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手持ちの顔が増えた
もしも生まれながらに、人より優れた身体的特徴を得られるとしたら、何にしますか?わたしはできれば「今より少し小顔になりたい」と願います。
生まれ持った身体には当然個人差があるわけで、みんなそれぞれ気に入る、気に入らないを抜きにすれば人とはちょっと違った特徴を持って生まれます。そしてはわたしは人より「虫歯になりにくい体質」を生まれながらに与えられたみたいです。
それは唾液の量が多いのか、歯質が強いのか、ミュータンス菌が少ないのか、全くの謎のまま。なにせ虫歯にならないから歯医者さんのお世話になる事がほとんどなかったのです。説明を受けるきっかけもないわけです。
だから歯医者が怖いという人の話は、正直共感しがたかった。だってわたしが歯医者に行けば大抵の場合「歯石が溜まってきているので、もう少し丁寧に磨いてくださいね」などと言われて、ちょこちょこっと口の中をいじられて、はいおしまいである。
おかげで人の痛みが分からない、傲慢な人物になってしまった気がして少しだけ心配だ。歯医者の話題に関しただけであると良いんだけど。
しかしアラサーになった今、わたしの呑気な口腔状況も終演を迎えたようだ。いつのまにか歯並びが悪化したのである。
みなさん、オープンバイトと言われる歯並びはご存知ですか?カッコよく言いましたが、簡単に言えば出っ歯です。自分の舌で自分の前歯をぐりぐりと押し続けるのです。それも20年ぐらい。気づけばしっかり出っ歯になってしまったのだ。いやいや、日々の積み重ねは怖いですね。歯が動いてしまうのだから。
困るのは見栄えだけではありません。口が乾きやすくなれば口臭の原因にもなるし、舌の癖を治すまで延々と出っ歯レベルを更新し続ける羽目になる。当然前歯が噛み合わないのでお肉を噛みちぎれないし、その分奥歯に負担がかかるため将来的に歯を自ら砕いてしまうという恐ろしい事態だ。
そんなわけで、せっかく「虫歯になりにくい体質」を持って生まれたのに、わたしはついに歯医者にかかることとなった。
ドキドキしながらお医者様に相談して、8本の抜歯をして、1年以上にわたる矯正を始めた。抜歯する時は口の中をトンカチのようなものでガンガン砕かれて、ペンチのようなものでぐいぐい引っこ抜かれた。
びっくりしたのは、こんな大手術が全くの無痛なのだ。現代の麻酔って本当にすごいですよ。ただ痛みとは関係なく、ぐぃぃぃんという音や引っ張られている感覚そのものはとても怖かったです。
今、口の中どうなってる?
舌動かしたら、ドリルで大変なことになる?
なんて術中に考えると、じっといていたい気持ちとは裏腹に舌が勝手に暴れ出すのです。舌にも心というのがあるんですかね?全くコントロールができない。
歯医者様は暴れ馬のようなわたしの舌を華麗に潜り抜けてささっと抜歯をしてくれました。やっぱり、手術中は関係ないことを考える方がいいです。わたしは暴れ馬を宥めることを諦めて、もうドーナッツのレシピなんかを考える事にしたのですが、すると自然と舌は落ち着いてくれました。本当に天邪鬼で厄介です。
そんなわけで臨まずとも歯医者の怖さを知ったわたしは、少しだけ大人になれた気がします。少なくとも抜歯の予定がある人には、心を込めてエールを送ることができる人間になることが出来た。嬉しい変化です。
そしてわたしの身におきた小さな変化が、もう一つ。写真を撮る時の表情です。
写真用の表情のバリエーションが増えたのです。
これまで写真用に持ち合わせていた顔が一つしかありませんでした。口を軽く結んで口角を少し上げ、目尻を少し下げた顔。これまでずっとこの型で押し通してきたのです。
でも歯医者に通いだしてから、写真用の顔が確かに増えてるんですよね。少し歯を出しているのもあれば、ちょっと口を開けているものもある。
どことなく、顔つきが明るくなったように見える。
中身自体はそんなに変わってないと思うのですが、写真のバリエーションが増えるというのはなかなか嬉しい気持ちです。それだけで、おっかない思いをした甲斐というものもありますよ。
あと、抜歯したせいなのか少しだけ顔がスリムになった気がするのですが、気のせいな気もします。