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【イノシチとイモガラ珍百景】 #26 虹色のハチミツ

よく、同じカテゴリーでくくられるものに関して「〇〇シリーズ」と名付けることがある。このイモガラ島でもそのようなものは色々あって、“イモガラ珍百景”の中にも実は存在していた。それが、“虹色”シリーズである。

今回は「虹色のハチミツ極秘生産跡地」、通称“虹色のハチミツ”と呼ばれる場所へやってきた僕、イノシチと親友のシシゾー。
「やっぱりさ、虹色ってカッコいいから“珍百景”になってんじゃね?」
とのんきに笑うシシゾーに、いやたぶん違う、と僕は心の中でツッコミを入れた。

森の中、地面に、大きく何か囲ってあるような線が引かれている。よく見るとそれには辺があって、それに沿ってぐるりと一周してみると、どうやら六角形の形になっているようだ。
すぐそばには例のごとく看板が立っていて、『幻のハチミツが極秘裏に製造されし跡地』と書かれている。
“イモガラ珍百景調査員”ことカゲヤマさんの本にも、ちょっともったいぶった感じでこの場所が紹介されている。『かつてここで、王室に献上するための“虹色のハチミツ”が生産されていた。そのハチミツはこの世のものとは思えぬほどの美味で、ひとさじ味わった者はたちどころに夢の彼方へと意識が遠のくほどであったという。』

え、それってむしろ危ないんじゃないの? と僕が少し引いていると、シシゾーが無邪気に言った。
「すっげえ、そんなに夢みたいな味なら、オレもなめてみたいな」
「でも、おいしすぎて逆に毒だったりしないのかな?」
などと話しながら、僕らはその続きの文章を読んでみた。
『……しかし、ある年を境にぱたりとその生産は中止された。というのも、虹色のハチミツを生み出すニジイロバチがイモガラ島から姿を消してしまったからである。当時の王族たちの間で、このハチをペットとして飼ったり食べたりするのが流行し、いたずらに乱獲されたという記録も残っている。当然のことながら、そんなことをしてもハチミツなど生まれようがない。まさに愚の骨頂である。』これはこれは、なかなか辛口の批評。

「えー、そうなのかぁ。残念だなあ」
シシゾーが、心から悔しそうな顔をして言った。わかりやすいな、とつい笑いそうになったけれど、そもそも、この場所は“虹色のハチミツ”という呼び名で知られてしまっている。そんな名前だったら、ここに来ればハチミツにありつける、と思うひとはシシゾー以外にもたくさんいそうだな。
改めて、僕は地面の六角形の囲みに目をやった。囲みの線は、微妙に上から書き直されたりしているようで、ところどころ下の線からはみ出しているところもある。いっそのこと、消えないように溝みたいにしたらいいのに。
それにしても、看板や情報がなかったら、ここで昔ハチミツが作られていたとはなかなか想像しにくい。なぜなら、地面の謎の六角形の囲み線以外、周りにはハチの巣箱も建物もなかったからだ。ただその空間が、木々がそよめく周りの場所よりもがらんとしているだけだった。

なんだか少しさびしい気持ちになってきたので、そろそろ帰ろうか、と僕が言おうとしたその時。

「ん? ……これは」
急にシシゾーが、鼻をクンクンさせながら辺りをうろうろし始めた。
「えっ、どうしたのシシゾー」
「イノ! なんかよくわかんねーけど、匂うんだよ! なんか、かいだことのない甘い匂いがさ」
おそるべしシシゾー。まさか、と思いつつ、僕の胸もなんとなく高鳴ってしまう。
「一体、どのあたりから?」
「うーん……そうだなあ、うーん……上のほう?」
「上? そんな、空から降ってくるわけじゃなし」
と笑いつつも、僕らは一心不乱に甘い匂いの元を探し回った。シシゾーの口の端からは、もうよだれが垂れそうになっている。
「イノ、このへんがあやしいぜ」
ふとシシゾーが、一本の木の前で立ち止まった。その木はほかの木よりもひときわ大きく太い幹で、空がほとんど見えないほど葉が覆い茂っていた。
「やっぱりこれだ! イノ、オレちょっと登って見てくるわ」
そう言うや否や、シシゾーは木の幹に飛びつき、あっという間にひょいひょい登っていってしまった。
「あっ、待ってよシシゾー」
と言いつつ後を追って木には登らない僕、我ながらちょっとずるい。いや、僕が下で見守っていないと、落ち着きのないシシゾーだから何があるかわからない。そういうことにしておこう。
「うお! おおー!!」
興奮したシシゾーの声が下まで届くのに、さほど時間はかからなかった。
「イノ! すげえよこれ、瓶がいっぱいだ」
「えっ、瓶? どういうこと?」
「上の方の枝に、瓶がいっぱい絡みついてんだよ。取れないかな、これ」
ふんぬぅ、とかぬごぉ、といったおかしなかけ声が、次から次へと聞こえてくる。いいのかな、勝手にそんなことして。いやそれよりもまず、枝に瓶が……って何?
「シシゾー、その瓶には何か入ってるの?」
「うん、なんかカラフルなものが詰まってるぜ!」
言うが早いか、いきなりポーン! と木の上から何かが勢いよく落ちてきた。ひゃ、と悲鳴を上げながら僕は、ギリギリのところでそれを受け止めた。それは、回して開けるタイプのフタが付いた小瓶だった。
「わ、危ないってばシシゾー! 下に落とすときは先に言ってよ」
「えっ、オレまだ落としてないけど?」
キョトンとしたようなシシゾーの声と同時に、また一個同じくらいの瓶がポーン! と落ちてきた。危ないことこの上ない。
「ほらまた言ってるそばから!」
「いやだから違うって! オレじゃないって!」
弁解するように、スルスルスルッとシシゾーが木から降りてきた。僕が手にした瓶を見るなり、やっぱり! と両手を広げて大喜び。
「イノ、この木の上にも、こういう虹色の瓶がいっぱいあるんだ! どうにか取れないかな、って頑張ってたらさ、なんかほかの場所にあったのがいきなり落っこちたんだよ! 見ろよほら、絶対これ虹色のハチミツだって」
「うーん、そう言われてみると確かに……」
瓶の中いっぱいに詰まった虹色の何かは、ところどころ白く固まったりしてはいるものの、確かにカラフルなハチミツのようにも見えてくる。でも、どうしてこれがこんな高い木の上に……? と考えを巡らせたのもつかの間、

「あ、危ないイノ!」
いきなりシシゾーが僕に覆いかぶさるようにとびかかってきて、ふたりとも少し離れたところに倒れこんでしまった。
次の瞬間──
ポポポポポポーン……ゴトゴトゴトゴトドスドスドスドスッ!!!
一体どうやって木の上に隠れていたのかと思うほどのフタ付き小瓶が、突然のスコールあるいはひょうのごとく、地面に降り注いできた!
僕とシシゾーは地面に倒れこんだまま、しばらくの間ぽかんと口半開きで呆然としていた。
「……ふー。危なかったぜ」
ようやく起き上がったシシゾーが、勢いよく身体中のほこりをたたき落とした。
「……あー……怖かったぁ」
僕ものろのろと起き上がり、今いっぺんに落ちてきた小瓶の中身がどれもほぼ同じであることを確認した。
「これ、いつ作られたのか知らないけど……本物の“虹色のハチミツ”だったらすごいよね」
「だよな! ものすごい値段が付くかもな」
僕らは手をたたいて喜び合った。跡地ってだけじゃなかった、などと言い合っていると、何かが僕の顔にピチャリとかかった。
「…ん?」
僕は顔にかかったものを手で拭い、フンフンと鼻を近づけてみた。とても甘くて美味しそうな匂いがする。
シシゾーも僕の手に鼻を近づけて、同じように匂いをかぐなりこう言った。
「あ! これこれ、この匂いだよイノ」
「えっ! そうなの?」
と驚いていると……一滴、また一滴、と同じものがまた顔にかかった。
「なんか、上から垂れてきてるっぽくない?」
と、僕が何気なく上を見上げたその瞬間──

ドブワァァァーーーーー!!!

僕の顔じゅうに、いやもはや顔を飛び越えて身体から足元まで全部、あっという間に僕はその甘いものまみれになってしまった。
「うわー! なんだこれー」
辺り一帯に、僕の悲鳴とシシゾーの大笑いが響き渡った──

後で判明したところによると。
シシゾーが木の上で見つけた小瓶の中身は、やはり幻の“虹色のハチミツ”である可能性が高いということだった。
僕を頭からつま先までハチミツまみれにしたものに関しては……どういうわけか、木から落ちるときに、一つだけフタが締まりきっていないものがあって、それがたまたま木の枝の間にひっかかり、そのはずみでフタがあいて中身が全部こぼれ出てしまった、らしい。なんというか、まあ。

ちなみに、僕らも一応、このハチミツの味見をしてみた。どんな味だったか、って?
……うーん、匂いはとても甘かったけれど、さすがにちょっと古くなってるって感じ、かな?

【虹色のハチミツ】 レア度:マツタケ級

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