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創作あれこれ

おはようございます、ちょっとした変態主婦・優樹祈です。

昨夜は旦那さんであるポンヌチャンがニュースを見ている間と、珈琲を淹れている間にタブレットでネットをして、世の進み具合を見ていました。

といっても、私が見ている世界というのはあくまで私の視界が届く範囲内だけに限られるので、私の目が届かないところにまで広がっている世界には触れることができません。
そこを想像しながらタブレットを閉じて寝に入った昨夜でした。

私が認識している世界そのものも、私というフィルターを通して見ている時点で全てがフィクションという可能性がなきにしもあらず。
だとしたら、世の中にはまだまだ知らない世界の方が多いということになり、学ぶべきことも知るべきことも山のようにあることになりますね。

そんな世界の中で、ここnoteでフォロワーさんになってくださった方々というのは、私という目を通して見た世界に興味がある、または見てみたい、はたまた私がスキしに来たり、コメントしに来たりするかも? と思ってくださった方々なのかもしれず。

私自身はフォロバのときと違って能動的にフォローするときは無論、「この人の書く記事に興味がある」と思ってフォローしますが、「フォロワー=記事を読んでくれる人」かというと、必ずしもそうではないと思うのですよ。

ただ先日、ありがたいことに百名を越えました。
どういう意図なのかは想像するしかないのですが、どうもありがとうございます。


私のことは自己紹介やその他の記事を参照して頂くとして、今日は創作のことを少しお話したいと思います。

創作あるある話といいますか、これも先日、応援している方のサイトで「オリキャラと会話した」という記事を拝読してみて思ったのですけど、私もそういうことはよくありますし、その他にも創作していてこういうことが実はある、というようなお話のストックが私にもあるのではないかなと思いまして、なら少しだけお話してみようかなと。

まず、オリキャラというのを「作者の内側に秘められた性格の一部」と捉えるかどうかについてなんですけど、そこは「作者とまったく切り離されたものではない」くらいの認識にとどめていていただきたいのです。

結論から言うと、オリキャラが自発的に動くということは、よくあります。
というか、それが常です。

シナリオなりプロットなりを書いている最中はキャラが喋ることなどないので好き勝手に書きますが、いざ画面に起こしたり喋らせ始めたりすると、意図していたものとはまったく違う言動をされて戸惑う、ということが創作初期にはよくありました。

「私はこう動かしたいけれど……」と持ちかけると、「残念、あいにくこちらはこう動きます! ちょっといいですか? あなたのシナリオには無理があります。そのまま書き進めていくと物語が破綻しますよ?」と言ってくることさえあるのです。

小説の場合に限らずですが、私はかき始める前に、まずそのキャラのことをよく知ることから始めます。
物事には必ず動機があり、性格や人物同士の関係性にもすべて由来がありますので、そこを「なぜ、なぜ、なぜ?」と徹底的に深堀りしていくのです。

そうするとキャラに人格が生まれ、自発的に喋りだすようになるのですよね。
一番いいのはストーリーの大略だけ決めて、あとはキャラに動いてもらうことなのですが、とはいえお話を作るのは自分なので、舵を完全にゆだねてしまうことはしません。

物語を作る上で私が一番大事にしていることは、お話の中に一貫性をもたせることです。
点と点を結んで線にしていき、最後に図形が見えてくるようにします。

その上で意識することは、なんといっても「リンクとリフレイン」です。

一見、関連がない物事、キャラの言動の中にも意味を見出し、そこを点と点にして結びながら物語を作っていくのです。
これがリンクでして、物語の進め方で最も破綻が少ないやり方だと思っています。

リフレインというのは、物語を書いていると解るのですが、以前こういうシーンがあった、そのシーンの意味はこうだった、では、なぜそうなるのかを説明し、解が出るまで繰り返す。これがリフレインになります。

物語の中でいう、いわゆる「伏線」と「伏線回収」がこれにあたります。
こことキャラの言動が上手くハマると、物語に深みが出ておもしろくなるのですよね。

トリッキーな要素も入れておくと、なおのこと読んでいて意表を突かれるストーリーになるので、私はこの二つを意識して「序破急」、もしくは「起承転結」で物語を作るようにしています。

辻褄が合っている、または上手くハマっている場合、キャラは自在に動き回り、自分でも信じられないほどのスピードでお話が仕上がります。

逆に、辻褄が合っていない場合、お話は頓挫します。
キャラが岩のように動かないからです。


以前、こういうことがありました。
物語序盤で恋愛させていたキャラクターAが、相手であるキャラクターBと別れ、その後に出会ったCとAが恋愛関係に陥る設定にしていたとき、いざCと恋愛させようとしていると、Aが言うのです。

「私はまだBのことを忘れられない。そんな簡単にCと恋愛関係になどならない!」とキャラAに怒られたことがありました。

真面目で奥手という設定で自分がキャラを作っておきながら、破綻する物語を書いてしまっていたことがありましたね。
そのときは物語を大幅に修正して、キャラクターCがAにもっと譲る形で恋愛が進んでいく描写に切り替えました。

CよりAの方がCにハマる流れにしたかったのに、実はCの方がAに深くハマる物語中盤になっていたことに気が付かされたのもキャラクターによってです。

このように、キャラクターが動くようになると、お話のどこをどう使えば物語が上手く機能するかを教えてくれる場合もあるのでした。


また、言わせたいと思っていた台詞をわざと大幅に削った方が、キャラに深みが出て良くなったというケースもありました。

削ったらキャラクターの思いが読者に伝わらないのではないかと懸念したのですが、読んでいる側にだけ解る描写を加えて、あとは全部削ったのですよね、思い切って。

その方がキャラクターが喋るんですよ、作者の私が「こう言ってほしい」と思っていることとは違うことを訥々と。
でもその方がキャラクターが「軽薄に見えて実は思慮深い性格」に映る不思議。

逆に、私が喋らせたいと思う真に迫った台詞を全部書いてしまうと、読み手として読んでみたとき「暑苦しくてくどいな!?」となったことも付け加えておきます。笑


こういう創作あれこれですごく印象深く覚えている失敗談、成功談ってちょいちょいあるんですけど、成長の過程で得た宝として自分の中に残っておりまして……いずれもお話したのは創作を始めた頃のことで、しかもごく一部に過ぎませんが、話していたらもっともっと出てきそうですね。

といっても、全部書くのは無理なので、今回は適度なところで切り上げたいと思います。

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