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【イノシチとイモガラ珍百景】 #27 キノコの神様像

イモガラ島にも、秋がやってきた。秋といえば収穫の季節。イモガラ島で真っ先に思い浮かべる収穫祭といえば、“キノコフェスティバル”を抜きにして語ることはできない。

キノコフェスティバルとは、イモガラ島でもトップクラスに盛り上がるお祭りだ。キノコの研究者であるウリ山博士が実行委員長となって、日頃キノコをたくさん食べられることへの感謝を捧げ、これからもさらにキノコを食べまくろうと願う楽しいイベントである。

そもそもキノコといえば、この島のイノシシたちにとっては日常的に親しみ深く、主要な食材の一つである。
そればかりかむしろ、地方によっては信仰の対象とされていることさえあって、特に東のモミジ村においては木で彫られたキノコの神様像が村の特産品となっているほどである。
キノコの神様は、大きくて赤い頭の、白いヒゲを生やしたおじいさんのような顔をしていて、お気に入りの杖を持っている姿が一般的に知られている。
なぜそんなに具体的な見た目がわかるのかというと、島民の中には、実際にキノコの神様をこの目で見たことがあるという者がごくたまにいるためだ。
そしてなんと、僕イノシチの親友・シシゾーもまた、その数少ない証人のひとりなのだ!

ある日のこと。久しぶりに、僕らはモミジ村を訪れることになった。
僕らがモミジ村に一歩足を踏み入れたその時、村の奥の方から何やら大きな叫び声が聞こえてきた。それに続くように、ひとり、またひとりと大声のした方へ駆けていくのが見えた。
「ん? 何かあったのかな」
僕が首をかしげた時にはもう、シシゾーが早速村のひとを捕まえて尋ねているところだった。
「こんちわ! あの、どうかしたんすか?」
「大変だよ! 今、村長がほこらにお供え物をしに行ったら……なかったんだよ」
「えっ、何が?」
「だから、ないんだよ! キノコの神様が! あんたたちも、来てみればわかるって」

この村のほこらにまつられているキノコの神様像は、特別な存在だ。神様は、この像を通じて僕らの世界に姿を現すという。その言い伝えにより、“イモガラ珍百景”に選ばれたそうだ。
僕らはそのひとに連れられ、村の奥のあまり日のあたらない、苔むした場所にあるほこらの前にやってきた。うん、確かにこれには見覚えがある。
ところが、僕らが興味津々で、ほこらの中を覗き込むと……
なんとそこには、何もなかった。そこにあるはずのキノコの神様像が、忽然と姿を消していたのだ。

「なんだなんだ、一体どうした?」
気がつけば、騒ぎを聞きつけたほかのひとたちも、ぞろぞろと駆けつけていた。
「大変だよ! キノコの神様が、いなくなっちまった」
「あれよ、あんちゅうだんべか!」
「もうすぐ、キノコフェステバルも始まるってのに」
村の皆さんは、動揺のあまりそこらじゅうを走り回ったり、オロオロと同じところを行ったり来たりしている。
「困ったな、あれはキノコフェステバルの時に必要なのに」
「えっ、あの像が?」
僕の問いかけに、そうだ、と皆いっせいにうなずいた。
「あれがねえとよ、キノコの神様の前で“キノコチャンバラ”を披露できねえだよ」
「キノコチャンバラ? 何すか、それ」
「お、あんたたちは知らなかっただか? キノコチャンバラ、つってもな、チャンバラというよりはキノコの“舞い”って感じなんだけどよ」
おしゃべりな村人のひとりが、得意そうに話し始めた。
「この村にはな、昔っから、キノコの神様に喜んでもらうための踊りが伝わってるんだ。その踊りを、今度のキノコフェステバルの会場で、みんなの前で初めて披露するんだけどよ、その時にキノコの神様像も一緒に連れてくはずだったんだわ。それがうちの村の決まりだからよ」
「えーっ、それってヤバいじゃないッすか! イノ、オレたちもキノコの神様を探しに行こうぜ」
えっ今から? と危うく言いそうになったのをこらえ、僕はとりあえずうなずいてみせた。村の皆さんがあまりにも真剣だったし、何しろキノコフェスティバルの日はもう間近に迫っていたからだ。

モミジ村の端っこの方にある、深い森の中。時折降り注ぐ木洩れ日が、足元を優しく照らす。
「イノ、オレにはなんとなく分かるぜ。このへんは、なんとなくあやしい」
シシゾーが、いかにも自信ありげに言った。僕は、本当かな? と首をかしげた。
「なんとなく、ばっかりじゃ、ちょっと頼りないな」
「まあ見てなって。オレ、たぶんこういう場所の近くで、キノコの神様に会ったんだと思う」
先ほども言ったように、シシゾーは以前、キノコの神様に会ったことがある。でも、確か話に聞いたところでは、毒キノコを食べて寝込んでいる時に夢の中で出会った、って言っていたんだけどな。
そんなことを考えながら歩いていると、何やらどこかで、甲高いかけ声のようなものが聞こえ始めた。
「あれ? 何か聞こえるよ、行ってみようぜ」
「ちょ、ちょっと待ってよシシゾー」
走り出したシシゾーの後を追って、たどり着いたその先──

そこには、おそろいのドレスみたいなヒラヒラした服を着た、不思議な生き物たちが元気よくかけ声を発しながら、棒のようなものを手にして跳びはねたりクルクル回ったりしていた。
彼らはそれぞれ頭の形に特徴があって、よく見るとそれは確かに、シイタケやブナシメジ、エリンギなどの形をしていた。
そしてすぐそばには──彼らより少し大きな体の、赤い傘のような頭をした、おじいさんのような生き物があぐらをかいて見守っているではないか!

「あーっ!」
いきなり、シシゾーが叫んだ。
「やっぱりそうだ! イノ、キノコの神様だよ。おーい、神様―! オレだよオレ、シシゾーだよ! あとイノシチ!」

「……む? 誰じゃまったく、騒がしいのう」
シシゾーの無遠慮な大声に、少しムッとした表情がこちらを振り向いた。
元気に踊っていた小さなキノコたちも、パタリと動きを止め、キッとした顔でこちらをにらみつけてきた。
「ダレダ! ワレワレノシンセイナオドリヲジャマスルヤツハ」
「スガタヲミラレタタカラニハ、イカシチャオケナイ」
シイタケとブナシメジが、背中がくすぐったくなるような甲高い声でキイキイわめいた。
「ダレダ、オマエタチハ? キノコシンサマニ、キヤスクハナシカケルナド」
「ナンタルフキンシンナ!」
マイタケとエノキダケも加わって、ますますにぎやかに僕らに迫ってくる。
「ケシカラン! ケシカラン!」
「アッチヘイケ!」
たちまち僕らは小さなキノコたちに取り囲まれ、身動きができなくなってしまった。
「うわぁ、何だよーお前ら! 食べちゃうぞー」
「フン、ワレワレハキノコノヨウセイダカラタベラレナイ! ザンネンデシタ~」
「あっ、もう生意気だなあまったく!」
「シシゾー、下手に刺激しない方がいいってば」
などと大騒ぎしながら、僕らがキノコの妖精たちともみくちゃになっていると、

「ええい、おぬしらいいかげんにせんかい!」
雷のような大声が響き渡り、小さなキノコの妖精たちは嘘みたいにピタリと動きを止め、おとなしくなった。
僕らの目の前には、間違いなくキノコの神様が、両腕を腰に当ててふんぞり返っていた。どこか威厳を感じさせるれども、元がキノコなのでやはりかわいい。

「ス、スミマセン、キノコシンサマ」
キノコの妖精たちは、シュンとうなだれながら言った。
「ダッテ、コイツラガワレワレノオドリヲジャマシタカラ」
「コイツラ、イノシシノクセニナマイキ」
反省していると見せかけて、わざわざ僕らに向かってアカンベーをしてきたのはブナシメジだ。これには、さすがの僕もちょっとムッとしてしまった。確かに生意気である。
「ほれ、その態度がいかんと言うておるのじゃ!」
ブナシメジを𠮟りつけたあと、キノコの神様は急に僕らの方を向いて言った。
「久しぶりじゃな、シシゾー。おぬしは相変わらず、声が大きいのう。む? 隣にいるのは……そうか、おぬしがイノシチじゃな」
「えっ、僕のこと、知ってるんですか?」
「もちろんじゃ。おぬしは今や、この島トップクラスの有名人じゃからの」
頭の傘をモフモフと揺らしながら、キノコの神様はフォフォフォと笑った。

「ところで神様、なんでこんなところに? 村のみんなが、神様の像が消えたって大騒ぎしてるッすよ」
「おお、そうであったか。何、いつものわしの気まぐれじゃよ。このキノコの妖精たちが、ぜひキノコチャンバラを見てほしいというのでな」
シシゾーの質問に、キノコの神様は大してあわてもせず答えた。
「ソウトモ。ワレワレノオドリコソガ、タダシイ“キノコチャンバラ”ダ」
「イノシシタチノハ、ヘタクソスギテミテラレナイ」
ソウダソウダ、とキノコの妖精たちが、またキイキイ騒ぎ始めた。どうも彼らは、僕らイノシシに対してあまりいい感情を持っていないようだ。
「でもさ、下手くそだったら、いっぱい練習して上手くなればいいじゃんか!」
と、シシゾーがやや興奮気味に言った。
「そうだよ」と、僕も後に続いた。
「それに、下手だとしても、心をこめて踊れたらそれでいいんじゃないかな」
ところが、うっかり僕らがそんなことを言ってしまったものだから、これがキノコたちの心に火をつけた。
「ダッタラオマエタチ、オテホンヲシメセ」
「ソウダ、オマエタチモイッショニオドレ」
キノコの妖精たちが声を揃えると、キノコの神様まで乗り気になってきた。
「そうじゃ! おぬしたちも、“キノコチャンバラ”をマスターするのじゃ」
「エェ!? なんでまた、そんな急に」
「この妖精たちが、まず正しい踊りの手本を見せる。それをしっかり覚えこんだら、モミジ村の連中にもきっちり伝授し、来たる“キノコフェスティバル”当日までに完璧に踊りこなせるようにするのじゃ。よいな」
「おっしゃ! オレもきっちりマスターして、皆に教えてやるからな。いっちょ頑張ろうぜ、イノ!」
「そ、そんなぁ~」

──かくして、どういうわけか僕とシシゾーまでも、キノコフェスティバルで“キノコチャンバラ”を披露することになってしまった。どうしてこうなったんだ?
ともかく……練習あるのみ!

【キノコの神様像】 レア度:エリンギ級

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