【イノシチとイモガラ珍百景】 #25 星積み塚
イモガラ湖の北側、街道から少し奥へ分け入ったところ。
「今度こそこっちだって! さっき間違えたから、もう大丈夫だよ、イノ」
「何だよその妙な自信、もう暗くなり始めちゃったじゃん」
僕らは、イモガラ島各地にある“イモガラ珍百景”の一つである“星積み塚”という名所を見に来たのだけど、なぜか何度も道に迷ってしまい、気がつけばもう日は落ちかけ、辺りは少しずつ夜への準備を始めていた。
星積み塚とは、こんもりと山のように盛られた土の上に、星のような形をした石ばかりを積み上げて作られた不思議な塚。イモガラ島に古くから伝わる物語によれば、この星形の石はかつて空で瞬いていた星のかけらたちが地上に落ちてきたものと言われている。
イモガラ珍百景調査員・カゲヤマさんのガイドブックを参考に、示された通りの道順を来たつもりだったのだが、毎度おなじみシシゾーの気まぐれな行動によって(例:珍しいキノコを見かけるとすぐにそっちへ走っていく、など)いつしか地図にない道へ迷い込んでしまったのだ。
「そうだ! よーし、今夜は野宿しようぜイノ」
「そんなこと言ったって、キャンプの道具も持ってきてないのにどうするんだよ」
「平気平気、まだ夜でもあったかいから」
いやそういう問題じゃなくて、と僕は危うく言いそうになるのをこらえた。やたら順応性が高く、どこでも寝られるシシゾーは確かに野宿向けだけれども、着の身着のままで地面の草の上に寝っ転がったらきっと、やれ草がチクチクするだの、また虫に刺されただのうるさそうだ。
「そう遠くない場所に、こんにゃくおじさんのお店があるはずなんだ。もしどうしようもなくなったら、一晩そこで休ませてもらおうよ」
「お、その手があったか! じゃあ、そうしよう」
僕の手堅い提案に、シシゾーはあっさりと意見をくつがえした。良くも悪くもテキトーな男である。
とは言ったものの、辺りはどんどん暗くなっていき、おまけにこの辺りには街灯もない。一刻も早く、こんにゃくおじさんの店“カリヤド”を探さなければ。
雲一つない空に、一つ、また一つと星が姿を現し始めた。今夜の月はほっそりとして、ちょっと控えめに僕らを見下ろしている。
と、その時、
「おい、イノ! なんだよあれ!」
突然、シシゾーがすっとんきょうな声をあげたものだから、僕はあやうく木の根元につまづきそうになった。カランと少し乾いた音がして、つま先に何かが当たった。拾い上げてみると、やけにゴツゴツと角の多い石ころだ。何かにつまづきかけた。カランと少し乾いた音がした。なんだか変わった形だな。
「おーい、早く来いよイノー」
あ、待ってよシシゾー、と僕は石をズボンのポケットに突っ込んで、シシゾーの声のする方へと向かった。
「ほら、あれだよあれ、きっとそうだよ」
シシゾーがしきりに叫びながら、前方を指さしている。その先にはなんと──こんもりと盛り上がった小山のようなものが、ぼうっと淡い光を放っているではないか。
少しばかり走って、光る小山の前にやってきた僕らは、その光にはよく見るとところどころ小さな隙間があることを知った。全体が、というよりもむしろ、全体にちりばめられたあるものが自ら輝きを発しているのだ。
「シシゾー、デコボコな石がびっしりくっついてるよ」
おそるおそる僕は、その石の表面に触れてみた。一つ一つが硬くてゴツゴツして、ほんのり温かい。少しばかりいびつではあるけれども、よく見るとどれも星のような形をしているのがわかった。
「すげー! 星形の石がいっぱいだ」
「本当だ……そうか! だから“星積み塚”なんだね」
自分たちが探し求めていたものは、まさにこれだったのだ、ということがようやく確定した僕らは、しばらくの間その光景に目を奪われていた。
星積み塚は、穏やかに、けれども力強く、その存在を知らしめていた。まるで、この地上にも星は光り輝いているのだ、と言わんばかりに。
「イノ! なんかお前のズボンも光ってるんだけど」
急にシシゾーが、僕のズボンのポケットを指さした。
「えっ、何急に」
自分の服装を改めて見直した僕は、思わずギョッとした。先ほど拾った石を突っ込んだズボンのポケットの部分が、何やら光りだしていたのだ。こ、こわっ。
とその時、僕の頭上に何かがコツリと当たる音がした。
「いたっ、何するんだよシシゾー」
「えっ、オレ何もしてないって」
「変だなあ、確かに今頭をたたかれたみたいだけど」
「なんだよ、オレを疑うのかイノ」
などと話していると、今度はシシゾーの頭の上にも何かがコツリと落ちてきた。
「いって! お前の方こそなんだよ」
「いや、僕何もしてないよ」
「とぼけたってムダだぞ、イノ!」
危うくけんかになりそうな空気が漂い始めたその時──
バラバラバラバラバラバラッ!
いきなり、先ほどの頭に当たった時どころでは済まないような量の何か──しかも、どれもそれぞれに光を放ちながら──が、勢いよく僕らの頭上に降り注いできたではないか!
「うわー、ひょうでも降ってきたかぁ?」
これはまともに食らったら大変だ。僕らはあわてて、手近な大木の下に身を寄せた。木の枝の隙間からも、時折小さいのがすり抜けて体に当たったりした。
「シシゾー、見てこれ」
光る石をどうにかよけながら、空から降ってきたものの一つを手に取った僕は、それをシシゾーに見せた。
「これ、あの塚の石と同じような形だ」
僕はある結論に至り、急いでポケットからさっき拾った石を取り出した。石はゆっくり呼吸するみたいに、その輝きが大きくなったり小さくなったりしている。
「ほらシシゾー! こっちは、僕がさっき拾った石。そっちは、今一気に降ってきた石の中の一つ」
シシゾーは最初、言っている意味がよくわからなかったらしくキョトンとしていたが、やがてカッと目を見開いた。
「あっ! ってことはこの石も、あの塚にびっしりの石も、出どころは同じ……ホントに空から降ってきた石、ってことか!」
気がつけば、僕らの周りは空から思いがけず降り注いだ光る星形の石だらけになっていた。
「おーい、誰かいるのかい?」
光る石たちの向こう側から、誰かがランタンを手にこちらへ近づいてくるのが見えた。
「急に外でものすごい雨音がしたので出てみたら、こりゃまあ一体……って、イノシチ君にシシゾー君じゃないか!」
なんとそれは、近くでこんにゃくそば屋を営む、通称“こんにゃくおじさん”ではないか! なんとありがたい。
「おじさん! オレたち、“星積み塚”を見に来たんすよ。夜になるとあんなに光るんすね! スッゲー!」
シシゾーの興奮冷めやらぬ声を聞いたこんにゃくおじさんが、一瞬不思議そうな目をした。
「えっ、何だって? 星積み塚が……なんと! 本当に光っているじゃないか」
「……あの、おじさん」
と僕は、話の邪魔をしてしまわないかと思いつつ尋ねてみた。
「もしかして、おじさんも星積み塚が光るのを初めて見たんですか?」
「いや、初めても何も……あの塚が実際に星みたいに光るだなんて、軽い冗談程度なら聞いたことがあったけどね、まさか本当だったとは」
えっ、この色々知ってそうなおじさんでさえも知らなかったの? 僕とシシゾーは、思わず顔を見合わせてしまった。
「それにこの……まさか、この地面にいっぱい散らばってるのが、今空から降ってきたものの正体だって言うのかい!? だとしたら、これは大事件だよ、君たち。一体何があったのか、おじさんにも教えてくれないかな」
──それから数日後。
僕とシシゾーが星積み塚で経験した話に、案の定尾ひれはひれが付きまくって、いつの間にやら僕は“星の石を操って、夜空から光る星のかけらを呼び寄せる儀式を行い、降り注いだ石たちを星積み塚に捧げた”ということになってしまったらしい。もはやキノコ町じゅうこの話でもちきりで、会うひと会うひとことごとく、僕の顔を見ればすぐにこう声をかけてくるのだった。
「いよっ! さすが賢者!」
いや、だから僕は賢者なんかじゃないんですってば!
【星積み塚】 レア度:エリンギ級