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【イノシチとイモガラ珍百景】 #30 姫様へのおもてなし(2)

「ねえじいや、今日はどこへ行くのかしら?」
「姫様、本日は旧・王室劇場敷地内の、野外小舞台を特別にご案内いただけるとのことです」

先日に引き続き、僕とシシゾーはサトコ姫ことワール=ボイドの希望により、イモガラ島の由緒ある場所を訪れていた。

旧・王室劇場は、イモガラ島において最も長い歴史と伝統を持つ、誇り高き大劇場である。スケールの大きな演劇やオーケストラコンサートなどを上演し、ドレスコードもあって、まあ正直に言うと、僕らみたいな庶民にとってはちょっと敷居の高い劇場だ。

ところが、最近になって、この劇場始まって以来の革新的なお芝居が上演され、大好評を博した。それが何を隠そう──僕をモデルにした(と言われる)主人公が仲間と巡り会い、伝説のキノコを見つけて賢者と呼ばれるまでの壮大な(?) ストーリーの舞台演劇である。
しかもつい先日から、アンコール上演が始まり、これまた大盛況だという。

といっても、今回の目的はあくまでも、この劇場の敷地内にある“野外小舞台”だ。
既にこの日の公演の行列ができていたため、係員に秘密の抜け道へ誘導されつつ、僕らは周りが木々に覆われている施設の前までやってきた。
そこには、いかにも飾らない普段着姿の男性が、僕らを待っていたのだった。

「ようこそお越しくださいました、姫」
その男性は、ワール=ボイドにうやうやしくおじぎをした後、彼女の後ろに控える僕たちの姿に気づいて、ああ、とニッコリ笑った。

「あれー!? もしかして、イノシッちゃんにシシゾーちゃんじゃね? うわー、まさかこんな所で会えるなんて思わなかったよ、いやあどうもどうも」
え……誰だっけこのひと、と僕らがポカンとしていると、
「あ、自己紹介がまだだった! ……オホン。本日、案内役を務めます、ナリヒラと申します。サトコ姫、お目にかかれて光栄です」

ナリヒラと名乗った彼は、即座に手を伸ばしてボイドに握手を求めた。ボイドも微笑みながら、何事もなく自然に握手を交わした。
「はじめまして。アナタがナリヒラさんね? あなたの素晴らしい評判はかねがね、うかがっておりますわ」
「これはこれは、身に余るお言葉、光栄です」

胸に手を置いて感激のポーズを示したナリヒラさんは、さて、と一呼吸置いてから僕らに向き直った。
「イノシッちゃん、覚えてる? 前に“伝説のキノコ発見の地”で会ったことあるよね」
「伝説のキノコ……ハッ! もしかして、あのハリボテ持参で撮影に来られてた方、ですか? そうだ、ミチナガさんたちと一緒に」
「そうそう、めっちゃマニアックな男と一緒にね」
と、ナリヒラさんは思い出し笑いしながら答えた。
「アイツ、俺の昔からのダチだから」
「え、そうなんすか!」
とシシゾーが声を上げた。
「あのひと、あれから何度も会ったり、オレたちのこと助けてくれたりしたんすよ」
「あらァ、アナタたち、もうとっくにお知り合いだったのネ! ワタシも混ぜてくださらない?」
と、ボイドも割って入ってきた。
「もちろん。友達の友達は、皆友達ですから」
ナリヒラは臆することなく、ニコニコしながら答えた。シシゾーとはちょっと違うタイプだけど、このひともまた交友関係を広めるのが上手そうだな。

「さて、これからこちらの施設を特別にご案内いたします。ただいま鍵を開けますので、しばしお待ちを」
そう言ってナリヒラさんは、懐から取り出した鍵を入り口に掛かっていた錠前にはめ込んだ。
その錠前は、たいそう珍しい外見をしていたけれども……あれ、僕どこかで、こういう錠前を確かに見たことがあるぞ……?

カチャリ、と乾いた音が小さく響き、鉄格子の扉がゆっくりと開かれる。
僕らはその奥の、木々に覆われて薄暗い通路を歩いていった。
通路を抜けたその先には、小ぢんまりとした半円状の舞台が広がっていた。

「ここは本来、王族の血を引く者しか出入りを許されない場所です。今回だけは特別に、ご案内いたします」
「えっ、そうだったの? じゃあ超ラッキーだな、オレたち!」
「あ、あのナリヒラさん、僕たちは何か罰を受けたりするんでしょうか」
シシゾーと僕の真逆な反応に、ナリヒラさんが思わず吹き出した。
「罰? アッハハハ、そんなこと心配しなくてもいいって! 面白いなあ、イノシッちゃんは」
「そうヨ~イノ、ワタシがついてきてって言ったんだから大丈夫ヨ」
ナリヒラさんとボイドに同時にツッコミを入れられ、僕は赤くなりながらうなずいた。その直後、えっそれってつまり……? と頭の中にある仮説が湧き起こり、僕はナリヒラさんの顔をマジマジと見つめた。

ナリヒラさんはというと、僕のそんな視線など気にする様子もなく、相変わらず穏やかに笑みを絶やさず、ボイドを丁寧にエスコートしている。
石の壁を背景にした舞台を少しだけ見下ろす感じで、やや傾斜のついた客席が扇形に配置されている。客席はカーブ状の木製の長椅子で、四隅を縁取るようにツタとキノコで装飾されている。
そしてそれを包み込むように、四方八方から木々が我先にと枝を伸ばし、舞台上にも客席にも木もれ日が、絶えずその形を変えながら影を落としている。

「ここは、いわゆる自然光のみで演出される舞台なのですよ」
と、ナリヒラさんが言った。
「ゆえに、照明もマイクもあえて用意せず、生身で見せる、と。演者にとっては、まさに腕の見せ所ですな」
「あらァ、それはエキサイティングね!」
自らもダンサーであるボイドが、目を輝かせた。
「ね、ワタシ、ここで踊ってみたいのだけれど、良いかしら?」
「姫様、あまり無茶をおっしゃるものではありませんぞ」
ワイル王室の執事が、すかさずボイドをたしなめたものの、
「おっ、それは面白そうっすね」
意外なことに、ナリヒラさんも乗り気で応じてきた。
「じゃあ、せっかくなんで、俺も一緒に歌いましょうか」
「あれ、ナリヒラさんってもしかして、歌うひとッすか?」
シシゾーの問いかけに、ナリヒラさんはニヤリと笑ってこう返した。
「さあね、どうかな? 試してみる?」

ナリヒラさんは、ゆっくりと舞台に上がり、中央に立ち客席に向かい合った。
彼は静かに呼吸を整え、精神を集中させると、目の前に語りかけるように歌い始めた。

なれし こきょうを あとにして
けわしきかのち いざゆかん
うらみはすまい なんぴとも
すべてはてんの おぼしめし
きょうがわれらの よきかどで

ちょうど一番の歌詞を歌い終えたところで、最初は黙って聞き入っていたワール=ボイドが、素早く壇上に駆け上がり、ナリヒラさんの横に立った。
そして二番の歌詞が始まると同時に、ボイドは大きく腕を広げて踊り始めた。

はれた よぞらに ほしがまい
やみよのこころ てらしだす
けなしはすまい なんぴとも
これがまことの さばきなり
きょうがわれらの はれぶたい

時に蝶のように羽ばたくしぐさで、また時に胸のあたりで祈るようなポーズを捧げ、いつしかステージの隅から隅まで跳ね回りながら、ボイドは自由奔放に舞っていた。
僕らはしばしの間、圧倒されながらそれに見入っていた。

おきにみえるは かざんとう
けわしきかのち ついのすみか
いじけはすまい いつまでも
すべてはここから またいっぽ
きょうはわれらの いわいのひ

こうして、三番まである歌詞を、ナリヒラさんは朗々と良く通る声で歌い上げたのだった。
歌い終えると、彼はゆっくり僕らを見渡し、そばで少しばかり息を弾ませているワール=ボイドを感慨深そうに見つめた。

「ぶ……ブラボー!!」
我に返ったシシゾーが、必死で手を叩きながら口笛を鳴らした。
僕もそれに負けじと、力いっぱい拍手をした。
僕らのすぐそばでは、ワイル王室の執事が、しきりと目元をハンカチで拭っていた。

ナリヒラさんとボイドは、お互いにうなずき合い、ガッチリと握手を交わした後、ふたり同時に深々とおじぎをした。
そう、これはまさに、イモガラ島の歌手とワイル島のダンサーによる、奇跡的なコラボレーションだったのだ。

「あ! オレ、やっと思い出した!」
興奮冷めやらぬ表情のまま、シシゾーが叫んだ。
「こないだ、テレビで今の歌を歌ってるの、見たんだ。そっかぁ、あれがナリヒラさんだったんすね!」
そういえば、と僕もようやく思い出した。おそらくシシゾーと同じ時間帯に、僕も家でその歌番組を見ていたからだ。この曲自体は、以前に見守りの岬灯台で、灯台守のサツキさんが歌っているのを聞いたことがあるけれど。

「おっ、やっと気づいてくれたかぁ。よかった、ホッとしたよ」
そんな軽口を叩きながら、ナリヒラさんは満足そうに笑った。
「おおぉ……まさか、イモガラ島でこの歌が聞けるとは思いませんでした」
と、まだ感動の涙にむせびながら執事が言った。
「この曲は、かつて故郷を追われた我々の祖先が、これからは新天地で前を向いて歩いていこう、と宣言した歌なのです。ですから、我々ワイル島の住民にとって、非常に大切な意味を持っているのですよ」
「……お察しいたします」
神妙にうなずきながら、ナリヒラさんが執事に一礼した。
「私も、一歌手として、この曲をこれからも大事に歌い続けていく所存であります。かつての歴史を、決して忘れないために」
舞台から降りてきたワール=ボイドは、執事のそばに歩み寄り、彼の背中に優しく手を添えた。
「良かったわね、じいや。ワタシも、すごく感動してしまったワ~」
「姫様、このじいや、これほど嬉しいことはございません」

一連の流れを見守っていた僕らも、なんだかちょっと感傷的な気持ちになっていた、その時。
突然、旧・王室劇場方面から歓声が一斉に聞こえてきた。

「ん?」
僕らがつい、その歓声に気を取られていると、ナリヒラさんが少し苦笑いして言った。
「お、そろそろ今日の物販が始まる頃かぁ」
「ブッパン? って、何すか? 新作の菓子パン?」
シシゾーの、本気だかギャグだかわからない問いにも、ナリヒラさんは生真面目に教えてくれた。
「物販ていうのはね、今また、イノシッちゃんをモデルにしたお芝居が再演されてるだろう? それのグッズ販売のことさ。今日は夜だけの公演なのに、こんな昼前からもう並んでるってんだからね」
「ひええ、今からですか? すごいなぁ」
「そうだよイノシッちゃん、ファンの情熱ってのはものすごいんだ」
と力説するナリヒラさん、どうやら身に覚えがあるようだ。

「きっと今頃、あのミチナガも行列に並んでると思うぜ。アイツ、例によって今回も“全通”らしいから。しかもほら、イノシッちゃんが初日に舞台挨拶に来ただろ? あれのために、向かいのホテルに前日泊まってたから」
「エェェ……そ、そうなんすね……」

僕が驚きを通り越して若干怖さすら覚える中、ワール=ボイドは執事にワガママを言って彼を困らせていた。
「ねえ、ワタシもぜひそのお芝居を見てみたいワ! 今夜のチケット、なんとか手配できないかしら? 見たい、見たいのヨ~」
「そうは言いましても姫様、今夜はディナーショーの予定が……」

やれやれ、こちらはこちらで、ひと騒動ありそうな予感かも!

【旧・王室劇場 野外小舞台】 レア度:?????


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