【イノシチとイモガラ珍百景】 #31 姫様へのおもてなし(3)
先日からずっと、イモガラ島に滞在中のサトコ姫、またの名をワール=ボイドは、連日のようにイモガラ島の権威ある方たちによっておもてなしを受けていた。
それは間違いなく、国家レベルの機密事項であるらしいのだけれども──
なぜかそのたびに、僕とシシゾーも呼ばれてそれに同行する流れになっていたのだった。
「なあイノ、オレたちって別に偉い身分でもないのに、なんで呼ばれるんだろうな?」
いつも元気いっぱい、いかにも庶民代表といったシシゾーが無邪気に僕に尋ねた。
「うーん、そう言われても、僕にもよくわからないよ」
と、これまた庶民代表的な僕は正直に答えた。
そんな会話を横で聞いていた、ワイル王室の執事が、優しく微笑みながら僕らに言った。
「あなたがたは、姫様にとってかけがえのないご友人であらせられます。ですから、むしろこちらの方がお願いしてご同伴いただいている立場なのです。どうぞ、ご無礼をお許しください」
「イノ、シシゾー、今日もよろしくネ! あなたたちが一緒だと、なんだか楽しいのヨ」
ワール=ボイドが、僕らに軽く手を振りながら言った。それならばいいか、と僕らはうなずき合った。
そして、さらにその会話を聞いていた、今回のおもてなしのホストである女性・コマチさんが、深々とおじぎをして言った。
「サトコ姫様、ふつつか者ではございますが、ここからは私がご案内させていただきます。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」
彼女に案内され、しばらく歩いたところで、コマチさんはとある橋の前で立ち止まった。
僕らはその橋を見た瞬間、あっと驚きの声を上げた。
石造りの橋が、昼間にもかかわらず、ライトアップされたかのように虹色に輝いていたのだ。
橋の欄干の柱には、ケーキの上のキャンドルみたいに可愛らしい街灯が施されている。
橋の名を示す看板は、ビーズのような細かい装飾で贅沢に縁取られていた。いわゆる“デコった”感じ。
「こちらが、この周辺では知る人ぞ知る“ワルツ橋”でございます。この橋を渡った先はショッピング街となっておりまして、渡る時に早くお買い物がしたくて、心がはやることから、通称“ウキウキ橋”と呼ばれております」
「それ、よくわかるワ! 今まさに、そんな気持ちですもの」
ボイドが、胸に手を当てながらうっとりと目を細めた。
橋の前に立てられた看板には、なんだか歌詞みたいな言葉が書き綴られていた。
架かる 渡る 橋の上
心 はやる その向こう
足取り 軽く 飛び跳ねる
勢い 余り 踏み抜いた
ルルル ラララ ウキウキと
ラララ ルルル お買い物
「王室政治時代は、ここでこの歌に合わせてワルツを踊る催しが開かれていたそうです。しかしながら、当時の橋はまだ木製で、あまりに皆が楽しく元気に踊ると、しょっちゅう足元を踏み抜いてしまったそうですよ」
「アハハ、昔のひとたちもはしゃぎ過ぎることがあったんすね」
僕らは談笑しながら、きらめく橋の上をゆっくりと歩いていった。
「見てください、これ。表面に細かい宝石の粒子を散りばめてあるんですよ」
そう説明するコマチさんは、どこか得意そうだった。
「まあ、これはまるで、ダイヤモンドのような輝きネ。見慣れた感じがしたのヨ」
ボイドが目を見開き、橋の欄干に顔を近づけた。
「さすが姫様、お目が高い! おっしゃる通り、この粒子のほとんどはダイヤモンドの破片でございます。あとはルビー、サファイア等も少々」
「やはり、そうだったのネ。コマチ、ワイル島では、細か過ぎて使えない宝石のカケラがたくさん出るのヨ。もしよろしければ、今度差し上げるワ」
「えっ!? そ、それはまことにありがたきお話ですが……よろしいのですか?」
「もちろん! お洋服を作る時に、スパンコール代わりに散りばめても素敵だし、食器の装飾にも良いわネ。じいや、ワイル島に戻ったら早速手配をしてちょうだい」
「はっ、かしこまりました」
コマチさんとボイドの会話を聞きながら、あまりの価値観の違いに僕はのけぞりそうになった。これがセレブたちの会話というものなのか。
「こんなに派手で見栄えがする橋なら、とっくに人気スポットになっててもいいのにな!」
シシゾーが、首をかしげながら言った。
「そうだね。ここって、 “イモガラ珍百景”の本には載ってなかったような」
僕の言葉を聞いた瞬間、コマチさんの表情が少しばかりこわばって見えた気がした。
「……ええ。そうですね」
やや重々しい口調で、彼女は言った。
「我々が、それに異を唱えたものですから」
「えっ」
僕とシシゾーが目を丸くしていると、いつの間にか橋を渡り終えていたボイドが、向こうから楽しそうに手を振っていた。
「ほらァアナタたち、遅いわヨ! 早く行きましょうヨ~」
──それから、約2時間後。
僕らは再び、ウキウキ橋のところへ戻ってきた。
「あー、いっぱい買っちゃった! 楽しかったワ~」
思う存分買い物をしたワール=ボイドは、セレブたちの間で大人気の“ジュエルソフトクリーム”を美味しそうに食べていた。
「姫様が喜んでくださって、何よりですわ」
ワイル島の姫をもてなすという大任を果たしたコマチさんは、少しホッとしたような表情をしていた。
「あらァ、もうそんなに改まることなどなくてよ、コマチ。ワタシたち、もうお友達なんだから」
「えっ……そ、それはまことに、恐縮です」
「ほら、そういう話し方はノーノー!」
ボイドとコマチさんは、すっかり打ち解け合った表情で、仲良く肩を並べて歩いてゆく。
そしてその後ろから、僕とシシゾーと執事は、それぞれに両手いっぱいの紙袋やら箱包みやらを抱えて、えっちらおっちらとついていくのだった。
「し、シシゾーちょっと待ってよ、ヒイィ」
「おっそいぞイノ、これも筋トレと思えば安いもんだぜ! ま、オレには全然ヨユーだけどな! アハハ」
「いやはや、本当に申し訳ございません、お二方」
と執事が、額に汗をにじませながら言った。
「おそらく、姫様はこのような事態を想定しておられたのかと……」
「ハハ……ですよねー……」
【ワルツ橋(ウキウキ橋)】 レア度:?????