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【イノシチとイモガラ珍百景】 #21 見守りの岬灯台

モミジ村の万年氷穴で美味しいかき氷を味わった後、ウリ山博士たちと別れた僕らは、村のはずれの“見守りの岬”を訪れることにした。
「イノ、今日はサツキさんに会えるかな」
とシシゾーが楽しげに言った。サツキさんとは、岬の灯台守をしているキリッとした感じの女性だ。ゲンキンなものだなあ、さっきはうり子さんの前でもじもじしてたくせに、もうウキウキしている。とはいえ僕もまた、以前の思い出がだんだんとよみがえってきたのだった。
「そういえば、初めて灯台に着いた時、歌を歌っていたよね」
「だな! すげー綺麗な声でさ、なれし故郷をナントカで~、ナントカ カントカ ナントカで~♪ってな感じで」
うん、ほぼ歌詞知らずに歌ってるな。あの時聞いたサツキさんの歌声はとても素敵だったっけ。ちなみにこの曲、イモガラ島に古くから伝わる歌の一つだそうで、最近とある人気歌手がカバーして大ヒットしている。名前は何といったかな……ナリ……なんとかさん?

石を丹念に積み上げられてできた細長い塔が、なだらかな上り坂を踏みしめるごとにその姿を現してゆく。その背景には、深く青い海が少しだけ顔を覗かせている。あの海の向こうにあるのが、ワイル島だ。ワイル島とイモガラ島の間にある西側の海は、広い砂浜が続き海水浴場でにぎわう東側に比べて波が荒く、渦潮もしょっちゅう発生する難所として知られている。そのため、ワイル島方面へ向かうには、島の北部にある港から迂回する必要があるのだ。
遠い昔、王室により統治されていたイモガラ島であるが、ある時を境に王室内での争いが激化し、相撲による公正な勝負の結果、クーデターを起こした方の王族たちが敗れ、過酷な環境の火山島・ワイル島へと逃れたのであった。当時の灯台守が、荒波の中去りゆく船を灯台の展望台からずっと見守っていた、という伝説が残されていることから、この辺り一帯は“見守りの岬”と呼ばれている。『時代を超えて佇むこの灯台は、まさにイモガラ島の歴史そのものを見守ってきたといえよう。』とカゲヤマさんの著書にもあったっけ。
そんなことを考えながら、僕は灯台の入り口にやってきた。シシゾーはその十数秒まえにいきなりダッシュして、先に到着していた。
「遅いぜ、イノ」
「お前が速過ぎるんだよ、シシゾー」
などと軽口をたたき合っていると、
「あら、こんにちは。お久しぶりです」
目の覚めるようなショートヘアの美人が、パタパタと螺旋階段を降りてきた。彼女こそが、ここの灯台守をしているサツキさんである。かつて『イモガラタイムス』という新聞の記者をしていたことがあり、その時に知り合ったシシヤマさんのことを今でもひそかに想っているようだ。
「今日はとてもいいお天気だから、遠くまでよく見えるわよ。まずは景色を楽しんできてくださいな、その後で皆でお茶でもしましょうよ」
「わーい! じゃ、ちょっと行ってきますね!」
小躍りしたシシゾーが、その勢いのまま僕を引っ張ってずんずん螺旋階段を上り始めた。ちょ、待って、とあわてる僕にはお構いなく、こういう時のシシゾーはひたすら楽しいことのために突っ走る。まさに猪突猛進、イノシシらしいイノシシ(本当は意外とそうでもないんですよ、とこれを皮肉った本を出したのが何を隠そうシシヤマさんである)。
ぐるぐると回りながら上を目指していくだけでもちょっと緊張するのに、まして上りきったその終着点は目もくらむような高い展望台……疲れも加わって、ますますドキドキしてしまう。やっとたどり着いた時には、少々息切れ気味だった。
「よーし着いた! 風が気持ちいいなあ!」
疲れなどみじんも見せない鉄人シシゾーが、ニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んできた。
「イノ、怖いならオレが手つないでやろっか?」
「なっ……べ、別にいいってば」
「ホントかー?遠慮しなくてもいいんだぜ? アハハ」
コイツ~、絶対わざとだ、わざと試してるんだ。何しろシシゾーには、とっくに僕が高所恐怖症だってことがバレているから。
「もう、望遠鏡覗いたらすぐ降りるんだから僕は」
「あー待て待て、そんな怒んなよイノ~、望遠鏡代出すから、な」
望遠鏡代のたったコイン一枚にほだされて、僕は許すことにした。何にせよ、今シシゾーに見放されたら間違いなく生きた心地がしない。
「おー、見える見える、ワイル島」
先に望遠鏡を覗き込んだシシゾーが、歓声を上げた。
「今日は肉眼でもうっすら見えるけど、やっぱりレンズを通すと一味違うなぁ」
「プッ、何それ味わい深いメニューみたいな言い方」
とまあ、なんだかんだで展望台からの眺めを楽しんだ後、僕らはサツキさんに招かれて、灯台のスタッフ専用の休憩室に入った。
「サツキさん! なんか、ますます綺麗になったッすね」
すぐ口に出したがるシシゾーが、臆面もなく堂々と言ってのけた。
サツキさんは人数分のカップにお茶を注ぎながら、にっこりと微笑んで言った。
「まあ、そう言ってもらえるなんて嬉しいわね。いくつになっても、綺麗と言われるのは悪い気がしないものよ」
どうやら、まんざらでもなかったらしい。シシゾーも気を良くしたのか、ニヘラとだらしなく口元がゆるんでいた。
「そういえばイノシチさん、“イモガラ珍百景巡り”の連載、楽しく拝見しているわよ。なかなか素朴な視点で共感が持てるのよね」
「は、はぁ。ありがとうございます」
ほめられて照れくさい一方、“素朴”と評されたことにいささか複雑な気持ちを覚えつつ、僕はお礼を言った。
「“コケじゅうたん”での体験談は、ちょっとドキッとさせられたわ。危ないところだったのね。どなたかが見つけてくれなかったらと思うと、肝を冷やすわ」
さすがサツキさん、細かいところまで読んでくれている。あれは確かに、一体何だったのだろう。
「そうなんすよ! なんか、急に眠くなっちゃって。な、イノ」
「眠くなるくらいで済んだからいいようなものの、これがもし毒でも盛られたら大変なことになっていたわよ。噂では、その水を飲んだものの牙が一定期間しびれてしまうという“毒の泉”なるものも存在するというから」
「むむ……僕、それ本で読んだことあります」
背筋に寒気を若干覚えながら、僕は言った。偶然にもその前日、カゲヤマさんの著書で“毒の泉”のページを読んでいたのだ。“イモガラ珍百景”は、いわゆる観光地として人気の名所から、これってそんなに……? と少し首を傾げたくなるような場所まで、まさにピンからキリまでごった煮で存在している。だからカゲヤマさんの著書には、いつも巻末に『訪れる際はくれぐれも自己責任で』との一文が付け加えられている。
「実はね、ここだけの話」
不意にサツキさんが、声をひそめた。
「私、“イモガラ珍百景”のカゲヤマさんにお会いして話を聞いたことがあるの」
「え! すごいじゃないッすか、サツキさん」
「まあ、これでも元・新聞記者ですからね。なんていうか、とても個性的な方なのよね。守秘義務があるから、あまり詳しくは話せないけれど」
どうやらサツキさん、僕らもまだ知らないカゲヤマさんの秘密を何か知っていそうな感じだな。
「もうだいぶ前のことになるけれどね。今にして思うのは、あの方はその頃から既に精力的に活動されていて……そうね、何か譲れないもののために一生懸命になっている感じだったわ。一見飄々としているけれど、なかなかどうして、見た目だけではわからない魅力もある不思議な方、という印象が強かったわね」
ふむふむ、とうなずきながら僕らは、サツキさんがテーブルの上に用意してくれたゴーヤチップスの塩レモン味をボリボリ頬張っていた。
ふと僕は、サツキさんの後ろの棚に飾られている写真立てが気になった。前にも一度この部屋におじゃましたことがあったけれど、その時には確かなかったような……
「あっ」
不意に、声が出てしまった。その写真立ての中に収められていたのは……お互い少し照れくさそうに笑っているサツキさん、そしてシシヤマさんのツーショットだったのだ。そうか、ヨリを戻せたんだ!
「ん? 何か言ったかしら?」
「え、いえいえ、何でもないっす……あの、このお菓子おいしいですね」
「そう? それは良かったわ。遠慮せずにどうぞ」
ホッ、どうにかごまかせたかな(実際のところ、ゴーヤチップスはとてもサクサクしておいしかったので多分大丈夫)。
そして、お菓子をむしゃむしゃ食べる僕らの姿を目を細めて見つめるサツキさんの表情は、やっぱり以前会った時よりもどこか幸せそうな感じに見えた。
休憩室のテレビにはワイドショーが流れていて、この日はちょうど、『知られざるワイル王室のプリンセス』なる特集が放送されていた。画面いっぱいに、僕やシシゾーの共通の友人である、個性的な女の子のおしゃれした姿が映し出されていたのだった。
『……ワイル王室の王女であるサトコ姫は、たいへん踊りの才能に長けていらっしゃいます。自らお買い求めになられたきらびやかな衣装に身を包み、時に激しく、時にエレガンスに舞うその姿。実は、ここイモガラ島でこのお姫様と非常によく似たダンサーが、森のレストランのショーで一時期大人気だった、という情報の真相を探るべく……』

【見守りの岬灯台】 レア度:エリンギ級


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