1箇所の使用に限った料金」として、使用箇所・サイズを問わず6か月以下の期間で3万5200円(税込)の料金を設定している例がある(甲12)。さらに、本件は著作権侵害の事案である上、被告は、EないしColaboにつき揶揄を織り交ぜた批判的な立場から作成した本件各動画において本件写真を利用したとみられることに鑑みると、「その著作権…の行使につき受けるべき金銭の額に相当する額」(法114条3項)を考えるにあたっては、任意に締結される利用許諾契約において設定される利用料に比して自ずと高額になるであろうことを考慮すべきといえる。
 他方、本件写真の著作権の譲受けに当たり原告社団が支払った対価は、Eを含む3名の撮影費用及び交通費を含む合計で7万円にとどまる(前記1(1)ア(ア))。また、本件各動画は、被告のEないしColaboに対する批判的立場から作成された一連のものともいえるものである。加えて、上記料金設定の例も、あくまで契約前の段階で公表されている一例にすぎない。
 これらの事情その他一切の事情を総合的に考慮すると、本件において原告社団が「受けるべき金銭の額に相当する額」は、本件各動画の1動画当たり2万円、合計70万円とするのが相当である。これに反する原告社団及び被告の主張はいずれも採用できない。

 イ 弁護士費用 7万円

 (2) 原告Aの損害 →33万円
 ア 著作者人格権侵害による損害 30万円

 本件各動画における本件写真の利用期間及び改変の態様を含む利用態様をはじめとする一切の事情を勘案すると、原告Aの著作者人格権侵害による精神的苦痛を慰謝するには、30万円をもって相当とすべきである。これに反する原告A及び被告の主張はいずれも採用できない。

 イ 弁護士費用 3万円

裁判体

    東京地方裁判所民事第47部
        裁判長裁判官  杉浦正樹
           裁判官  石井奈沙
           裁判官  志摩祐介

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井上拓(弁護士, 弁理士)
お勉強代にさせていただきます。