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【イノシチとイモガラ珍百景】 #34 古代遺跡(2)輝ける日々

イモガラ島・古代遺跡。
かつてここには宮殿が存在し、歴代の王がまつりごとや王室の重要な儀式を行ったりしていた。
王室による支配が終わりを告げ、民主主義の世の中になると、かつて栄華を極めたこの場所もだんだんとすたれていき、今では許可なく中に入ることができなくなっている。

けれども、今日だけは特別だ。この日のためにカゲヤマさんは、事前に入場許可証を取り寄せていた。しかも、サトコ姫ことワール=ボイドへのおもてなしも兼ねているわけで。
そこへお誘いを受けた僕(とシシゾー)、我ながら、ずいぶん都合よくチャンスにありつけたものだ。

開かれた扉から一歩足を踏み入れると、僕らはいつの間にか、たくさんのイノシシとキノコに周囲を囲まれていた。
いや、正確に言えば、この古代遺跡を取り囲む壁の内側に、立派な面構えのイノシシとキノコの神様の彫刻が交互に配置されていた。

「まあ、立派な彫刻だこと」
ワール=ボイドが、いそいそと壁ぎわに駆け寄り、興味津々で彫刻に触れようとした。
「あっ姫様、うかつにお触りになってはいけませんぞ」
ワイル王室の執事が、あわててボイドを引き留めた。
口にこそ出さなかったが、僕もあやうくその彫刻に触ろうとしていたので、内心ホッと胸をなでおろした。

「フフ、お気持ちはよくわかりますよ、姫様」
と、カゲヤマさんが微笑んだ。
「どうです、今にも動き出しそうな躍動感あふれるものでしょう? ……って、まあ小生の手柄でもないのですがね。基本的に、この中のものは例外を除いて、ほぼ触れてはならないことになっております」
「あらァ、そうなの。それは失礼」
と素直に謝った後で、ボイドはさりげなく尋ねた。
「ねえ、もしもうっかり触れてしまったら、その時はどうなるの?」
「その時、ですか? そうですね……手裏剣が飛んでくる、らしいです。あくまでも、噂ですけどね」
そう答えながらも、カゲヤマさんはちょっとニヤニヤしていて、まるで僕らを試しているかのようだった。

「おーい、こっち来てみろよイノ!」
いつの間にかシシゾーが、ちょっと離れたところから手を振っている。
「見ろよ、こんなにいっぱい、でっかい石!」
おそらくそこは、倉庫のような場所だったのだろう。インテリア用とおぼしき、大きなサイズの石像やら、レンガ石やらが無造作にまとめられている。
その中には、僕らの背丈ほどもあるキノコの神様像や、以前献上石置き場でたくさん見かけた、トレーニング用の“柱石”などもあった。なるほど。明らかに当時から持て余していたらしい。やっぱり、毎週一個ずつ届くのは大変だな、これは。

古代遺跡の中には、それぞれ別個の小さな建物や倉庫の痕跡が見られた。
長い時代を耐え抜いてきたせいか、土台が一部崩れかけていたり、壁や床にあしらわれた石のタイルが割れてボロボロになったりしている。
そればかりではなく、よく見ると、周りを囲う壁のあちこちにも、切りつけたような跡や衝突して開いた穴のようなものがあった。明らかにこれは、老朽化ばかりが原因ではなさそうだ。

「さて、ご参考までに、こちらの地図を」
と、一枚の大きな絵図を広げながらカゲヤマさんが説明した。
「あれが物見やぐら、そしてこちらが、儀式専用の大舞台です。そうそう、そちらのやけに浅いプールのような場所は、当時としては斬新な足湯なんですよ」
「あらァ、ワタシのお城にも、同じような足湯があるわヨ。なんだかとても、親近感が湧くわネ」
ボイドの率直な言葉に、カゲヤマさんは満足そうな笑みを浮かべた。

「……ん?」
少し遠くで何かがきらめいた気がして、僕は視線を移した。
「お、どうしたイノ?」
「シシゾー、あっちで何か光ったように見えたんだけど」
僕が言い終わらないうちに、シシゾーが待ってましたとばかりに駆け出した。

数秒後、
「イノー! 皆も、早くこっち来てみなよ!」
興奮したシシゾーの叫び声が、遺跡中に響き渡った。

急いで駆けつけた僕らは、あっと息をのんだ。
そこには、全体が黄金と無数の宝石で覆われた、ピカピカの玉座が置かれていたのだ。
まるでそこだけ、時代が違うみたいに。

「なんか、ワルツ橋を思い出すなあ」
無意識に、僕はそう呟いていた。
シシゾーとボイドも、それを聞いて確かに、とうなずいた。
「すげえ、お金持ちのぜいたく、ってこんな感じなんだな!」
シシゾーが、やけに感心しきっている。
「でも、王様がここに座ったら、自分では背中の装飾を見られないわネ」
ボイドは、これに関しては意外と冷静かつ王族目線でコメントした。

それにしても、どうして屋外で、しかも長い年月が経っているのに、この玉座はこんなに輝きを維持できているのだろう?
僕がそう考えていたちょうどその時、タイミングよくカゲヤマさんが話し始めた。
しかもその話は、思っていたよりもだいぶ長かった。

「皆さん、この黄金の玉座にはなんと、王室統治の時代からずっと、専門の“玉座磨き師”なる者たちがついているのです。彼らは王様から選ばれた家系の、いわばエリートなのです」

(ここで一同、いっせいにホホー、とうなずいた)

「王制政治末期、民主主義の世の中になる直前、イモガラ島で大規模なクーデターが起こりました。その時、この島で最後のイモガラ国王は、ちょうどこの玉座で執務にあたっておりました。
そこへ、王制反対派のイノシシたちが血気盛んに乗り込んできたのです。あまりの勢いに、王様の家来たちも次々と倒されていき、いよいよ覚悟を決めた王様は、反対派たちにこう叫んだそうです。
『よいか、欲しいものがあったら、わしの命でも何でもくれてやる。ただし、この玉座だけは何人たりとも引き渡すわけにはゆかぬ』と。
あまりの剣幕に、さすがの反対派イノシシたちもたじろぎ、それ以上は何もせずに引き上げたということです」

やはり、この場所で激しい争い事は起きていたのだった。僕は改めて、壁にあいた穴や傷跡を見て、思わず震え上がった。

「その王様は、王の地位を追われた後も、最後までその誇りを失うことはありませんでした。いよいよ天へのお迎えが迫る中、彼は腹心の部下にこう言い残しました。
『わしがいなくなった後も、イモガラ島が発展する限り、末永くあの玉座の輝きを保ち続けてほしい。それこそが、我らが生きた何よりの証となろう』と。
その言葉を守り続けるために、今もなお“玉座磨き師”たちは、イモガラ島になくてはならない存在なのです」

そこまで一気に話し終えると、カゲヤマさんは大きく息をつき、胸に手を当ててしばし目を閉じた。
僕らは神妙な眼差しで、彼をしばし見守った。
やがてゆっくりと目を開いた彼は、僕らひとりひとりの顔をまっすぐに見つめながら、こう言った。

「ですが皆さん。小生にとって、これよりももっと大事なものが、ここにはあります」
カゲヤマさんは、どうぞこちらへ、と僕らを案内した。

そこは古代遺跡のうんと端の、一番入り口から離れたところにあった。
ほかの場所よりは木々に囲まれ、あまり目立たないその場所には、似たような大きさの石が、整然と物言わず立ち並んでいる。
その中の一つ──ほかのものに比べていくぶん大きな──の前で、カゲヤマさんは立ち止まり、静かに頭を垂れた。

「ここは、小生のご先祖さまたちが眠る場所なのです」
それは、これまでカゲヤマさんから聞いたどの言葉よりも静かで、重々しく、そして厳かなものであった。
「大変私的なことで恐縮なのですが、皆さんには、ぜひこのことを知っていただきたく……不肖・カゲヤマ、今日ばかりはワガママを通させていただきました」

「……つまり、ミスター・カゲヤマ」
ワール=ボイドが、カゲヤマさんをまっすぐに見つめながら言った。
「アナタは、こうしなければ、大切なご先祖様に会いに来ることもままならない、とこういうわけなのネ? 一体、なぜこんなことに?」
「そうだよカゲヤマさん! オレもそれ、スッゲー疑問なんすけど」
とシシゾーが、ちょっと怒りをにじませながら言った。大家族に育ったシシゾーには、やはり理解しがたいものらしかった。

カゲヤマさんはしばし黙り込んだ後、自らに言い聞かせるように小さくうなずいた。そして、ようやく口を開いた。
「すみません。これには、少々込み入った事情が……」

と、その時。
遺跡の入り口あたりから、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「カゲヤマ氏! カゲヤマ氏! そこにいるのは分かっていますよ。さすがにもう、我々とて君を見過ごすわけにはいきません! 正々堂々、勝負したまえ!」
「ちょ、少し落ち着けって。もう少し静かに」
「そうよ、こういう場所には不謹慎だから」
「いえ、これが落ち着いていられますか! 放してください! ムキー!」

えっ、なんかちょっと怖いけど確かに聞いたことある声!
思わず身構えてしまった僕らの前に現れたのは──
なんと、ミチナガさん、ナリヒラさん、コマチさんの三人であった!

→古代遺跡(3)へ続く!


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