フジTV・遠藤龍之介が吸った「排気ガス」の正体とは?
記者会見で登壇した遠藤龍之介フジTVホールディングス副会長(前フジTV社長)は遠藤周作の息子さんです。僕より10歳下です。
遠藤周作が32歳で『白い人』で芥川賞を受賞したのは1955年。翌年石原慎太郎が23歳の若さで『太陽の季節』を引っさげ颯爽と芥川賞を受賞、世間を賑わせた。
拙著『太陽の男 石原慎太郎伝』(中央公論新社刊)https://amzn.to/4jFkRG0 に、遠藤周作が『太陽の季節』を批判した事実を書いています。『太陽の季節』は大きな話題でしたから前年の受賞者さえその騒ぎの添え物にされたのだ。遠藤周作の受賞のころは芥川賞なんて世間の話題になることのない地味な話題、新聞ではベタ記事扱いがふつうだった。それでも芥川賞受賞は作家として認知される第一歩なので嬉しかったに違いない。遠藤周作は生まれたばかりの息子の名前を「龍之介」と命名した。
遠藤周作はその後、順調に作家活動を続け本も売れ、ネスカフェのCM「違いのわかる男」に出演する有名人になった。息子の龍之介は慶応幼稚舎に入学、いわばお坊ちゃんコースを歩みフジTVに入社した。
🟡遠藤龍之介による父親とのエピソード。
私がフジテレビに内定し、父に報告をしにいくと、父は、
「先週、母さんと二人で湘南に食事をしに行った。江ノ島の砂浜を歩いていたら、足が取られて疲れてしまったので、舗装されている国道を歩いた。要するにそういうことだ」
と言うのです。まったく意味がわからず、
「どういう意味ですか?」
と訊ねると、
「お前は本当に物わかりの悪い男だなあ。俺は作家で組織も守ってくれないから一人で歩かなければならない。歩きにくい砂浜だったけどな。だけど砂浜は振り返ってみると自分の足跡が見えるじゃないか。お前はこれからサラリーマンになる。色々なところで守ってもらえるし、歩きやすい舗装道路を行く。歩きやすいかも知れないが、十年、二十年経って振り返ってみた時、自分の足跡は見えないんだ」
と言われました。うまいことを言うなとは思いましたが、私がこれからしようとしていることは、この人の望むことではないのだという申し訳なさがありました。
後日、父がニヤッとしながら、
「どうだ、舗装道路の歩き心地は?」
と訊ねてきましたので、私は用意していた回答を。
「非常に快適な道を歩いておりますが、お父様が吸ったことがないような排気ガスも吸っています」
https://www.bookbang.jp/review/article/750707?fbclid=IwY2xjawIHlGpleHRuA2FlbQIxMQABHfRNkTsspFzW3txep-8htSnZIqvHethW0bNGEfYhFXP6W4v6nogJnj_gZQ_aem_R3piM2_yHtTKVPcPYBQrXQ#google_vignette