【イノシチとイモガラ珍百景】 #32 外伝・末裔たちのラプソディ(5)
外伝・末裔たちのラプソディ(5)
毎度おなじみ、“末裔トリオ”のミチナガ、ナリヒラ、コマチ。
とある日の昼下がり、彼らはミチナガの大邸宅にて、最高級の紅茶をたしなんでおりました。
「いやはや、ようやく接待も一段落して、心底ホッとしていますよ、私は」
紅茶を一口すすって、ミチナガは長いため息をつきました。彼は、つい先日、ワイル島からのお客様であるサトコ姫を隣の旧邸宅に案内しもてなす、という大役を終えたばかりでした。
たいそうなイモガラ島びいきの彼は、お隣のワイル島の姫君をもてなすように、と言われた時、最初はあまり乗り気ではありませんでした。ですが、そのおもてなしの場に、なんと憧れのイノシチと、その親友のシシゾーも一緒に現れたのです。それがサトコ姫のたっての希望であると聞いた瞬間から、ミチナガは俄然やる気がほとばしったのでした。
「うん、お前さんもオレも、コマチもみんな、マジでお疲れさん。ホントなら、酒で乾杯したいところだが」
目の前に盛り付けられた最高級のクッキーをつまみながら、ナリヒラが言いました。彼もまた、サトコ姫を旧・王室劇場の野外小舞台へ案内する役を引き受け、その際ナリヒラの歌に合わせて、サトコ姫が得意の踊りを披露しました。これは、通常では実にありえないほど贅沢なセッションだったのです。
「ナリヒラ、気持ちはわかるけれど、私はまだこの後仕事があるのよ」
二杯目の紅茶を注ぎながら、コマチが言いました。彼女も先日、サトコ姫をおもてなしするために、富裕層御用達エリアに架かる“ワルツ橋”を案内したり、姫と一緒にショッピングしたりと忙しいひとときを過ごしたのでした。
「それにしても、まさか、あのワイル島のお姫様と一緒にお買い物する日が来るなんて、夢にも思わなかったわよ。それに、想像してたよりもずっと、はつらつとした可愛らしい女の子だったんだから! 服の好みも意外と私と近くて……って、ここだけの話だからね」
「おや、ずいぶんと高評価ですな」
最高級のチョコレートをほおばりながら、ミチナガは少しだけ眉間にしわを寄せました。
「君はいささか、あの姫君に肩入れし過ぎなのではありませんか、コマチ君?」
「それを言うなら、お前さんだってずいぶんとイノシっちゃんに肩入れし過ぎなんじゃね?」
ナリヒラに指摘されたミチナガ、負けじと反論します。
「当たり前ですとも! 私はイノシチさんの大ファンなんですから」
何を今さら、と言わんばかりに、ミチナガはブフーと鼻息を荒くしました。
「そうね、自分が好ましいと思える存在に対しては、無条件で応援したくなるものよね」
コマチも、おおむねそれには同意しました。
「きっとそれは、隣国のお姫様に対してもそうなんじゃないかしら? 少なくとも私は、あのお姫様に対する印象ががらりと変わったわ。もちろん、良い方へ、よ」
「あ、俺も」
と、すかさずナリヒラが後を続けました。
「あの姫様、世間知らずなところはありそうだが、それを補って余りある好奇心の持ち主と俺は見たね。可愛いものじゃないか、俺は結構タイプかもな」
「君、いくらなんでもそれは、無礼が過ぎますよ」
今度はミチナガが、間髪入れずにナリヒラをたしなめますと、ナリヒラはいっけね、というように舌をペロッと出しておどけました。
「相手が誰であれ、わきまえるべきところはきちんとしなければいけません」
キリッとした顔つきのミチナガを見ながら、こういうキッチリしたところは昔から変わらないな、とナリヒラもコマチも思いました。
「たとえサトコ姫が大変気さくで魅力的なお方だとしても、イモガラ島民としては過剰に馴れ合うわけにはいかないんです」
これを聞いたナリヒラとコマチ、ここぞとばかりにツッコミを入れました。
「おっ! やっぱり、内心じゃ認めてたんじゃん、姫様のこと」
「しかも、ミチナガにしてはかなり最上級のほめ言葉ね、ウフフ」
「なっ……ち、違いますよ、今のはたとえです、たとえ!」
あわてて否定するミチナガの様子が面白くて、ナリヒラとコマチはもっとからかいたくなりましたが、あんまりしつこくするのも嫌がられるのでそのくらいにしておきました。
「まあお前さんのことだ、敬愛するイノシっちゃんのお友達には悪いことなんて言えやしないもんな」
「それはそうですとも。イノシチさんがお友達と毎日元気に過ごしてくだされば、それだけで良いのです。イノシチさんの日々の幸せこそが、私の幸せでもあるのですからね!」
ミチナガは、天を仰ぎながら、うっとりとした顔つきになりました。
ナリヒラは内心(その割にはわざわざ、“花吹雪”に偵察までさせてるくせに)と思ったものでしたが、もちろんそれは親友のよしみということで黙っておきました。
その後三人は、しばらくの間、目の前の紅茶やお菓子に夢中になっておりました。あまりにも、言葉を失いそうになるほど美味しかったからです。
皆、もう何杯紅茶をおかわりしたかわからないほど、お腹がタプタプになってきた頃、ミチナガが満足そうにため息をついて言いました。
「ふう、いささか食べ過ぎてしまいましたよ。今夜の食事は、少し控えめにしたほうが良さそうですな、ホホホ」
いかにも、とナリヒラたちもつられて笑っていますと……
広々とした応接間に、突然ドアをノックする音が響き渡りました。
「おや、一体何だというのです。この時間は、誰も通すなと言ったはずなのに」
ミチナガはそうグチりつつも、入りなさい、と部屋のドアに向かって大きめの声で呼びかけました。
すると、失礼いたします、という声と共に、きりりとしたスーツを身にまとったミチナガの執事がツカツカとテーブルの方へ近づいてきました。
彼はミチナガの真横でぴったり静止すると、ミチナガの耳元でコソコソッと何事かを告げたのでした。
「な、何ですと!? それは、確かなのですか」
執事の言葉を聞いた瞬間、ミチナガの表情が急に引き締まりました。
「ぐぬぬ……あの男、イノシチさんのみならず、ついに隣国の姫君にまで接触を図るとは……!」
「えっ、どうかしたのかミチナガ?」
「あの男、ってまさか……」
ミチナガのただならぬ様子に、ナリヒラとコマチにも緊張感が走ります。
「そのまさか、ですよ」
ものすごく苦い煎じ薬を飲まされたみたいな顔で、ミチナガはぼやきました。
「あの男──“イモガラ珍百景調査員”のカゲヤマが、自らサトコ姫を “珍百景”の一つへ案内しているらしいのです。どこだと思います、それは? ……我々にとっての聖地、王家の古代遺跡ですよ! 我々に何の断りもなく!」
これを聞いたナリヒラとコマチは、あっと声を上げずにはいられませんでした。
「ちょ、それはいくらなんでもフライング過ぎじゃね?」
「あきれた! あそこへは私たちだって、恐れ多くてめったに行けないというのに!」
「ともかく、我々も現地へ急ぎましょう! これは到底、見過ごすわけにはいきませんぞ」
こうしてミチナガたちは、楽しいお茶会を早々に切り上げ、急きょ“古代遺跡”へと向かうことになったのです──!
はたしてその顛末やいかに?