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【イノシチとイモガラ珍百景】 #33 古代遺跡(1)カゲヤマとワール=ボイド

「イノシチ君、急で申し訳ないのですが、小生に少しばかり付き合ってほしいのです。サトコ姫を、とある重要な場所へご案内するために」

“イモガラ珍百景調査員”ことカゲヤマさんから、僕のもとに一本の電話が入ったのは、僕とシシゾーが王室ゆかりの場所をいくつか案内してもらった三日後のことだった。
サトコ姫ことワール=ボイドは、イモガラ島での長期滞在を満喫しており、当分の間はこちらでゆっくり過ごすらしい。
そんな中、今度はカゲヤマさんから、ボイドの観光案内への同行を頼まれたわけなのだったが──

かつてイモガラ島を統治していた王族の“古代遺跡”は、周囲を高い石の壁に囲まれ、外からはほとんど中が見えないようになっている。
その入り口付近で久しぶりに会ったカゲヤマさんは、いつもの着慣れたものとは違った、正装の黒いスーツ姿でビシッと決めていた。
「カゲヤマさん、なんかずいぶんとおしゃれッすね!」
「フフ、わかりますかシシゾー君。小生、今日はちょっと気合いを入れてみました」
シシゾーのお世辞に、はにかんだ笑顔を見せたカゲヤマさんから、何かフワリと甘い香りが漂ってきた。
その香りに、僕はなんとなく覚えがあるような気がしていたけれど、すぐには思い出せずにいた。

そこへ、ワール=ボイドが、執事と共に約束の場所へ到着したのだった。
「ハーイ! お待たせしてしまったかしら? あらァ、イノとシシゾーも来てくれたのね、サンキュー!」

「これはこれは、サトコ姫様。このたびは久方ぶりのご帰還、心より歓迎申し上げます」
カゲヤマさんは突如としてワール=ボイドの前にひざまずき、最上級の敬意を表した。
「えっ、どうして“おかえりなさい”みたいなあいさつなんだ?」
「シッ、声が大きいよシシゾー」
僕らがヒソヒソ話している中、最初は目を丸くしていたワール=ボイドも、ふと何かに気づいた表情になり、にこやかにこう返事をした。
「ええ。お出迎え、ご苦労様。無事にこうして帰還できたこと、嬉しく思いますわ」

そんな様子を見守っていたワイル王室の執事が、僕にさりげなくこう耳打ちした。
「イノシチ様。ワイル王室は、もともとイモガラ島王室の血筋から分岐したのち、新たに設立されました。ですから、大もとを辿りますとこれは実に、時代を超えたご帰還とも言えるのですよ」
「ふむ……確かに」
僕らは、わかったようなわからないような顔でうなずいた。

そしてカゲヤマさんとボイドが握手を交わした瞬間、ボイドがあらァ、と声を上げた。
「この香り……もしかして、ワイル王室ブランドの」
「さすが姫様、よくお気づきで。いかにも、僭越ながら小生、本日はこの香りと共に姫様をご案内させていただきたく存じます」
カゲヤマさんが、胸に手を当てて宣言した。
すると今度はシシゾーが、アッと叫んでこう続けた。
「イノ、この香りってあれじゃね? ほら、前に行って眠くなっちゃったとこ、あったじゃん! なんだっけ……そう、コケ! コケみたいなとこ!」
そう言われて僕も、ようやく思い出した。
「あっ、わかったよシシゾー! “奇跡のコケじゅうたん”だ!」
「そうそれ!」

それを聞いたボイドが、僕らの方を振り返って尋ねた。
「あらァ、アナタたち、なぜこの香りのことを知っているの? この香水は、王族の血を引く者のための特注品なのヨ?」
「えっ、マジで!? 実は……」

僕はボイドと執事に、以前訪れた“奇跡のコケじゅうたん”のことを話して聞かせた。
「なんと! イモガラ島に、そのような場所が存在していたとは」
王室の歴史を、僕らよりもよほど詳しく知っていそうな執事でさえもこのリアクションとは。
「アンビリーバボー!」
と、ボイドも叫んだ。
「それは全くの初耳だワ~。ワタシは、イモガラ島で起こったニュースをそのつどお知らせしてもらうのだけど、なぜかそのような話題は一度も聞いたことがなかったのよネ」

「……おそれながら、姫様」
カゲヤマさんが、神妙な面持ちで切り出した。
「それにつきましては、いわゆる“情報統制”といったものが、秘密裏に行われていたのではないかと存じますが」
「まあ、それは一体どういう意味なの?」
「はい。つまり、この島における、とりわけかつての王族に関連する出来事に関して、何らかの見えない力が働いて、あまり外部に情報を出さないようにしようとする動きがまれにございまして」

ん? 確か、僕らが“奇跡のコケじゅうたん”を訪れた時、そのことがテレビのニュースで流れて話題になっていたと思うのだけど。
しかも、そのコケじゅうたんの下には秘密の地下倉庫があって、昔王族が愛用していた化粧品や道具が貯蔵されていたことが新たにわかった、というなかなかの大ニュースだったような……

ひとり考え込む僕をよそに、ボイドたちは驚きと好奇心に満ちた表情で目を輝かせていた。
「まあでも、なんだかワクワクしてくるわネ! それほど、イモガラ島の王室の歴史は大切に守られてきた、ということでもあるのよネ」
「姫様、これはまことに画期的な情報です」
と、執事も興奮気味に語った。
「今のお話から、我々が伝統的な製法で作り続けてきた香水のルーツが、間違いなくイモガラ島にあった、ということが証明されましたな、姫様」

「へー、じゃあオレたち、王族の香水の匂いであんなに眠くなったのか! なんかそれって、結構レアじゃね?」
「うーん、そう……なのかな?」
相変わらずシシゾーはのん気な男だ。あの時は眠くなっただけですんだからよかったけれど、もしもこれが致死量の猛毒とかだったら、と思うといささか背筋が凍りつきそうになる。

「さあさあ姫様、あまり立ち話もなんですから、早速遺跡の中をご案内いたしましょう」
カゲヤマさんが、懐から一枚の書類を取り出し、遺跡の入り口にある受付へと向かった。
「これは、入場許可証です。少なくとも三か月前には申請を済ませ、許可を得ないと入れないのですよ」
受付に待機していた若い女性は、カゲヤマさんの顔を見た時一瞬目の色が変わったように思えたものの、ご案内します、と立ち上がり、受付のさらに奥にある扉へと向かった。

遺跡の入り口には鉄格子の扉があり、そこには小ぶりながら頑丈そうな錠前がしっかりと掛けられていた。
その錠前の形状が目に飛び込んできた時──僕の脳裏に、ある記憶が突然よみがえった。

「えっ! ちょ、もしかしてこれ、」

僕はズボンのポケットから、とある小さな物を取り出した。
手のひらに乗せて、それをまじまじと眺めると、見れば見るほどそれは、目の前にある錠前とほぼ寸分違わぬものであった!

「え、エエェェェ~~~!!!」
僕以外の全員が、一斉に奇声を上げた。
「なんと! これは一体……なぜ君が、この遺跡の錠前と同じものを持っているのですか!?」
カゲヤマさんが、扉の錠前と僕の手にある錠前を何度も見比べてうろたえた。
「イノ、あなたこれをどこで手に入れたの?」
「え、ええとそれは、その」
あまりの反響の大きさに僕がつい口ごもっていると、シシゾーが代わりに説明してくれた。
「思い出したぜ! “錠前パラダイス”だよ、イノが一発で引き当てたんだ」

「錠前パラダイス……ふむ、例のご老人が営む所ですな」
カゲヤマさんが、ひとり訳ありげにうなずいた。
受付嬢はそれを聞いているのかいないのか、素知らぬ顔で扉の錠前にそっと鍵を差し込んだ。カチャリ、と乾いた音が辺りにこだました。
「お待たせしました。どうぞ、ごゆっくりごらんくださいませ」

「さあ、開きましたよ。今度こそ、どうぞ姫様」
うやうやしく手を差し伸べ、カゲヤマさんがボイドをエスコートした。ボイドもまんざらでもないようで、微笑みながら中へと入っていった。後に執事、シシゾー、僕、そして最後にカゲヤマさんが続いた。
歩きながらカゲヤマさんが、目を輝かせてこう言った。
「あの無数の錠前の中から、たった一度でこれを引き当てるなどというのは、常人では到底考えられない奇跡ですよ、イノシチ君。やはり君は、何か “持って”ますねえ」
はぁ、と戸惑い気味に返事をする僕を、シシゾーがニヤニヤしながら見ていた。

(今みたいに、僕のことを“持ってる”だなんて言うひともいるけれど……持ってるといえば、僕なんかよりもよっぽど、カゲヤマさんの方が何かを“隠し持ってる”ようにも思えるんだけどな)

→古代遺跡(2)へ続く

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